第57話 岩で封じられた先へ

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 朝、たぶん朝、以前と違ってすぐに頭が冴えていくのを感じながら、ゆっくり起き上がる。

 この白木の床で眠るのもすっかり慣れてしまったような気がする。


 配信を始める前に魔法で気持ち悪い口内を清め、コップ一杯分の水を交換して沸騰させる。

 魔法で空中に維持するので、コップは要らない。


 冷める間に軽くストレッチをしながら、いくつかのスレッドに目を通した。


 感情を優先する困った人たちが少々問題を起こしたみたいだけど、すぐ解決したみたい。

 こんな世界でもいるんだね。愛護とか言って獣も人間も不幸にする道を行こうとする人たち。

 まあ、守護者を除く迷宮の魔物に自我は無いんだけど。


 やり方が穏便じゃないけど、仕方ないね。

 悠長な事してたら全員死ぬから。


 そういえば、迷宮から溢れた魔物ってすぐに自我を得るのかな?

 一応生存本能はあるみたいだから、外に出た後も自我はありませんって言われても不思議じゃないけど。


 まあいっか。

 いい感じの温度になった白湯を一気に飲み込んで、立ち上がる。


「さて、始めようか」


 敢えて口に出して呟けば、意識の切り替えは完了だ。

 それじゃあ、配信開始っと。


「ハロハロ、八雲ハロだよ。今日からいよいよ百階層台だ」


『ハロハロ』

『おはようございます』

『ハロハロー。俺ももう少ししたら迷宮入りだー』

『ハロハロ! 迷宮組のお弁当作りながら見てます!』


 挨拶も程々に、昨日も下りた階段を行く。

 ちょっと早足になってる自覚はある。

 けど、仕方ないよね、今自分が進んでいる道を考えたら。


 適当に外の現状を聞きながら五分も歩けば、例の岩が見えたきた。


『行き止まり?』

『岩でか』

『岩が満ち塞いでますね』

『出雲で巨岩って、嫌な予感がするんだけど』


 お、知ってる人もいるね。

 割と有名な話だし、然もありなん。


 胸の内にあるのは嫌な予感じゃなくて、期待なんだけど。


千引ちびきの岩、かな」


 動かすのに千人の力が必要って言われる岩だ。

 伊邪那岐命いざなぎのみことが根の国の軍勢から逃げるため、入口を塞ぐのに使ったって岩だよ。


 昨日は気づかなかったけど、よくよく意識して見ると魂力が注連縄しめなわのように岩に巻き付いているのが分かる。


「まあ、押してみようか。人間千人よりは力強いと思うし」


 引くなのかズらすなのか分からないけど、とりあえずやってみればいいのさ。


 そう思って思いっきり押してみたけど、うんともすんとも言わない。

 引っ張るには持てる部分も無いし、じゃあ横にずらすのかなって力の入れ方を変えてみたけど、結果は同じ。


『開かんな』

『ダメだね?』

『実は百階層がゴールだった説』

『持ち上げるとかですかね?』

『破壊する?』


 持ち上げる、も違いそう。

 画面には映ってないけど、上の部分にスペースが無いんだよね。


 破壊、破壊は……やろうと思えばできるけど、なんかやったらいけない気がする。

 こういう直感は大事にしたい。


 その辺を一通り説明してから、再度首をひねる。


「困ったね?」


 気になる事と言えば、注連縄が魂力で形作られている点か。

 態々こうしているのには意味があるような気がする。


 例えば、これを認識できるのが最低条件とか。


 ありそうだなぁ。

 触ったら何かあるかな?


 魂力に干渉するよう意識して、注連縄を掴む。

 同時に、縄が弾けた。


『ん? ハロさん今なにかした? 岩が勝手にずれてく』

『あ、開いた』

『なんかよく分からんけど空いたな』

『後世で攻略の参考にする時に困るポイントが増えたな』


 千引の岩がずれて現れた穴へ入ると、眼前には如何にもな世界が広がっていた。


 先ほどまで私と木々を照らしていた白く透明な光は消え、空は紫に変じ、黒い水が湿地を満たす。

 草木はあまり地上と変わらないようだったが、そのどれもが枯れた様な色をしていた。


 なるほど、死者の世界と言われてこういう光景を想像する人も、少なくは無いだろう。


 地響きを感じて振り返れば、千引の岩が元の位置に返っていく所だった。

 やがて定位置に収まった岩には、再び魂力の注連縄がかけられる、


「根の国、か。不気味だね」


『急にホラー始まるやん』

『やばそうな雰囲気しかない』

『根の国やっぱそうですよね』

『ゾンビとかいそう』

『餓鬼とかいるんかな?』

『そっちも世界観違うくね? 亡者だろ』


 亡者ね。

 それっぽい気配は、いくつもあるなぁ。

 ていうかそれしかない?


 生きている人とは違った、陰湿な気配。


「これ、ここから先の物を食べたら帰れなくなるとかあるかな?」


『ヨモツヘグイかあり得るな?』

『なんそれこわ』

『流石にない、と思いたい』

『罠過ぎる』

『よもつへぐい有りは勘弁してほしい。ハロさんのテンションが下がる』


 よく分かってるね、リスナー。

 まだ半分も来てないのに、ここから先美味しい物無しはやる気失くすよ?


 一応聞いておくかー。

 事務連絡スレッドを開いてっと。


『夜墨ー、黄泉竈食よもつへぐいってあると思う?』

『ないとは言い切れんな』

『了解』


 あり得るかー、そっかー。

 怖いから止めておこう。


 さすがにココに閉じ込められるのは嫌だ。

 なんか臭いし。


「食べ物は諦める。敵に期待するよ」


『それがいい』

『万が一があったら怖いしな』

『うんうん』

『人柱になって欲しい気もするけど、現状ハロさんリタイアは怖い』

『是非そうしてください』


 用心、大事。


 実際、敵にも期待してた。

 百階の鬼が強かったし、魂力に干渉できるのを前提条件にしてるエリアだ。


 ここで立ち止まってても仕方ないし、近くの敵と戦ってみようかな。

 丁度ギリギリ見える距離に歪に歪んだ蛙男がいる。

 低階層の守護者よりは強そうだね。


 さあ出発だ。


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