第47話 鬼の長に求婚された件

 南九州に生まれた竜人の始祖は、案外で簡単に見つかった。

 というか向こうが見つけてくれた。


 気配を探りながら一旦桜島を目指していたら、彼らから近づいてきたのだ。

 私よりも蜥蜴に近い見た目で鮮やかな赤い鱗の彼は、背に生えた大きな翼で風を捕まえて飛行していた。

 蜥蜴に近いどころか、そのまま二足歩行にした感じだったから、最初は魔物かと思ったくらい。


「なんか、癒されたね」


 部下たちの手前、始めは彼もリーダーとして威厳を出そうとしてたんだけどさ、尻尾が超揺れてるの。

 喜びを隠しきれない犬みたいに。


「そういうものか?」

 

 どうも私のファンだったらしいよ。


 それもあって超好意的。

 多少は頭も回るっぽかったのに、殆ど無条件に私の話を信じてくれた。


「そういうものだよ」


 彼とずっと話すのは少し疲れるけど、好意を向けられること自体に悪い気はしない。

 ペットみたいだったから、猶更。


 あ、そういえば名前聞き忘れた。

 まあいっか。

 彼ほど鮮やかな鱗の竜人は他にいなかったから、会えば分かる。


 それよりも、次の相手だ。


「福岡の鬼、か」

「昨日目覚めた者だな」


 北九州から感じた気配についても竜人の始祖から聞いておいたんだ。


 曰く、人望のあつい大きな組の元若頭。

 言動は軽いけど、頭はキレ、腕っぷしも強いカリスマ。


 中々面白そうな奴だ。


「戦いに行くのではないぞ」

「分かってるって」


 残念だが、今はそんな時じゃない。

 彼も鬼になったばかりで十全の力は発揮できないだろう。


「ん、この辺だね」

「ふむ、どうやら出迎えてくれるようだぞ」

「あらホントだ。豪勢なこって」


 話に聞いた辺りを見てみると、如何にもなお屋敷の前に如何にもな人たちが並んでいる。

 玄関の辺りには、苛烈で強い気配を纏った男が一人。


「あれが噂の鬼か。いいね」


 魔力は人魚の小娘の足元にも及ばない。

 せいぜいでSの下限ぎりぎり。

 もしかしたらAの域かもしれない。

 

 けど、龍としての勘が告げている。

 アレは強い。

 力の使い方をモノにすれば、私と本気で喧嘩が出来るだろう。


「じゃ、行ってくるよ」

「目的を忘れるな」

「分かってるって。それに、果実は熟してから食べた方が美味しいでしょ?」


 そう言って笑って、ダイブする。

 なんだか夜墨から呆れる気配が伝わってきたけど、気にしない。


 ふむ、こうして近づいてみると、やっぱり大きい屋敷だね。

 割とボロボロなのは、まあ、彼が今あの立場にいる事を考えたら当然かな。


 いつものように減速して、鬼の始祖の前方十メートルの位置に着地する。


「貴方が、鬼の始祖ね」


 腕を組み仁王立ちする藍の着流しの男に向けて確認する。


「ああ、待ってたぜ」


 彼は額の左右に二本ずつ、中央に一本と計五本の角を持っていた。

 さらにその双眸は黒目と白目が逆転しており、人外の様相を強めている。


 後ろへ撫でつけられた髪は黒く日本人的で、体格も同様。

 百七十センチ程で綺麗な顔な彼に比べたら、周囲に侍る鬼たちの方が大柄で余程強靭そうだ。


 けれど、他の鬼たち全員で彼にかかっても、一分とモたないだろう。

 なるほど、これが個人の資質による差か。


「昨日の今日で態々出迎えてくれるとは思わなかったわ」

「上手く事が進んだのはアンタのお陰でもある。俺たちは仁義に煩いんでね」


 彼はそのまま、ついて来なと言って屋敷の内に入っていく。

 少し迷ったけど、従う事にした。


 彼はだったから。


 屋敷の中は案外で綺麗で、正直驚いた。

 もっと血痕や破壊の跡が残っていると思ったから。


「アンタが可能性を示してくれたおかげで、殆ど被害なく事を済ませられたんだ」


 私が屋敷内に視線を向けている意味に気が付いたのだろう。

 そう教えてくれる。


「どれだけ殺したの?」

「オヤジに、総本部長、会長補佐……、挙げたらキリがねえな」

「ふーん」


 彼がしたのは、彼らの世界での大罪の一つ、親殺しだ。

 ここは元々、組の長の邸宅だった。


 聞く所によれば、新時代になってすぐから相当の横暴を働いていたらしい。

 住民を使いつぶし、短期的に大きな利益を得ていたのだ。


 どれだけの一般人が死のうと関係ないってやり方がこの男は気に入らなかったんだね。

 だから、鬼となって攻め込んだ。


 その結果なのか、この鬼は表の人間たちからも人望を集めているって聞いた。

 救世主、恩人だって。


「ここだ」

「……よくこれだけ用意したね」


 鬼の開けた襖から中を覗くと、大きな座敷の両端に大量の料理が並べられた膳があった。

 蟹にタイの活造り、すき焼きと日本酒、その他さまざまな料理が皿を彩る。


 私が九州に入ってから何時間も経ってないのに。


「腐っても福岡一の組だ。これくらいはな」


 新会長は誇らしげ。

 長居する気は無かったけど、日本酒が美味しそうだし、少し位いいか。


 勧められるままに席に着く。

 食べて良いと言うので、ナマコの酢の物へ箸を伸ばした。


 うん、美味しい。


「改めて。俺は鬼村おにむら直秀なおひでだ。よろしく頼むぜ、八雲ハロさんよ」

「ええ」


 私の自己紹介は要らないらしい。

 あ、この日本酒、美味しい。辛口か。


「そんで、要件は何だ?」


 焼き蟹も身が詰まっていて甘い。

 そのままでもいける。


 ん、ああ、要件ね。


「一つ、強者たる貴方に助言を」


 箸を下ろし、人魚や竜人に伝えたのと同じ内容を告げる。

 鬼は一瞬だけ考える様子を見せると、すぐに控えていた一人へ視線で合図を送った。


 合図を受けた男が出ていくのを見送りながら、懐からこの辺り一帯の地図を取り出す。

 地脈の流れを書いたものだ。


「これをあげる。上手く使いなさい」


 少し魔力を込めて強度を上げてから、投げ渡す。

 手裏剣のように回転しながら飛ぶそれを、鬼村は何でもないようにキャッチした。


「……また恩が増えちまったな」

「なら、この地とこの地の人間を繁栄させなさい。私が欲しいものは、それでこそ生まれるから」


 鬼村はそうかい、と呟いて、杯の酒を煽る。

 私も彼に倣って、いつの間にか女の人が注いでくれていた酒に口を付けた。


「アンタ、直接会ってみると思った以上に良い女だな」


 お、すき焼きもそろそろ良さそう。

 卵を溶いてっと……。


「ん、何?」


 聞いてなかった。

 何か褒められた気がする。


「俺の嫁になる気は無いか? 不幸にはしないぜ?」


 何言ってんのこの鬼?


 いや、本気ではないか。

 半分以上は冗談だ。


「冗談で良かったわね?」


 けど、そんな気はサラサラないので威圧をしておく。

 本気の魔力に殺意を乗せて叩きつけるように。


「っ……! ハッ、想像以上だ。本当に冗談にしておいて良かったよ」


 ほー、唇を噛んで耐えたのね。

 まあ、ただの脅しなのでこれくらいにしておく。


 私に本気で求婚してたらひと月は動けないようにしていたよ。

 今殺したらマズいから。


 よし、食べ終わった。

 日本酒がまだあるけど、お土産にもらって行こうかな。


「用は済んだ。帰る」

「そうか。なら序にこれもやるよ。不快にさせちまった詫びだ」

「ありがとう」


 何これ?

 鬼の情報?


 ふーん、白目と黒目が逆転しているのは神通力が使える証で、力は角が多い程強い、と。

 まあ、戦闘力はまた別の話なんだろうけど。


 要らないと言えば要らないけど、情報はあって損するものでもない。


 総じて言えば、面白い男だった。

 それなりに頭も回るのは間違いないようだし。

 求婚してきたのはいただけないけど。


 さて、次は四国か。

 場合によってはそのまま夜営だね。

 その時にこのお酒、夜墨に飲ませてあげよう。


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