第46話 人魚の小娘
㊻
日の出から数時間が経った頃、夜墨の上から亜熱帯の青い海を睥睨する。
別に、憎い相手がいるわけでは無い。
ただ、気が乗らないだけ。
凄くって形容詞は付くけれど。
「全く、何年かぶりの沖縄にこんな気持ちでくる事になるなんてね」
「気は鎮めて行くのだぞ。戦いに来たのでは無いのだから」
「うん」
自覚はあるので、素直に頷いて深く息を吸う。
吐いた息は、意図せずして溜息になった。
幸いな事に、標的の位置は割れている。
隠れる気は無いらしい。
私に準じるほどに莫大な魔力が、足元の島に一つ。
動いている様子はない。
こちらには、気が付いているだろう。
隠れる気の無い夜墨を見逃すなんて、節穴にも程がある。
ましてや、私も夜墨も一切魔力を隠していない現状なら。
「じゃあ、行ってくるよ」
夜墨の頭上からいつものように飛び降りて、気配のある島を目指す。
目的の島はそれ程大きく無いが、三日月のように弧を描き入江を作った美しい所だ。
尋ね人がいるのもその入江。
分かりやすくて良い。
あ、あれか。
かなり警戒してるみたい。
まだそれなりに高い所にいるけど、あちらの猜疑心が全身に刺さるようだよ。
荒事には慣れていない雰囲気を感じる。
けど、頑張って守ろうとしてるのかな?
少し早めに減速してあげようか。
僅かばかりの焦燥が彼女の顔に浮かんでるのが見える。
真っ白な砂浜に着いた足は、殆ど音を立てなかった。
「おはよう、人魚の始祖」
見せるのは外向きの顔。
いわゆる外面。
下手に人間関係を作りたくないから当然素は見せないし、この上なく重要な通達だから配信の顔も見せない。
「あんたみたいな有名人が何のよう?」
人魚に変じた時にメラニン色素を失くしたのかは知らないけど、真っ白な肌に銀色の髪を持った美しい女性がそこにいた。
瞳も銀で、下半身の魚部分は輝くマリンブルー。
ダサいTシャツを着ている姿ですら、なんとも神秘的だ。
けど、その外見とは裏腹に、彼女の言動に優美さは無い。
「一つ、助言を」
強がっているのが見え見えの彼女に対して、私は感情を見せない。
ただ淡々と告げるべき事を告げる。
これは対話では無いから。
「凡そ三年の
彼女は何を言われたのか分からないとでも言いたそうに顔をゆがめる。
そして視線を四方八方に彷徨わせた。
周囲に島民たちが潜んでいるけど、彼らを見ているわけではないみたい。
「……それが、本当だって証拠は?」
「無いわ」
彼女視点でもスタンピードの可能性を疑うに十分な要素は揃っているけど。
疑う気持ちも分かるけど。
まあ、信じたくないのならそれでもいい。
高々南の端の小さな島に住む人間なんて、大した数では無いんだから。
「まさかアンタ、それで私らが疲れたところを襲って、沖縄を、私らを支配する気じゃないよね?」
これは、本気で言ってるのか。
「好きに考えたらいい」
それだけ返して、夜墨の待つ空へ向かう。
これ以上、
私たちは魔力を一切隠していないにも関わらず、そんな疑いを口に出すなんて。
何やら睨んできているけど、気に掛ける価値もない。
「ただいま」
「どうであった」
「ただの愚物だったよ。話していると疲れそうだったから、さっさと戻ってきた」
夜墨はそうか、とだけ返して北上を始める。
極端な話、この地の民が滅びたとしても私にはどうでもいい事だ。
伝えるべきことは伝えた。
恨むなら、ただ健気なだけで考える頭の足りない小娘を恨めばいい。
少し考えれば分かる筈なんだから。
私が沖縄を力で支配するのに、そんな小細工は要らないって。
仮にあの人魚が想定以上に戦えたとしても、私の相手をしている間に夜墨が全て終わらせてしまう。
それだけの戦力差だって、魔力を感知するだけで理解できるだろうに。
人間として社会の内に生きていた頃なら合わせて喋っていた。
あのレベルに合わせるのは、それなりに疲れる事だったよ。
今の私がそんなこと、する訳ない。
本当なら、早朝の内に作った地図を渡すつもりだった。
わざわざ寒い超高高度まで行って、そこでも感じ取れたような巨大な地脈の流れを書き込んだやつ。
沖縄にもそれは流れているから、運よくその流れの上にあるだろう大規模迷宮を見つけられなかったら確実に滅びるだろうね。
まあ、その時はその時だ。
「ん、切り替えた。次は、南九州だね」
あまり苛立ってても生産性が無い。
この話はもうお終いだ。
「細かな場所は分かるのか?」
「いや、分かんない。種族は分かるから、地道に探そう」
九州にいる強者は二人だ。
一人は昨日目覚めたやつ。
一人は、竜人族の始祖。
東洋の龍でなく西洋の竜の特徴を持った人間らしい。
今度の人たちは話していてストレスにならない位だと良いなぁ。
多少なら全然合わせて喋るからさ。
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