閑話① ファーストクリスマス
時は遡って、十二月某日。
窓の外を見れば、珍しく雲に覆われて、僅かな星の瞬きすら無い東京の街。
龍の目にはまだ辛うじて見えるけど、人間にとっては一寸先も見通せない闇だ。
私の地元は日本海側だから、こういう日の方が多いんだけど、東京ではあまり無い。
気温は氷点下に届いたらしく、遠くに見える民家の屋根から氷柱が垂れ下がっていた。
本当に珍しい。
これも世界が変容してしまった影響なのかな。
去年よりも明らかに寒くて、映像の中でばかり見たかつての東京の姿を思い出す。
気が付けば、空からは白く冷たい氷の結晶がひらひらと。
こんな中に体温調節無しで出たら、爬虫類の特徴を持った私たち龍は直ぐに動けなくなってしまうだろうね。
まあ、今はそれも関係のない話。
「夜墨、お待たせ」
「ほう、これが」
リビングに置いたローテーブルの中央に、私の顔より大きな直径の白い円柱を乗せる。
所々を彩る赤い宝石は、この空間で唯一今日の日を表す色だった。
二段重ねのそれは、これでもかってくらい甘い香りを放って自らの存在を主張する。
その隣に並べるのは、七面鳥を一羽丸々使ったローストだ。
「ほい、シャンパン」
最後に、黄金色の液体をそれ用のグラスに注いだら、準備完了。
「じゃあ、いただきます」
「ああ、いただこう」
さてさて、初めて作ったけど、どうかな?
こんがり焼けた七面鳥にナイフを入れて、互いの皿に乗せる。
内側に詰めた香草や野菜、それからハエトリ擬きのお米も一緒に添えてだ。
「うん、上手く出来てるね。美味しい」
「ああ、ロードの眷属として生まれて最大の幸福やもしれん」
「そこまで言う? まあ、ありがと」
褒められて嫌な気持ちはしないから。
彼は私自身から生み出された眷属で、殆ど私の一部だから、自画自賛とあまり変わらないけど。
実際、魂のレベルで繋がっているのが私と夜墨だ。
「あ、シャンパンを一口?」
「仕方なかろう。この器ではこうする他あるまい」
ん-、それもそうか。
仕方ないなぁ。
今日、今この時くらいは許そう。
なんたって今日は聖夜祭。
それも、ホワイトクリスマスだ。
「人の姿になりな」
「良いのか?」
「今だけね。美味しく食べる方が大事」
そういう事だ。
「あ、ウィンテさんのクリスマス配信始まったね」
「そのようだな。断って良かったのか?」
実は、コラボがてら一緒にクリスマスディナーをどうかって誘われていた。
かつての私なら、受けてただろうね。
面倒ではあるけど、そういう場は嫌いじゃなかったから。
「知ってるでしょ、私が人付き合いしたくないの」
一回許しちゃったら、これから先も嫌いな人付き合いをし続けなくちゃいけない気になっちゃう。
情が移る、って言えばいいのかな。
「ああ、そうだな」
だから私は、家族よりも深く繋がった、二人の
特別感は料理で十分。
こうやって配信で他人が盛り上がってる所を眺めながらなら、もう足りないものは無いって感じ。
まあ、今この状況を配信したら「リア充め!」って怨嗟の声をぶつけられそうだけど。
夜墨、見た目は凄まじく美青年だから。
三十路に近いくらいの見た目だけど、これをおじさんと言うには無理がある、みたいな。
「ウィンテさんはステーキに赤ワインか。吸血鬼に赤ワインって、なんか良いね」
「血のようだからか?」
「そうそ」
実際、ワインはイエスの血って話だし。
しかし、お肉か。
今食べてる七面鳥みたいにspで交換したものも良いけれど、どうせなら迷宮産のお肉が食べてみたいね。
ハエトリ擬きのお米を考えたら、涎が出てきちゃうよ。
「次の迷宮はお肉が手に入りそうな所にしようかな」
「ふむ。それは良いな」
「でしょ?」
左手に持ったシャンパングラスを揺らしながら、少し口角を上げる。
なんとも、ゆったりとした時間だ。
私の好きな時間。
「ごちそうさま。ケーキ、切り分けるよ」
あ、ナイフ。
いや、要らないか。
魔法で十分だね。
少しばかりの魔力を動かすと、二段に重ねられた円柱が綺麗に六等分される。
こういう単純で相手からの抵抗が無い作業なら、過程を考えず結果だけを具現化した方が良いって最近気が付いた。
とりあえずと、一切れずつを七面鳥の無くなった皿に移していると、夜墨がシャンパンのお代わりを注いでくれた。
「これで最後だ」
「ん、ありがと。次は、赤ワインにする?」
「ふむ、偶には良いだろう」
彼は基本、日本酒ばかりだから。
ケーキに合わせるし、白でも良かったけど、まあ、ウィンテさんに倣ってみた。
ちょっと重めで、甘いやつかな。
先にシャンパンを空にした方が開けるだろうから、そのまま机の上に置いておく。
ふと、窓の外を見ると、いつの間にか雪の勢いが増して向かいの家があまり見えないくらいになっていた。
まだまだ綺麗で済む程度だけど、東京でこれなら雪国は大変だろうなぁ。
雪かき、頑張って欲しい。
「ん、メリークリスマス」
「ああ、メリークリスマス」
言葉の意味も分からないままに返してくれた夜墨へ、改めてグラスを掲げて、口を付ける。
喉を炭酸が刺激する感覚を楽しみながら私は、白く染まるだろう明日の都に思いを馳せた。
そうして、少し特別な夜は更けていく。
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