第42話 白くて美味しい獲物
㊷
期待というか、祈りを胸に駆けること五分。
ついに見つけた。
魔物だ。
シルエットは、大型の鼠。
体高が私の腰辺りまである、白と緑の鼠だ。
けど、近づいてみると何か違う。
毛のないスベスベとした肌はまるで、植物のようだ。
頭部から肩にかけてが緑色で、耳は何だか葉っぱみたい。
他は尾まで白。
雪のような白。
『なんか、大根みたいな鼠だな』
『たしかに大根だ』
『おでんにしたら美味そう』
『大根だな』
なるほどね、大根。
既視感があると思ったらそれか。
その大根鼠が、五匹。
『地元その辺だけど、伊吹大根ってのがそんな感じの見た目だな』
『知ってる。鼠大根とか言う、辛いやつだろ』
『ほー そんなものが』
鼠大根ねぇ。
モデルはそれなんだろうけど、あれは結局大根なのか鼠なのか。
大根なら、美味しくいただきたい。
鼠は、ちょっと食指が動かないな。
「まあ、倒してみれば分かるか」
私のつぶやきに反応して魔物たちが立ち上がる。
耳が良いらしい。
大根の側根と同じような髭がぴくぴくと動いた。
辺りを探っているんだね。
そしてすぐに逃走の構え。
うん、それが正解だろう。
私からすれば酷く矮小な彼らが生き残るなら、それしかない。
けど残念。
もうそこは私の間合いだ。
一足飛びに距離を詰め、槍で一匹の首を落とす。
返す太刀で二匹目。
さらに後ろをすり抜けようとした一匹を尾で突き刺した。
「あと二匹」
思ったより足が速い。
今にも森の奥へ消えようとしている。
槍を逆手に持ち変えて投擲。
狙い違わず、頭部を貫いた。
残る一匹には、魔法で真空の刃をくれてやる。
鎌鼬と呼ばれる自然現象を少しばかり強力にしたものだ。
胴体を上下に割かれた獲物は、そのままモノ言わぬ
「うん、終わり」
『手際よすぎワロタ』
『一振り一殺・・・』
『戦闘になってないな』
『さすがハロさん』
まあ、言っても三階層の雑魚だから。
私からすればね。
寧ろやり過ぎないように気を使ったくらい。
それで、問題の獲物はどうかな?
足元に転がる一匹を拾い上げてみる。
首から切り離した方だ。
この場所で何をしていたのかは知らないけど、大根であってほしい。
「ん、硬い。詰まってるね?」
動物の肉を掴む感触ではない。
本当に大根を掴んでるみたい。
断面は、真っ白。
気管や食道、血管の類は見当たらない。
「ん-? ゴーレムみたいな何かかな?」
『生物って感じじゃないな』
『まじで大根じゃん』
『大根だな』
『これでどうやって動いてたんだ?』
試しに魔法で胴の辺りから切ってみるけど、結果は変わらず。
これは、大根で良いのかな?
もしこれが伊吹大根モチーフの魔物なら、味もそれに準じているかもしれない。
ふむ、辛みのある大根、か。
spとおろし金を交換して、適当な大きさに切った欠片を擦りおろしてみる。
手が汚れちゃうけど、尻尾でおろし金を支えて右手で擦りつけ、左手で受ける形だ。
「見た目は、大根おろしだね?」
『大根おろしだな』
『大根おろしだ』
『醤油とすだちと焼き魚……』
お腹の減る事言わないでほしい。
ではなくて。
味は……。
うん、辛い大根おろしだ。
辛いけど、甘い。
つまり、美味い。
最高級なんてものには一歩届かないくらいかな。
けど、かなり美味しい。
「鴨せいろに鬼おろしでかけたら凄く美味しそうな感じ」
『伝わった』
『あー、いいな』
『辛い大根おろしは苦手』
『ほう、有りだな』
『気に入ったんですね』
うん、気に入った。
これ、持って帰れるかな?
いや、持って帰る。
全部は無理だから、四分の一に切ったものを交換した袋に包み、同じく交換したリュックへ詰める。
ちょっと邪魔だけど、仕方ない。
「いいね」
めちゃくちゃ迷ったから失敗したかと思ったけど、早計だったね。
よし、どんどん進もう。
まだ何か別の種類の食材が手に入るかも。
手に入るかもなんだけど……。
「うん、現在位置が分からん。私はどっちから来たっけ?」
『知らない』
『遭難は変わらず、と』
『槍がある方向は少なくとも違う』
『右手の方です、たぶん』
ふむ、戦闘で動き回ったからリスナーさんたちもハッキリとは分からないのね。
まあ仕方ない。
槍のある方は違うって言うし、そっちに行ってみようかな?
そう思ったけど、なんか、さっきより暗い気がする。
「夕暮れ、かな?」
『確かに暗くなってる』
『外も日没ですね』
『迷宮の中も夜になるんだな』
『夜は配信無し?』
どうしようか。
このまま探索を続けても、私は問題ない。
ただの人間よりずっと夜目が利くし。
けど配信を見ている人たちは違うんだよね。
ウィンテさん達吸血鬼は問題ないだろうけど、人間組は見えない。
種族を変えた人も増えてるみたいだし、その中で夜目の利く人たちに向けて配信するのもありではある。
でもなー、夜は寝たいなぁ。
どうせぐっすりは眠れないけど、それはそれだ。
「よし、今日はここで夜営しよう。配信も終わりだね」
『うい』
『まあそうなるか』
『えー』
『眠ってるハロちゃんの観察はNGと』
『はーい、お疲れ様です』
槍は、そのままにしておこう。
明日の目じるしだ。
何かに移動させれたら困るけど、あれで私を傷つけることは出来ないはずだから。
「じゃ、お疲れ様ー。また明日ね」
『おつー』
『おやすみなさい』
『お疲れ様でした』
『お疲れ様です』
配信終了っと。
リザルトの方は……。
累計視聴時間が約一億五千三百六十万分、総視聴者数三千二百万、コメント数が十九億くらい。
収入は、千五百万強か。
まだ獲得spは百分の一のままだね。
ん-、総視聴者数と配信時間の割りに少ない。
ほぼほぼ森の中を迷ってたせいで景色が変わらなかったからなぁ。
普段よりは一人当たりの滞在時間が短いみたい。
ただ長く配信すれば良いってものじゃないね、やっぱり。
しかし、一日で三階層かー。
これは先が長そうだなー。
まあ、のんびり行こう。
幸い、私には人間の数十倍じゃきかない時間があるんだから。
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