第38話 ようやく配信です

 前回の配信から二か月が経った。

 旧時代の暦で言えば、一月だ。


 日本海側でなくても北の方の地域にはしんしんと雪が降っている。

 分厚い雪雲に覆われてしまっては、流石の龍も雲上から地上の様子を見ることは叶わない。

 普段なら眼下に長閑な近江の町並みが見える筈なんだけどね。


 そう、今私がいるのは滋賀県が近江地方の上空。

 近江牛の産地だ。


「夜墨、そろそろ雲の下に降りてみようか」

「ああ」


 真っ白な雲を突き破ると、先ほどまで私たちを照らしていた温かな太陽の光の代わりに、冷たい雪が降り注ぐ。

 雲も灰色に染まった。

 変温動物の特徴が少し混ざってしまった今の私が魔法無しに活動するには、少々どころでなく厳しい環境だ。


 けど、これなら下がよく見える。

 今日は散歩で来たんじゃない。


 こんな所まで足を延ばした目的、迷宮を探して、私は目を凝らした。


 地脈の流れを辿りながら探す事、凡そ一時間弱。

 ついに見つけた迷宮は、鈴鹿山脈だろう山の麓辺りにあった。


「期待できそうな場所。夜墨はいつも通り、上で待ってて」

「了解した。期待している」

「迷宮次第だけどね。ほっ」


 夜墨と私の期待に応えてくれる迷宮である事を祈って、ダイブする。

 目指すは、不自然に開けた場所だ。


 空を往く権能を発動して減速し、着地。

 目の前にあるのは、確かに迷宮だ。


「さーて、久しぶりの配信だ」


 うん、とうとう重い腰を上げたの。

 だって、ウィンテさんに次の配信はいつですか、なんて言われちゃったから。


 まあ、本を大量に交換したせいで手持ちのspがだいぶ目減りしてたから丁度良くはある。

 でもどうせなら欲しい物がありそうな所がいいよねってこんな所まで来たんだ。


 欲しい物、イコール美味しい物、ニアイコールお肉!

 つまりは近江牛!


 渋谷の迷宮を思うに、その土地柄って出てくる魔物に影響すると思うんだ。

 渋谷も昔は稲作をけっこうしてた所みたいだし、他も、ね。


 もし支配者がいるなら別だけど、それ以外の迷宮がこの予想通りなら目の前にある迷宮はかなり期待できる。

 近江牛のおいしさの理由に挙げられる一つが鈴鹿山脈からの水だし、近江地方だし。


 その辺を確かめつつ、期待もしつつ、spは確実に手に入れていきます!

 

「よし、配信開始っと」


 いつものように配信を開始すると、前よりは穏やかに、けど凄まじい勢いで視聴者数が増えていく。

 さすがにボチボチ配信出来る人も増え始めたけど、先行者利益は大きいね。


「ハロハロー、八雲ハロだよ。久しぶりー」


『ハロハロ。2ヶ月ぶりか、、、』

『おハロー。久しぶり過ぎるわ』

『こんにちは、お久しぶりです』

『ハロハロー ハロちゃん待ってた!』

『雪!』

『ハロハロ! ハロさん遅いです!』


 あ、はい、サボっててごめんなさい。

 楽しみにしてくれてたっぽいのは正直嬉しいけどね。


 最後のはウィンテさん。

 彼女、なんでこんな私ラブなんだろう……?


 私は知ってるぞ、私とウィンテさんの百合スレッドが向こうで出来てるの。

 そしてウィンテさんが嬉々として参加してるの。


「いやー、ごめんねー? やる気が起きなくて」


『正直か』

『やる気が起きなかったなら仕方ない』

『正直すぎて草』

『さすハロ』


 ハハハハ。

 まあ、こんなものかな。


 麓といっても少し山に入った辺りだし、雪降ってるしで気分的に寒いんだよ。

 さっさと迷宮入りたい。


「今日からはここ、滋賀県の近江にある迷宮を攻略するよ。前の話でアキバの迷宮がどうのって言った気がするけど、忘れて」


『おうみ、聞いたことあるな』

『オウミってどこだ』

『近江牛の近江か』

『地元じゃん』

『寒そう。日本海側か』

『近江って滋賀なんだ』


 正直、近江って聞いて滋賀に結びつかないのは分かる。

 地理や和牛に特別興味あるわけでも無かったし。


 琵琶湖が無かったら多分、ここが滋賀って知らずに配信してたね。


「じゃ、早速行くよ」


 どんな迷宮かなー。

 大きな地脈の上にあるのを選んだから、それなりに深いとは思うけど。


 入り口を囲む建物は、一言で言えば古い民家。

 昔ながらの造りで、屋根の傾斜がキツいやつ。


 良い感じに草臥れて味があるけど、これも壊せないんだろうね。

 

 中に入ると、高い位置に板張りの床があって、その中央に上階へ上がる急な階段があった。


「こんな感じかー。今回の迷宮は上がってくのね」


『ほー、全部地下じゃないんだ』

『ばあちゃんちみたい』

『けっこう広いな。区切れば二世帯は暮らせそう』


 まあ上がろう。

 手すりもないから、上の段に手をつきながら上る。

 この感じ、曽祖母の実家にお邪魔した時を思い出してちょっと懐かしい。


 なんてコッソリ感傷に浸っていたら、急に濃い緑の匂いが肺を満たした。


「わお」


『まじか』

『え、迷宮って洞窟ばっかじゃないんだ』

『うちの近くと同じパターンか』

『山だから?』

『森じゃん』


 森だねぇ。

 そっかー、こう来たかー。


 色んな地形があるのは知ってたけどね。

 方向感覚を失ったら大変。


 目印、はその内分解されるから余り意味がない。

 んー、どうしよ。


「ねえねえ皆、ここで一つお知らせがあります」


 困った時は、ネットの集合知だ。


「わたくし、八雲ハロ。軽い方向音痴です!」


『あっ……』

『あ』

『あ、、、』

『その、ご愁傷様です?』

『とりあえず遭難してから考えよう』


 諦められてら。

 いや、そうでなくて。


「何かアイデア無い? 来た方向さえ判別できたらまだ何とかなるんだけど」


 洞窟型でも定期的に分からなくなってたのはその部分。

 その度に血の匂いがする方って判断してたんだけど、ここみたいな開けた場所だとそれで戻れるか怪しい。


『匂いは?』

『目印、は分解されるか』

『気合い』

『道はどこかで繋がっているさ』


「匂いは分かるっちゃ分かるけど、あちこち行ってる内にそれが来た道か判別出来なくなるかな。道は、そりゃ繋がってるでしょうね。あれば」


 道なんざ無い!


 え、これ、まさかの気合いが最適解?

 言い換えれば無策で突き進むしか無いと?


 うーむ……。

 今なら諦めるのも手ではある。


 けど、森って事は食べ物的に凄く期待値が大きい訳で。


「よし分かった。気合いで突き進む! 守護者さえ見つけたら帰れるさ! たぶん」


 たぶん……。


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