第37話 王権龍授
㊲
黒服二人に案内されてやってきたのは、駅に併設されたビルの最上階。
窓から下を見下ろせば、スクランブル交差点がよく見える。
「ボス、八雲ハロ様をお連れしました」
「入れ」
お、フルネームで呼ばれたの初めてなんじゃない?
なんてどうでもいい事を考えながら、開けてくれた扉を潜り、待ち人のいる室内に入る。
この部屋は元はどこぞの社長の執務室だったのだろう。
手前から革張りの応接セットと落ち着いた色合いの執務机と並び、最奥に大きな窓がある。
その両サイドには様々な分野の専門書が収められた本棚があるが、こちらは後から持ち込まれたモノなんだろうね。
微妙に匂いが違う。
「ご足労、感謝します。八雲殿」
「ハロでいいよ」
執務机から立ち上がって迎えてくれたのは、目つきの鋭い、初老の男。
白髪混じりの髪は綺麗に纏められており、身を包むスーツは真っ白で皺ひとつない。
奇麗な格好だけど、発している雰囲気は鋭い刃物のようで一般企業の社長というには無理があった。
刃物は刃物でも鞘に収まったモノだから、相応の人物ではあるのだろう。
「ではハロ殿、お座りください」
「いいよ、長居する気は無いから」
部屋にいる中では一番下っ端っぽいのが気色ばむ。
私を案内した二人は外で待っているし、それなりに上の人だとは思うけど。
「止めんか」
「ハッ、すみません」
すぐにおじさんが治めてくれたので何もしない。
ていうか早く本題に入って欲しい。
「申し訳ない」
「気にしてない」
気にする価値もない。
「では改めて。私は今、この渋谷を纏めております、
「ん」
覚えるかは知らないけど、一応聞いておく。
「まどろっこしい事は抜きにして、単刀直入に言いましょう。我々に不介入であってください。代わりに、私らもハロ殿の邪魔をしません」
ふーん。
そういう。
ちょっと試しに圧をかけてみる。
抑えていた魔力を解放するだけ。
それでも、そこらの人間には辛い。
辛い、はずなんだけど涼しい顔のまま。
部下たちは皆顔面蒼白にしているのに。
いや、すぐ横に立っているナンバーツーらしき人も耐えてるか。
中々肝の座っている。
「降りかかる火の粉は払うよ」
「ええ、それは勿論、お好きに」
魔力を収め、それだけ確認する。
龍の瞳で確認しても、嘘を吐いている様子は無い。
龍の力を強め、金に変じた私の瞳は根源的な力すら見通す。
嘘を吐けば、彼の周囲の力に影響が出ていただろう。
「話が早いのは好きよ。谷、と言ったっけ。あなた、お酒は何が好き?」
「芋焼酎、ですかな」
「そう、じゃあこれをあげる」
焼酎は詳しくないけど、目についた中から適当なものを交換して渡す。
これは、彼に対する期待。
と同時に、ちょっとした罠。
「ふむ、ありがたく」
「じゃあ、私は帰る」
もうこの場に用は無い。
さっさと踵を返して、扉に手を掛ける。
「そうそう、迷宮は好きになさい。ちゃんと、治めるのよ」
プライベートでも配信用でもない、外向きの顔で、ちゃんと念押し。
伝わる相手って判断したから。
後ろに聞こえた了承の返事には何も返さず、さっさと執務室の扉を閉める。
廊下に出ると、またさっきの二人が帰りの案内をしてくれるようだった。
彼らの後ろを歩きながら、仕掛けを作動させる。
「ふぅ……」
大きなため息。
さっきのおじさんのモノだ。
渡した瓶に付着させた私の魔力を通じて音を拾っているのだ。
「会長! 確かにアレは化物ですけど、どうしてそうも下手に出るんですか!」
これは、私の態度に殺気立ったやつかな。
「それが、あの女と俺らの力関係だからだ。あの女の気まぐれ一つで、この部屋にいる俺たちどころかこの渋谷にいる人間全員が死ぬ。それぐらい分からねぇお前じゃないだろ」
「そ、それはそうですけど……」
まあ、流石にしないけどね。
やる意味ないし、破壊行為より読書や美味しい食事の方が余程ストレス発散になる。
あ、相手がストレスの原因なら話は別だけど。
「兎も角だ。俺たちが真っ当にこの渋谷を治めてる間は向こうも何もしてこねぇ。どころか、あの迷宮も好きにしていいってんだ。障害になりそうな馬鹿どもも掃除してくれたし、こっちにゃ得しかねぇだろ」
「馬鹿どもの件に関しては、きっちり礼を言いたかった所ですが」
「あんなさっさと帰りたいオーラを出されちゃあな。わはははっ!」
ちゃんと察してくれたのね。
良い状況判断だよ。
「何にせよ、これまで通り弱ぇ奴ら守りながら自由にやってりゃいいんだ。お前も割り切れ」
「……うす」
ふむ。
まあ、合格でいいんじゃないかな?
じゃあ最後の仕掛けだ。
ほいっと。
「ぬおっ!? なんだ今の光は」
「会長、さっきの酒に何か引っかかってます」
「こいつぁ、王冠か?」
デザインは谷間の龍を模したものにした。
何製かはよく分からない。
私の魔力から生まれた謎物質。
「黒王に、王冠。……たく、面倒な役目押し付けやがって」
そういう事。
傲慢な龍らしく、認めてあげるよ。
王冠は、その証。
と同時に、契約を示すもの。
彼らが私の邪魔をしない限り私が彼らに手を出すことは無く、そして王冠の主を王として認めるという契りの印。
王権神授ならぬ王権龍授。
谷隆二、今日から君は、渋谷の王だ。
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