第34話 新しい社会の萌芽

「夜墨ー、今日何食べるー?」


 ハロさんぶち切れ事件から早一か月。

 今のところ絶兄からのリアクションは無い。


 おかげで私はこうして、のんびり沖釣りに来れてるわけですが。

 

「魚でなかったのか」

「だって、釣れないじゃん」


 夜墨の上から釣り糸を辿ると、見えるのは大きく波打つ海面。

 かなり沖まで来てるからか、私の目でも魚影は見えない。


「まあ、交換して帰ればいいか」


 ここで素材を交換するなら安いし。

 いや、spは十分あるから出来上がったものを交換してもいいんだけど、料理もしたい。


 ちなみに、あの日から配信は一度もしていない。

 ウィンテさんの配信に顔は出してるから生存報告出来てるし、別にいいかなって。


「ていうかこれ、私らの気配で魚逃げてない?」

「逃げてるな」


 うん、盲点。

 人間を驚かさない程度の気配の抑え方しかしてなかったよ。


 よし、撤収!

 釣り糸を上げ、竿ごと全部燃やして処分する。


 魚は、何がいいかな?

 ていうか何作ろう。


 マグロ、は捌き方が分からない。

 真鯛? 鱗の処理が面倒だけど。

 ノドグロも良いなぁ。


 ブリ、カンパチ、鰹……。

 時期的にアンコウ鍋も有り。


 あ、この辺の海老も旬か。

 エビフライとか天ぷらも良いなぁ。


 アワビに蟹も捨て難い……。


 クーラーボックスの容量的にそんなに沢山は持って帰れない。

 時間停止のマジックバックみたいなのがあればなぁ。

 

 そういえば、あのゴミが薬仕舞ってたのって何だったんだろう。

 何も無い所から取り出してたように見えたけど。


 詳しく聞いておくべきだったかな。

 魔法でそれっぽい事をしようとしても維持が大変だし。


アレの特殊技能だったらお手上げだね。


 その内だれか見つけるかな?

 最近は迷宮に潜る人も増えたみたいだし。


 その為に私の配信アーカイブを見返す人もいて、配信はしてないけど纏まった収入はある状態になってる。

 アーカイブの方はライブ配信とは別に月ごとの総再生時間でspが貰えるみたいだね。


 流石にこの前の嬲り殺し映像は道中のみにしたけども。

 細かい編集は無理でもカットくらいは出来たから。


 そんな訳で、ダラダラしてても何にも問題ないのです。


「そういえばお米、まだ残ってたっけ?」

「今日明日の分くらいでないか?」


 あら、もうそんなに使ってたか。

 あれ美味しいから仕方ない。


 あれにこそマジックバッグ的なのが欲しい。

 魔法も使って運んでるけど、それでも一回に持ち帰られる量には限りがあるんだよね。


 今から迷宮潜ってもいいんだけど……。


「市場行ってみる?」

「ロードが望むなら」

「じゃあ行こうか」


 という訳で、この後の予定決定。


 その前にお魚を交換して家の冷蔵庫に入れておかないと。

 結局何にするかだけど……。


 よし、決めた。

 ぽちっとな。


 大きさ的に三匹もあればいいか。

 しっかり〆てあるから、多少時間がたったくらいなら新鮮なまま。


 魔法で出したタップリの氷と一緒にクーラーボックスに入れて、帰ったら冷蔵庫、というか冷蔵室に入れる。


「もういいよ、夜墨。家に向かおう」


 なんやかんやを済ませて再度家を出たのが、だいたい十五分後。

 あんまりのんびりしてると、また出る気力がなくなっちゃうからね。

 スピード勝負だったよ。


 それからさらに数分かけて、お馴染みの渋谷迷宮前にやってきた。


「おー、賑わってるねー」

「ああ」


 今の私は人化の魔法で角も尻尾も消した人間モード。

 黒髪黒目のお姉さんです。


 更に夜墨もいつか見た人間モード。

 金色の瞳以外はどこにでも居そうな黒髪日本人スタイル。


 いや、容姿で言ったら超絶イケメンの壮年男性だ。

 男だった頃の無難ファッションですらキラキラして見える。


「うわ、あの二人めっちゃ美男美女カップル」

「え、兄妹じゃない?」

「確かにどことなく似てるけど。似てると言えばハロさんにも似てるような……」


 めっちゃ注目されてら。

 ていうか私もか。


 そういえば今の私、まごう事なき美少女オア美女だもんね。

 現実で人前に出る事なさ過ぎて忘れてた。


 私ってバレるかな?

 バレる可能性あるなー。


 既に怪しまれてるし。

 顔をうまく認識できない魔法でも使おうか。


「思ったより色々売ってるね。価格は、まだバラバラだけど交換より少し安いくらいか」

「ふむ」


 夜墨はよく分かってない感じか。

 まあ、基本的に迷宮が関係する事以外は何も知らないからね。


 ざっと見まわしてみたけど、シートを敷いてだったり机を置いてだったり、色んなお店が迷宮になって更地になった一帯全体に散らばっている。

 フリーマーケットとか、お祭りみたいな雰囲気。


 他より少しだけ装備の整った人たちが境界辺りに立ってたり見回りをしていたりで、治安維持も考えてる感じかな。

 近くのお店で聞いてみたら、ヤーさんの一味が上の命令でしてたり、商品を卸しに来た人たちが小遣い稼ぎにそのまましてたりするんだって。


「思ったより人がいるのだな。あの魔人どもがかなり殺したと思っていたが」

「そりゃ、日本有数の人口密集地帯だったからね」


 そか、夜墨的にはそっちが驚きなんだ。

 私としては、世界崩壊から二か月足らずでこうなってることの方が驚くかな。


 想定通りと言えば想定通りでもあるけど、人間って逞しい。


 お、調理器具。

 ん-、まあ今持ってるので十分かな?


 あ、でも出刃包丁と魚捌く用のまな板は買っておこう。

 まだ無かったはず。


「魔石も調理器具と一緒に売ってるんだ」

「お姉さん、もしかしてまだガスで飯作ってんのかい?」


 話しかけてきたのはお店のおっちゃん。

 素直に驚いたって感じ。


 まあ、プロパンガスのストックでもなければそろそろ燃料切れになってても可笑しくないか。


「ああ、これで魔法を使うんだね」

「そうそう。このちっこいの一つあれば薪に火をつけるなり出来るからな。鍋自体を直接加熱するやり方でも、数日はいけるぜ」

「へぇ。自前の魔力でやってたから知らなかったよ。今はそんな感じなんだ」


 なるほどね。

 たしかに、見慣れた現象なら大抵の人はそれくらいの消費でどうにかなるか。


「なんだ、魔力持ちか。羨ましいね。俺ぁEだから、一日三回も料理に魔法使ったら疲れきっちまうよ」


 そんなものなんだ。

 そういえば私、魔力を使い切った事ってないかも。

 大体回復量の方が多いし。


 転移の練習の時でもいくらかは残ってたしなぁ。


「まあ、使ってたら増えるって話だし。おじさん、色々ありがとうね。ほい、お代」

「おう、まいど!」


 なんか、縁が無くて知らなかった話がちょいちょいあった。

 市井の視察に来た王侯貴族の気分ってこんな感じなのかな?


 とりあえず買ったものを夜墨に渡して次へ。

 はい、荷物持ちです。

 この為に人型になって付いて来てもらったんだ。


 あ、お米売ってる所聞けばよかったかな?

 まあ、近くにあるでしょ。

 同じ用途で使うものは近くに纏めた方が売りやすいし。


 なんなら少し高めでも売れる。

 かつてのお店でも使われてた手法だね。

 安売りして、ちょっとだけ割高の他のモノも一緒に買ってもらう。


 特に重い物を買う時なんて、それ持ったまま複数店舗回るのは大変だし。


 あ、ほら、見つけた。


 ん-、キロ五万sp。

 普通のお米の十倍。

 高いなぁ。


 いや、迷宮の中で交換したのと同じくらいだからまだ良心的か。


 どの道買うんだけどね。

 余裕がないならまだしも、これを知って今までのお米に戻るのは無理。


 という訳で四キロほど購入。

 私みたいなのが片手でほいほい持ち上げてたから、店主のおばちゃんはびっくりしちゃってたけど。

 気にしたら負けだよ、おばちゃん。


 それじゃあ帰ろう。

 家に着いたら料理のお時間です!


 ……うっかりソファに座らないようにしないとね。


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