第32話 龍の逆鱗

 今、なんて言った?

 このガキは、なんて言った?


 自由がない?

 私の?


「お前如きが、私の自由を奪う?」


 自分でも不思議なほどに低い声だ。


 ああ、腸が煮えくり返る。

 冷静ではいられない。


「な、なんだよっ……!」


 こんなガキが、ゴミムシ風情が、私の自由を奪う?

 ありえない。


 させない。

 簡単には死なせない。


「死ぬ気で生きろ」


 鳩尾の少し右下を狙い、殴る。


「ガハッ……!」


 身体をくの字に曲げるゴミの頭を鷲掴み、壁へ押し付け、引きずりまわす。

 壁が削れ、豚の牙が折れた。


 そのまま、壁に埋めるように蹴りを叩きこむ。


「なん、べ……」

「喋るな、カス虫」


 項垂れ何かを呟く阿呆の口へ砕けた壁の欠片を押し込んで、喉を掴む。

 その手に、少しずつ力を込めていく。


「ねぇ、お前如きが、何をするって?」

「あ、がっ……」


 答えは期待していない。

 喋る暇があるなら再生しろ。

 まだ死ぬな。


「え?」


 けど、一応聞いている風。

 開いた手でヒルの腕を貫き、潰す。


 同時に再生の魔法。

 そして引き抜く。


 紫色の血が噴出して、放り捨てた腕がビクンビクンとのたうつ。

 気色悪い。


「おえの、うえ……」


 魔法で燃やしたら思った以上に精神に来たらしい。

 良いザマだ。


 カスを壁から引き抜き、投げ捨てる。


「その程度、今のお前なら再生できるでしょ。しろ」


 私の自由を奪うと言ったんだ。

 まだまだ苦しめてやる。


『ひぇ……』

『こんな切れてるの初めて見た。。。』

『地雷か?』

『ちょっとやり過ぎなんじゃ』


 やり過ぎ?

 そんな訳ないでしょ。


 まだ足りない。


「ねえ、まだ? 早く再生して」


 ああ、くそ。

 ムカつきすぎて魔力が抑えられない。


「ひぅ……」


 息ができていないらしい。

 私の魔力に飲まれ、完全に委縮してしまっている。


 じれったい。


「私が治してあげるよ」


 潰れた内臓を戻し、腕を生やしてやる。

 それから、蛇の尾を掴んで振り回す。


 勢いそのままに地面へ叩きつけ、頭上を通してまた反対側に叩きつける。

 叩きつける度に上がる潰れたカエルのような声が耳障りだ。


 だから、その声が聞こえなくなるまで繰り返す。

 何度も、何度も。


「やっと静かになった」


 じゃあ次。

 尾を首に巻き付けて持ち上げる。


「あぁぁぁぁあああっ!?」


 そして、腹を抜き手で貫いて、内臓を焼いた。

 ふん、今度は良い声で鳴くじゃん。


 肉の焼ける臭いが空洞内を満たすけど、食欲はそそられない。

 引き抜く時にちゃんと治してあげる。


「フーッ、フーッ……」

「何? その目は」


 憎しみに染まった目。

 恐怖が一周回って変じたか。


 でも、抵抗する気力はない。

 

「飲みなよ、あの薬。もう一本あるんでしょ?」


 カス虫の瞳が揺れ動く。

 おもむろに、どこからともなく例の瓶を取り出した。


 こちらを警戒しているのか、中々飲まない。


「早く。何もしない」


 両手の平を天井に向けて広げ、アピールする。

 それで漸く、薬を呷った。


 本当に、イライラする。


「ヒ、ヒヒッ……。すげぇ……。後悔しろよ、ブス!」


 ゆらゆらと虫が立ち上がる。

 力が膨れ上がった。


 凄い魔力。

 魔石分を含めたら私より上だろう。


 だからどうした?


 とりあえず殴る。

 もう急所でもいいだろう。

 力任せの拳を、脇腹へ。


「きカねぇなァ!」


 思った以上に硬い。

 微動だにせず、逆に掴みかかってきた。


 速い。

 体力は夜墨並みだ。


 ヒルの腕が眼前を掠める。


「私並みの魔力に、夜墨並みの体力ね」


 凄い凄い。

 そんな力でこんな連撃、食らったら一溜りもないよ。

 でも。


「クっ、なんデダ! ナンデ当たらねェ!」


 単調。

 魔力での強化も垂れ流すばかり。


 知力と器用を捨てるからだ。


「前にも言ったでしょ。力は使いこなせないと意味がないって」


 左右の足に魔力を集中して、鳩尾を蹴りぬく。


「ゴブァッ!?」


 そのまま軽く飛び、空中回し蹴り。

 再生したばかりの豚の牙が舞うのが見えた。


 下半身が蛇だけあって、安定している。

 仰け反るばかりで、彼我の距離は離れない。


 うん、好きなだけ殴れる。


 蛇と人間の身体の境辺りを狙って、殴る、殴る、殴る、

 衝撃が逃げないように、ただひたすら。


 手を止めると、グラついたカスの頭が垂れてきた。

 それを掴んで、地面に叩きつけ、踵落とし。

 魔力での強化に加え、魔法で辺りを漂うあらゆる力のベクトルを操作した一撃だ。


 豚の頭が大きく地面にめり込み、クレーターが出来る。


 それでも頭蓋骨を砕いた感触は無い。

 意識もあるらしい。


 頑丈な事で。


「ぐっ、クそガ……」


 本当に丈夫。


 槍を取り出し、肩甲骨の間へ突き刺す。


「ガァアアッ!」


 獣じみた悲鳴を無視して槍を捩じり、肺を壊す。

 けどすぐに再生が始まった。


 いいね。


 少し距離を置いて、幾条かの落雷をお見舞い。

 閃光が弾け、轟音が迷宮内に反響する。


 残ったのは、アレと同じ形をした炭。

 見た目はもう死んでいる。

 けど、他の知覚能力の全てが生存を教える。


 炭の塊が身じろぎをした。

 と思ったら、表面がはがれて、中から綺麗なままのアレが出てくる。


「うぅ……」


 本人の意識は、もうほとんど残っていないか。

 無理矢理付け足した能力がゴミを無理矢理生かしている。


 いい気味だ。

 もっと苦しんでいい。


 炭が剝がれきる前に一足飛びに距離を詰め、槍を一閃二閃、三閃。

 輪切りにしたカス虫の身体が一瞬ばらけて、しかしすぐに伸びた繊維がそれらを結びつけてしまった。


 じゃあ、切れるまで切ろう。

 蛇と人の境を狙って何度も槍を振るう。


 熱をまとわせ、雷をまとわせ、凍てつく冷気をまとわせて、あらゆる手段で断つ。

 何十回と繰り返すと、漸くソレは再生をやめた。


「ハヤ、く、……」


 何か言っているが、聞き取れない。

 ひとまず大きくて邪魔な蛇の体を焼く。


「アチィ、よ。兄、貴……」


 へぇ、感覚あるんだ。

 まあ、どうでもいい。


 炎の温度を上げる。

 蛇は炎が白に変じた辺りで消し炭になった。


「それで、私をどうするって?」


 虚ろな瞳の頭を掴み上げて聞く。


「……シテ」

「は?」


 ぼそぼそと。

 龍の耳にも伝わらない。


「コロ、し、……」


 命乞い、ではない。


「もう、ヤ、だ……」

「やだ?」


 私の自由を奪うだなんて言っておいて?


「コ、ろシ、テ……」


 あ、そう。

 完全に壊れたか。


 じゃあ、もういいや。


「いいよ、殺してあげる」


 これ以上やっても変わらないから。


 口の辺りに私の膨大な魔力を集め、圧縮する。

 ただ、破壊のみを目的として。


 コレ、めちゃくちゃ丈夫だから、手加減は無し。

 夜墨に撃ったそれ以上の威力が必要だ。


「じゃ、お疲れ様」


 哀れなデク人形。

 私を怒らせたことを後悔したまま、消え去るといいよ。


 少し前方に放り投げる。

 と同時に、解放。


 龍の息吹が彼を飲み込み、そのまま迷宮の壁を穿つ。

 白い閃光に、世界が飲み込まれる。


 迷宮の闇が戻った時、そこに残っていたのは、私と無残に破壊された迷宮守護者の部屋だけだった。


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