第31話 待たせたね

 ん-っ、よく寝た。

 今は、日の出の時間だね。

 窓の外を見たら、地平線に太陽が見える。


「おはよ、夜墨。どう?」

「あれからずっと動いていないな。今も配信しているぞ」


 え、嘘。

 ホントだ。


 寝てるけど、配信は点けっぱ。


 ずっとやってたんだ。

 私を待って。


「コメントも早く行ってあげてってなってるね」

「それはそうだろう。哀れな事だ」


 ちょっと悪いことしたかな?

 でもあの時間から行くのは面倒だったしなぁ。


 まあいっか。


「じゃ、行きますか」


 サクッと準備をして、コーヒーを一杯だけ飲んでから渋谷の迷宮に向かう。

 夜墨に乗せてもらったから、一分くらいで到着。


 相変らず、血と生ごみの臭いの充満した街だね。

 よくこんな所に皆住んでるよ。


 鼻も麻痺してそうではあるけど。


 全部見せるって言ったから、配信もするつもり。

 開始は、中に入ってからでいいかな。


 夜墨に挨拶して、ダイブ。

 そしていつもの隠し部屋から、四十階層の守護者の後の部屋へ。


「配信開始っと」


 軽くストレッチをしながら、同接数を眺める。

 そろそろ良いかな。


「ハロハロ、八雲ハロだよ」


『ハロハロ。やっと始まった』

『ハロさん、流石に可哀そうになったので早く行ってあげてください』

『こんちゃ。ん?何かあったの?』

『おはよう。今日は早いね』


 はは、リスナーの方がやきもきしてたみたい。

 仕方ないなー、ちょっと急いであげよう。


「知ってる人の方が多いみたいだけど、絶影君がここ攻略したみたいでさ、私を待ってるらしいから、ちょっと急ぎ目で向うよ」


『一晩放置したからな。駆け足!』

『巌流島の戦いじゃないんだから』

『まだ絶影君寝てるぞー?』

『ちょっと伝えてきます』

『五十階層で終わりらしいから、急いであげて』


 あ、はい。

 ごめんなさい。


 という訳で、走ります。


 十階層分くらいならずっと走っててもそんなに疲れない。

 戦闘も、鎧袖一触だ。


 あ、一応絶影君の配信も開いておこうか。

 マイクなんかがあるわけじゃないから、音が入るのを気にしなくていいのは良いね。


「絶影君、まだ寝てるね? のんびり行っちゃだめ?」


『ダメです』

『時間的にね?』

『絶影君、けっこう遅くまで起きてたからな』

『駆け足継続で』


 だめかー。

 残念。


 そういえば五十階層というか、この迷宮の守護者はなんだったんだろう?

 新しい敵が出てきたら分かりそうだけど。


 あ、ハエトリ擬き。

 く、回収していきたい……!


 けど我慢……!


『お米収穫できないの超辛そう』

『めっちゃ美味しそうに食べてたしなぁ』

『あれ、俺も食べたけどやばいぞ』


 へぇ、摂りに来た人が。

 感動しただろうなぁ。


 お、知らない気配。

 これは、牛頭うしあたまか。


 下半身も牛だけど、守護者は頭だけ牛であとは人間なんだろうね。

 そうしたら、ミノタウロス?


 それとも統一性重視でワーカウとかにするのかな?


『牛……。肉?』

『流石にこれを食うのはなぁ』

『今までよりは食える ていうか食いたい』


 え、あれ食べるの。

 すご……。


 なんて言ってる間に、四十八階層。

 もうちょっとだね。


 いやー、早い早い。

 今回は走ってる事に加えて、力の流れを辿ってるから余計だよ。


「あ、絶影君起きたね。ちょっと準備する時間作ってあげようか」


『と言いつつ、ハロさんがのんびり行きたいだけだろうな・・・』

『酸性ではある、うん』

『寝起きドッキリも可愛そうだしな』

『このペースなら、まぁ。。。』

『ハロさんがゆっくりしたいだけですよね?』


 うん、バレテーラ。


 こっちだって寝起きなんだよ。

 朝はのんびりしたい派です。


 ていうか走りたくない。

 ゆっくり歩きたい。


「じゃ、四十九階層は歩くね」


 これで妥協しておくれ。


『仕方ない』

『了解』

『うい』


 よし、許された。

 ほとんど消化試合なのに、張り切ってもね?


 これで絶兄が将来的にもっと面白い経験をさせてくれるって期待があるから来てるんだよ。

 そうでなかったら、何が悲しくてあんな勘違い少年の相手をしますかって。


 お、階段。

 これで四十九階層か。


 という訳で歩きます。


 おん?


 絶影君の持ってるこれ、いつかのお薬ですね?

 数は、二本か。


 それに大量の魔石。


 えっと、私も見てるんだけど?

 そんな手の内見せて大丈夫?


 いや、私からすれば変わらないけど、絶影君は私に勝つ気なんだよね?


『絶影君、ちょっと可愛く思えてきた』

『一周回って有り?』

『でもコイツ、何の罪もない人達殺しまくってるんだよな』

『それはそう』

『お、向こうも配信始めたぞ。実質ニカメ』

『ハロさんみたいな正当防衛ならわんちゃんあった。』


 まあ実際、哀れな子ではあるよ。

 敬愛する兄に利用されて、調子に乗って、私に放置されて。


 でも、一線は大きく超えてるからね。

 大義名分はこちらにあるんだ。


 そうで無くたって、邪魔するなら容赦しないけどさ。


 適当にコメントに返しながら歩くこと一時間弱。

 次の階段を見つけた。


 つまり、絶影君の待つ五十階層。


「誰か、絶影君に教えてあげて。ハロが着いたよって」


 階段を下りながら、リスナーの一人が絶影君に伝えたのを確認する。

 五十階層に到着。


 迷宮自体の守護者の間なだけあって、扉の装飾が豪奢だ。

 牛頭の悪魔が黒い金属の扉の左右に描かれ、その縁を取るように彫られているこれは、ヤドリギか。


 この組み合わせは良いのだろうかって思うけど、こんな世界だし。


 さて、いつものやつをやっておこう。


「ぜーつえーいくん! あーそびましょー!」


 ゆっくり観音扉を押し開けば、その先に見えるのは準備万端の絶影君。


「やあ、待たせたね」

「遅ぇんだよブス」


 苛立っているかと思ったけど、案外で落ち着いている。

 昨日も見た下品な笑みを豚の頭に張り付けて、こちらを睨みつけてくる。


 部屋に入ると、後ろで一人でに扉が閉まった。


「それじゃ、やろうか」

「ああ、ボコボコにしてやるよ、ブス」


 相変らず語彙の無いことで。

 どうでもいいか。


 楽しめるなら、なんでもいいよ。


「ブルルァァアアッ!」


 人差し指で招くようにすると、彼は蟀谷に血管を浮かせて突っ込んできた。

 叫び声まで豚みたい。


「遅いよ」


 素の私よりは早い。

 けど、魔力で強化したら余裕で上回れる程度。


 すれ違いざまに蹴りを叩きこむ。

 硬い。


 骨を砕いた感触は無かった。

 蛇の胴を引きずりながら、彼の体が横方向へ滑る。


「クソが!」


 魔法か。

 魔石は使った気配がない。


 それでも、前に向けてきた火球より動いた魔力の量が多い。


 その魔力は炎の槍をかたどって飛来する。


「その程度?」


 けど、前と同じようにそこらに漂う根源的な力をデコピンで弾くだけで消えてしまう。


 こんなもの?

 これじゃあ、期待外れもいい所。


 早く使いなよ、あの薬。


「お前は俺を怒らせた」


 言いたいだけでしょ、それ。

 漸く、例の薬を呷るのを見ながら目を細める。


 完全に隙。

 今距離を詰めれば、そのまま首を刎ねられてしまう。


 けどいいよ。

 早く飲み干しな。


 私もそれを待ってるから。


「ぷはっ。くひひっ、もうお前は終わりだ!」


 理性飛んでる?

 いや、知力の分も他に回したのか。


 魔力が膨れ上がった。

 たぶん、夜墨より少し多いくらい。


「しねぇっ!!」

「っ!? くっ」


 凄い衝撃。

 殴打だ。

 直後に私の体が吹き飛ぶのを感じる。


「カハッ!」


 背中が岩の壁に叩きつけられて、肺の空気が漏れる。


 想像以上の強化だ。

 思わず口角が上がる。


 槍でガードするのが遅れていたら、腕の一本くらいは折られていただろう。


 コメント欄が心配のコメントで埋まる。

 大丈夫だって。


 ちょっと油断しただけ。


 むしろ喜んでよ。

 ようやく、まともな戦いが出来るんだから。


「ふふっ」


 合格だよ、絶影君。


 自分でも、明らかに機嫌が良くなったのが分かる。

 ちょっとだけ、本気を出してもいい。


「ハハハッ! 見たかブス! 俺の方が強い!」


 お可愛い事。

 これだけで自分の方が強いと思えるなんて。


「簡単にはやらねぇ! タップリいたぶってやる! 逃げてもいいぞ!」


 逃げる?

 何を言ってるんだろう?


「どこまでも追いかけて遊んでやる! 隠れたって! 逃がさねぇ!」


 これからが楽しいのに、そんなことする訳ないじゃん。


「お前の命は俺のもんだ! もう好きにはさせねぇ!」


 ふふふ、私のセリフだね。

 君の命はもう、私のものだ。

 たっぷり遊んでもらうよ。

 

「お前の自由はもうないんだよ!」


 けど、そこまでだった。

 私が理性を保っていられたのは。

 

「……は?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る