第22話 最後に、少しだけ

 迷宮から外に出ると、いっそう冷たくなった風に冬の気配を感じる。

 急激に寒くなってきたから、もしかしたら、死者が一気に増えるかもしれない。


 まあ、こればっかりは仕方の無いことなんだけど。

 テキトーにspを配るだけなんてする気は無いしね。


 私が手を差し伸べるとしたら、どうにか自分で生きようと足掻く人だけかな。

 天は自ら助くる者を助く。


 私は神ではないけど、聖人でもないし。


 なんて考えながら、以前夜墨と散歩に向かった方とは逆へ歩く。

 こっちは元々閑静な住宅街だったから、そんなに雰囲気は変わっていない。


 世界の変容からまだたったの二週間しか経っていないのに、どこもかしこも様変わりしていた。

 だからかな。

 少し、嬉しい。


 全く別の何かに変わる事を選んだ私が思う事じゃないんだけど。


 十分ほど歩いたらそこそこの大通り。

 ここは、すっかり寂しくなった。


 このまま五分ほど歩いたら、以前の職場がある。

 前回で変更してなければ、今日もあいつ等は集まってるだろう。


「あっ……」


 遠くに、元同僚の後姿が見えた。


 もし彼に振り返られても、今の私はどこにでもいる人にしか見えないと思う。

 角も尻尾も人化の魔法で消しているし、髪も黒く見えている筈。

 服だって、何の変哲もない白のパーカーだ。


 けど何となく脇道に隠れてしまう。

 

 じっと彼を見ていると、当然その姿はどんどん小さくなる。

 もう人間の視力じゃ辛うじて人影と分かるくらいには離れた。


 それでも出ていく気にならなくて、職場に続く最後の角を曲がったところで漸く私も歩き出した。


「屋根の上、行こうかな」


 もうこちら側から来る人はいなかった筈だけど。


 屋上を歩きながらのんびり元職場を目指す。

 大通りだけあって建物同士の間隔が近いから、跨ぐだけで次の建物に移れた。


 空を見上げたら、青空が広がっている。

 今日はいくらか雲もあるけど、東京の冬は大抵青空だ。


 職場の入っていたビルに着いた。

 ちょうど何人かが到着した所みたいで、二十歳前後の男女数人が中に入っていく。


「皆、元気そうだね」


 少し前にダーウィンティーさんが配信を始めたし、長居はしないつもり。


 気配が集まってるのは、たぶん一番奥の大部屋。

 その部屋がある辺りに浮いて、壁に少し穴をあける。


「ジュース、皆飲みな。spに余裕ができたから、余ってた分持ってきた」

「田山くんありがとございます! うまっ!」


 この声は、木村兄妹の妹の方かな。

 相変わらずみたい。

 もうすぐ二十歳だっけ。


「なんか報告することある?」

「いやー、ないっすね」

「僕の方も。だいたい配信の方で情報共有できますもんね」


 ん、役立ててるみたいだね。

 

 指揮ってるのは田山さんか。

 それとところさんと木村兄ことキムケーの声。木村慶太だからキムケー。

 妹だけ名前で呼んでるけど。


「ハロちゃんもウィンテちゃんもマジ可愛い」

「わかる!」


 なんかこの姦しさも懐かしいな。

 木村妹と、平家姉妹の妹。

 二人が高校生の時から知ってるけど、良い意味で変わらない。


「この集まり、どうする?」

「元気なの分かりますし、続けていいんじゃないですか」

「けーたに賛成」


 続けることにしたみたい。

 まあ、私もそれがいいと思う。


 聞いてると、皆割とspに余裕が出来てきてるみたいだね。

 このまま食料品の必要spが増えたら怖いけど。


 キムケーと平家さん以外は迷宮に入るのも考えてるんだ。

 キムケーは前の私と同じで貧弱だもんなぁ。


 平家さんはお姉ちゃんだけ家が遠いから、先に合流したいみたい。


「ハロちゃんのお陰で余裕できたし、けーたでも何とか生きてけそう」

「キムケーは、筋トレ頑張れ……」

「いやホントに……」


 はは、言われてる。

 彼、百七十近く身長あるのに四十キロ台半ばくらいだからなぁ……。


「……村上君、どうしちゃったんだろ」

「死んじゃっててもおかしくないからヤバいよね……」


 私の事だ。

 空気が重くなったのが分かる。


「村上さん、なんだかんだしぶとく生きてそうっすけどね」

「体調崩して寝込んでるだけじゃねってのは俺もちょっと思ってはいた」


 出て行けば、安心してもらえるんだろう。

 たぶん、こいつらは私が女になったのも笑って済ませる。


 私が八雲ハロって事には、妹二人が何か言ってきそうだけど。


「村上君、変だし適応してそうな感じはする」


 はは、ほら。

 木村さん、新人さんとかに私を紹介するとき絶対こう言うんだよ。


 悪意は無くて、寧ろ好意的に言ってくれてるから気にしてなかったけど。


「そう、ですよね……」


 ……。


 思った以上に、心配してくれてる事を喜べばいいのか、心を痛めたらいいのか。


 どちらにせよ、この繋がりはもう、切ったもの。

 今更出ていく気はない。


 今の自由を捨てるつもりはない。


 でも、これだけ。

 これくらいは良いだろう。


 しがらみにはならないはずだから。


 空けた穴を少しだけ広くして、走り書きしたメモを入れる。

 気が付いてくれるかな。


「ん? なんだこの紙」


 良かった、気づいたみたい。


 じゃあ、この穴はもういらないね。

 塞いじゃおう。


 と、その前に少しだけ、分けても不自然じゃないくらいのspも。


 皆の声が聞こえなくなって、代わりにダーウィンティーさんの配信音声が耳に入る。


「なるほど、分け与える血の量によって階級が変わるのですね。事後的に増やしたり減らしたりで階級を上下させることも可能、と……」


 さっき届けた紙に書いたのは三つ。


 私、俺が生きているってこと。

 けどもう会えないってこと。

 それから、ありがとうって、お礼。


 あいつ等がどう思うかは分からないけど、これで安心してくれたらいいな。


「あ、こんにちは! 人体実験? 良いんです。もうそんな縛りありません!」


 好き勝手に生きてる手前、あまり心配されるのも悪いからさ。

 

さて、帰ったらダーウィンティーさんの実験のまとめスレッドでも覗こう。

 けっこうマッドなサイエンスしてたみたいだし。


 眷属化はどんな感じの能力かな。


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