第12話 偶には散歩でも

 そういえば、お土産を渡してなかった。

 けどこれ、足りるかな?

 ……追加で十五キロほど交換しよう。


「はい、これ、あげる」

「これは、肉か。美味そうだ」

「焼く?」

「いや、そのままでいい」


 床に置いていいんだ。じゃあ遠慮なく。

 て、さすが。一口ですか。


「これは美味いな」

「普段は何を食べてるの?」

「何も。迷宮内の魔力を食らうだけで生きるに支障はない」


 へぇ、便利。龍だからなのか迷宮に生み出された存在だからなのかは知らないけど。

 んー、後者な気がする。


「それで、私はどうすれば良い。ロードに付き従うか、このままこの場を守るか」

「どうしたい?」

「そうだな、せっかく戒めが解かれたのだ。出来る事ならロードの傍に置いてほしい」

「じゃあそれで」


 私としては特にこだわりないしね。

 自由を制限されなければそれで。


「でも、そのままじゃちょっと邪魔かなー」

「ふむ、ではこれでどうだ」


 夜墨やぼくの魔力が動いたかと思ったら、ドンドン巨体が縮んでいく。

 鱗の一枚ですら壁と見間違うサイズがみるみる縮んでいくものだから、ちょっと面白い。


 ていうか、こんな内装だったんだ、この部屋。

 石造りの城塞だね。隠し通路と同じ灰色の石が積み上げられて作られてる。


 ただでさえ装飾は多くないのに、これだけ広かったら余計少なく見えるなぁ。野球場がいくつか入っちゃいそう。


 て、そうだ、夜墨はどうなった?


「へぇ、人化?」

「ああ。ロードに合わせた」


 気配の方を見ると、そこにいたのは真っ黒な髪に金色の瞳の美丈夫だった。壮年くらいのイケメンだ。美人寄りの顔立ちで黒い執事服。

 声のイメージに近いけど、意外と若い?


 元男の私でも見惚れちゃいそう。

 このまま歳をとったら、イケオジになるんだろうなぁ。


 でもなー、ん-。


「チェンジで」

「何か不満があったか?」

「不満って程じゃないんだけど、人間の姿はちょっとね」


 人間関係を意識しちゃいそうな気がして、なんか嫌だ。


「龍の姿のまま小さくなれない?」

「その方が簡単だな」


 また魔力が動いたと思ったら、イケメンの顔が崩れて変化していく。

 光ってパっじゃないんだ、とか考えてたら、もう龍の姿だ。


 マフラーに良さそうなサイズ。

 ちっさくとなると案外可愛いな?


「いい感じ」

「ではこの姿で過ごそう」

 

夜墨用の部屋も作らないとなぁ、って思ったけど、その辺で寝るからいいってさ。

 まあ私も龍に裸を見られたところでどうって事ないし、いっか。


「そうだ、せっかくだし、外に散歩しに行く?」

「外か。興味はある」


 興味関心はあるんだね。

 他は最低限の自我しかないって話だし、最下層の守護者はやっぱり特別かぁ。


「じゃあ決まり。一緒に移動できるみたいだし、転移しちゃうよ」

「ああ」


 というわけで、迷宮の入り口にある祠の中へ。誰もいないのは確認済み。


「迷宮の中とは匂いが全然違うな」

「ここは木のいい香りだけど、外は臭いかもね」


 人間だった頃ですら、田舎から東京に戻ってきた直後は辛かった。龍の嗅覚じゃ、余計だろう。


 おっと、尻尾と角は隠さないとね。

 服も本当は変えた方がいいんだろうけど、今は手持ちがない。散歩くらいなら男物でもいいかな?


 夜墨は、なんか本当にマフラーっぽくなってるからこのままでいいか。


「さて、どっちへ行こうか」

「南は腐臭が凄い。北へ行こう」

「おっけ」


 南、駅の方か。スーパーもあったね。

 あっちは飲食店も多いし、スーパーも冷蔵庫や冷凍庫が死んでるだろうし、傷んでる食材が多いんだろうなぁ。もったいない。


 それにしても、こんなにのんびり歩くのはいつ以来かな?

 なんだかんだで、まだ一週間ちょっと?

 人龍になる前は生きるだけで精いっぱいだったからなぁ。


 今は私たちの気配を恐れてか、魔物たちも逃げていくし、お昼寝してもいいくらい。


 なんて考えてるうちに大きな公園までやってきた。

 ここ、何気に入った事なかったんだよね。時々この塀沿いに自転車を漕いでることはあったんだけど。


「楽しんでる?」

「ああ、外の世界は新鮮な事ばかりだからな」

「あらそ」


 楽しんでるんならいいんだ。


「ねえ、夜墨って空、飛べるよね?」


 ふと思いだして、聞いてみる。


「飛べない龍がいるものか」

「私飛べないんだけど」

「ロードが飛び方を知らないだけだ」


 そか、私飛べるんだ。


「じゃあそれも後で教えて貰うとして、夜墨、乗せて飛んでくれない?」

「ロードが望むなら」

「うん、お願い」


 夜墨がするりと首から飛び立ち、再び巨大化する。

 そのまま頭を地面まで下げてくれたので、その上、枝分かれした角の辺りに乗せてもらった。


 お、たてがみ、意外と柔らかくて気持ちいい。


「行くぞ」

「おっけ」


 何対か翼があったからそれで飛ぶのかと思ったけど、違うみたい。

 夜墨は長い全身を使って勢いをつけ、飛び上がる。そのまま雲の上まで来てしまった。


 翼は、空気中の魔力の流れを捉えているのかな?

 そういう風に使うんだ。


「おー、絶景絶景」


 天頂を少し過ぎたくらいの時間だから、ずっと先まで青い空が広がっている。視線を少し下げれば雲海だ。


 たしか、東京湾はあっちだったね。


「夜墨、あっちに行って」

「分かった」


 彼は大きく弧を描くようにして方向を変え、私の指した方へ向かってくれる。

 けっこう早い。

 数分もしない内に、もう太平洋沖だ。

 

 普通の人間だったら風圧で吹き飛んじゃうだろうな。


 これ、夜墨ってどれくらいの能力値なのかな。

 気になる。

 主人権限で見られたりしないかな?


 ……あ、いけた。いけるんだ。


 へぇ、夜墨の種族、黒冥こくめい龍って言うんだ。いちおう幽霊要素もあったんだね。

 で、肝心の能力値はっと。


「あれ、私より能力の平均値高くない?」


 体力以外すべてがS、で体力はSSだ。

 一つだけAが混ざってる私より普通に強そう。


「辛うじてのSSだ。SSの基準を大きく超える魔力を持ったロードの方が平均能力値では上だろう」


 もしかして、SSが最高値?

 各能力値の幅が大きいような気はしてたけど、SSから先はエンドレスかー。参考程度に考えた方が良さそう。


 でも、そっかー、なるほどねー。


「ねえ、夜墨。私と戦ってよ」

「何ゆえに?」

「私自身、もっと強くなりたいって事と、あとは力試し?」


 まだ全力を出したことないんだよね。

 出すような状況になってないから。


「いいだろう。ロードが望むなら、可能だ」

「じゃあ、このまま沖に向かって丁度いい島を探そうか」


 それなりに広くて、誰にも迷惑をかけなさそうな無人島がいいな。

 迷宮まで戻るにしても、あの部屋じゃ狭すぎて夜墨が本気を出せないから。


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