第8話 お出迎え

 妙に明るい迷宮の階段を昇り切って外に出ると、案の定外はもう薄暗い。人の目にも困らない程度ではあるけど、ちょっとした見落としが増えるくらいの明るさ。


 そんな中で、目の前には明らかに堅気ではなさそうなスーツで強面の人たちが二十人くらいで迷宮の入口を囲んでいる。

 彼らの足元には、震えた老人たち。何人かは赤ん坊を抱えているね。


『何だこれ』

『こわ』

『どういう状況?』

『ハロさん大丈夫?』


 配信付けたままなの、失敗したかな。


「こんにちは。いや、もうこんばんはかな、お兄さんたち。それで、怖そうなお兄さんたちが、私みたいな小娘にいったい何の用かな?」


 正面にいた白い小奇麗なスーツを着た男を見て言う。

 一人だけどこにでも居そうな、いわゆる堅気かたぎっぽい人。歳は、三十路に届くかってところ。


 隣にいる目の下に傷跡がある巨漢の方がボスっぽいけど、血の匂いが一番濃いのがあの普通の人なんだよね。


「ちょっとばかし、小耳に挟んでね。このおかしな世界で配信なんてして、馬鹿みたいに稼いでる嬢ちゃんがいるって」


 男は肩を竦めて見せるけど、油断はしていない。だからこそのお爺さんたちかな。


「確かにそれは私だけど、だったらどうするの?」

「なに、簡単だ。俺たちに嬢ちゃんのspを分けてくれやしないか? この通り、老人や子どもが多くてね」

「嫌だけど?」


 男は当然って顔。想定通りみたい。


「何も全部とは言わねぇよ。この後飲む水代くらいは残してくれていい。でもよ、子は宝って言うだろ?」


 自分でspを使えないなら飢え死にするって言いたいのかな。


「残念だけど、あなた達に渡すspは無いなぁ。仮にお爺さんお婆さんに渡しても、どうせ後で全部奪うんでしょ?」

「まあそうだが、残念だ。じゃあ使い方を変えよう」


 強面たちが人質に各々武器を向ける。青龍刀だったり拳銃だったり、ドスだったりで色々だけど、ともかくこれで漸く力でサクッと解決できる。

 配信しちゃってるから、一応正当防衛ってことにしてから手を出したかったんだよね。


『人質とか最低……』

『ハロさん、助けてあげて!』

『これだからヤツらは』


 コメント欄の反応的にも大丈夫だ、ね……?


「ちょ、待っ――」


 私が叫ぶより早く、正面にいた男の青龍刀が振り下ろされた。白いスーツに、赤い飛沫が散る。

 

 世界が止まったのかと思った。コメント欄すら動かない。

 徐々に時は動き出して、嫌でも私に現実を認識させる。


『嘘だろ……』

『なんで』

『ちょっと俺、無理』

『くそじゃん』


「あー、やっぱいいねぇ、この感触」


 赤ばかり鮮明に映る視界の中で、男は笑っている。


「ハロさんよ、さっさと有り金全部置いて行かねぇと、どんどん犠牲が増えるぜ? まあ俺はそれでも構わねぇけどよ」


 何言ってるんだ、こいつは。


「いや、有り金全部じゃ足りねえな。ついでにお前も俺の女になれよ。そしたら、こいつらも生かしておいてやるよ」


 本当に、何を言ってるんだこいつは?


「見え透いた嘘ね」

「そんな事ねえ。今は、生かしてやるさ」


 下卑た笑み。下品で、本当に、クズのような。


『今はって、後で殺すって言ってるようなもんじゃん』

『え、そういうこと?』

『八方ふさがりじゃんやば どうすりゃいいんだよ』

『ハロさん頑張って』


「おーおー、応援されてんぜハロさん。無責任なこいつらの期待に応えてひと暴れするかい? この人数に?」


 それしかないと分かって言ってるんだ、こいつは。


「おっとー、手が滑っちまったぜ。あーあー、また一人死んじまったぞ? ちげーわ、二人だ。ガキもいた」


 くっ……。

 いいよ、分かった。お望みどおりに、暴れてやろう。


「後悔して」


 まずは人質を解放する。

 魔法で地面から壁を生やし、お爺さんお婆さんを囲う。距離があるから時間がかかったけど、不意を打ったお陰で間に合った。


『ナイス!』

『ぎりぎりセーフ!!!』

『こいつら、躊躇なく殺しにいったぞ、なんでだ』

『あれか、レベルアップ狙いか?』


「コメント欄のお前、正解だよ。人間ってけっこういい経験値になるんだぜ?」


 やっぱり、それも考えていたか。

 私はあの女の子を助けた時に知った事だ。


「この女がそれなりに強いのは知ってるからよ、ちょっとでも確実にやらないとだろ?」


 こいつ、まだ何か隠してる?

 いや、関係ない。もう容赦しない。


「だから、こういうもんも仕掛けてたんだ」


 爆発音が響き、空気が揺れる。

 音の出どころは、私の作った壁の内側。男が腕時計の横を摘まむのと同時だ。


「知ってたか? こういう形でもレベルは上がる。ついでにspもな」


『下種野郎!』

『死ねカス!』

『てめぇらなんか生きてる価値ない!』

『最悪だ……』

『怖すぎだろ』

『ハロさん逃げて!』


「コメント欄でわーわー喚くんじゃねぇよ。もうちょっと我慢してたらこの女のいい所が見られるんだからよ。感謝しろよ?」


 男の暗い色を湛えた瞳に悪寒が走る。

 気持ち悪い。ただただ気持ち悪い。


 一応配信内では殺さないようにしようと考えてたけど、知らない。


 無言で地面を蹴り、一番手近にいた男を真っ二つにする。

 続けて尾で隣の男の足を取って転ばせ、顔面を踏みつぶした。地面が割れ、再びコメント欄が止まるけど気にしない。


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