第2話

 葉那子と合流して、地下から地上に上がる。相変わらずの快晴だ。駅に来るまでの間、この日射が煩わしいと感じていたけれど、今となってはまるで俺達の出会いを祝福してくれているかのような天候であると、そんな感想に様変わりしていた。都合のいい男である。


「早いね。ワープしてきた?」


 予約していた店に向かう道中、冗談めかした口調でそう訊いた。

 葉那子は挨拶ののち「遅れてごめんね、待ったでしょう?」と心底申し訳なさそうに謝っていたので、その罪悪感を彼女から取り払うための方便である。


「ワープなんてするわけないじゃない」


 葉那子はそう言って笑った。俺の冗句を冗句として捉えてくれた。滑らなくてよかった。

 まあ、彼女にならこんな冗句も通じるだろうという勘があったから言えたことだ。電話はしていなくても、メッセージを介したやり取りでキャラクター性はなんとなく察知していたところが大きいが。


 その笑顔は俺と彼女との間に生じていた緊張感を打ち消してくれた。

 同時に、


(やっぱり素敵だなあ)


 とも思った。

   

 そんなやり取りを皮切りに、ふたりは少しずつ会話を始めた。たどたどしい部分もあったけれど、強張っていた心持ちは徐々にほぐれていくようだった。


 駅から店まではさほど距離はない。地下鉄の昇降口を裏手に周り、路地をまっすぐ進む。公道に出て左に曲がると店の看板が目についた。


「ここだよ」


「へえ、おしゃれな店だね」


 よかった、気に入ってくれたみたいだ。

 俺なりに洒落た店、しかも葉那子が希望していた卵料理のある店をチョイスした。俺はセンスに乏しいので、彼女からノーを突きつけられるとはらはらしていたけれど、ナンセンスだった。


 入店する。こぢんまりとしていたが、白を基調とした内装は清潔感があり、かつモダンティックだった。客も数組いて、和やかな雰囲気である。

 店員が予約した席を示すと、俺達はそこに向かい、座る。向かい合わせの格好だ。

 案内してくれた店員はお冷の配給とメニューの説明を済ませ、厨房に戻っていった。


「何にする?」


 と、俺は葉那子のほうにメニュー表を向ける。

 葉那子はわくわくしたような面持ちで「何にしようかなー?」とメニュー表を覗いた。

 俺はこの店を予約する際、グルメサイトに載っていたメニュー表で注文する目星を立てていた。目星を立てたと言っても、まだ決定はしていない。ふたつに絞っていたけれど、どちらにしようか決めかねている状況だ。


「う〜ん」


 葉那子も悩んでいるみたいだ。俺も正直悩んだ。ふたつに絞るのでさえ、なかなか時間を要したのではないだろうか。

 悩むのも仕方がないことだ。なにせ、どれも美味しそうなのだから。

 さすがは食の栄える札幌で☆3以上の評価を得ている優良店だ。


「ねえ、ここワインもあるよ! 赤ワインと白ワイン!」


「葉那子って、お酒飲めるの?」


「飲めるよ〜。てか、むしろ大好きなんだけど」


「そうなんだ。俺も飲むよ、酒。だけど、ひとりでは飲まないんだよね」


「なんで?」


「だって、ひとりで飲むより人と一緒に飲んだほうが楽しいじゃん」


「それわかる! 確かにわたしもそうだわ」


 おお、この感覚がわかってくれるのか。

 葉那子との共通する価値観が判明して俺は嬉しくなった。


「じゃあ、ワインも注文しちゃう?」


「いやあ、注文したいんだけどさ、わたし、酒飲み出すと止まらないんだよね」


 彼女は意外にもいける口らしい。


「それなら帰りにコンビニでお酒買う?」


「うーん……」


 煮え切らない返事が返ってきた。

 そして頷いて、


「今日はいいわ」


「え、いいの? 遠慮とかしなくていいんだよ」


「いいのいいの。医者にも言われているからさ。皇さんはお酒飲みすぎないほうがいいですよって」


 口を尖らせて、少しやけっぱちな口調で首を振る。

 我慢しているのが見え見えだ。

 しかし、俺はそれ以上飲酒を推すのを控えた。


「わかった。ご飯のほうは決まった?」


「いや、まだ」


「どれで悩んでいるの?」


「これとこれなんだよね」


 と、二種類のメニューを指差す。

 オムライスとハヤシライス。


 驚いた。

 彼女が選んだそれらの料理は俺が悩んでいたものとまったく同じだったのだ。

 数あるメニューの中から気になる料理が寸分違わずかぶるなんて、どんな確率だよ。

 酒飲みの価値観といい、LINUのやり取りや対面での話しやすさといい、もしかして俺達相性いいのでは? とにわかに期待してしまう。


「すごいね。俺も同じので悩んでいたんだよ」


「えっ? 嘘!? すごいね、それ」


 葉那子も目を剥いていた。彼女でも珍しいようだ。


「じゃあさ、葉那子が最初にどっちか選びなよ。俺は片方を選ぶから。それでお互い、一口あげるってのはどう?」


「いいの? やったー!」


 今にも諸手を挙げそうな勢いで声を弾ませる。

 クールな天使かと思ったが、子供らしい純粋な面もあるらしい。

 美しい一方で内面はかわいらしいってずるくないか?


 そうと決まれば葉那子はオムライスを、俺はハヤシライスを選んで注文した。

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