人生初の一目惚れ!!
@pomepomera
第1話
「すみません、人違いでした」
俺は平身低頭で謝った。俺に唐突に声をかけられた女性は呆気に取られたように謝罪を受け止めて、どうでもよさそうにスマホに再び目を落とした。
俺は今日、ある女性と会う約束をしていた。
その女性と接点を持ったきっかけはマッチングアプリ。彼女のプロフィールを見て、興味を抱いて『いいね』を送った。1ヶ月ほどやり取りをして、ランチデートを打診したところ承諾してもらったのだ。
「失敗したなあ……」
俺はお互いの顔写真を交換しておけばよかったと後悔した。
彼女のプロフィール写真は、全身は写っているが、顔は鏡で自撮りしたスマホの陰に隠れていた。なので、俺が彼女を判断する材料はその華奢なモデル体型しかない。顔写真さえ交換しておけば、この人違いをせずに済んだのだ。
そもそも人違いした女性はさほどスタイルがいいわけではなかった。待ち合わせの時間に、それも集合場所の近くに女性がいたからと言って、その人が皇葉那子と決めつけてしまっていた。俺も見る目がない。
スマホのパスワードを解除し、改めてLINUで居場所を確認しようとした。札幌近郊には住んでいたことはあるが、あくまでも近郊である。地下鉄北18丁目駅が集合場所であるが、もしかしたら俺が知らないだけで、ここ以外にも同名のスポットがあるかもしれない。土地鑑のなさから、俺が勘違いして別の18丁目駅に来てしまったおそれもある。
重大なミスの可能性におののいていると、開いたばかりのトークルームにメッセージが届いた。
『1時ちょうどに着けん(汗)
駅勘違いしてて準備遅れてる!』
そうか、遅れているから見当たらないだけなんだ、と安心するのは友達相手のときだけである。俺は既に別のスポットの可能性を危惧してしまっている。葉那子が遅れているだけで、やはり俺が違うところに来ている線は依然消滅していない――勘違いしているのは、やはり俺のほうかもしれないのだ。
『地下鉄北18丁目駅』と検索する。検索結果の表示までそう長く待つことはなかった。むしろ、ものの数秒、いや数秒もせずに情報が開示された。
検索エンジンによると、『地下鉄北18丁目駅』は札幌において、俺の立つここ以外には存在しないとのことだった。これを知り、ようやく俺は安堵する。
(俺が場所を間違えたわけじゃなくてよかった)
葉那子の手を煩わせずに済んだ。それだけで救われた気持ちになった。
遅れてくるのは構わない。葉那子の『事情』を知っている身としては、時間よりも安全に来てほしいという願いが強かった。
ひとまずメッセージを返そう。
『おっけー
何時くらいに着きそう?』
ややあって、葉那子からのレスポンスがあった。
『1時30分とかかなあ……
とりあえず最寄駅に乗ったらまた連絡するわ!』
『りょーかい』
俺は了承の文言を送って、ワイヤレスイヤホンを装着した。
3、4年共にしているお気に入りのアイテムだ。最近、少し音質が悪くなってきたが機能自体はまだ使える。本当はあと3年は使いたかったが、近いうちにガタが来るだろう。
そのイヤホンから音楽を流す。俺は緊張したり気分が優れなかったりするとお気に入りの音楽をリピート再生する。抑揚の激しくなった感情を同じメロディーを介して調律するためだ。
しているうちに、イヤホンからAIが通知の受信を告げる音声が流れる。送信相手の名前とメッセージの一部を読み上げる機能がついていて、葉那子発の『今最寄の28丁目駅に着いたー』が耳に送り込まれた。
(と、すると、もう少しかかりそう……なのかな?)
先述の通り、なにぶん土地鑑がないものだから、駅同士の間隔や時間感覚が曖昧だ。調べるのも億劫なので、『わかったー』と送り返してから、ひとまず予約した店に少し遅れる旨を伝えた。店主は快く了解してくれた。いい店を選んだな、と我ながら思った。
電話している間に『意外と時間間に合うかも』と届いた。葉那子に会う時間か近づくにつれて、体内時計が早まっている気がする。
人間はときめきや魅力のある時間を過ごしていると、その時間経過が早く感じるという。葉那子の待ち時間さえ、どうやら楽しんでいるようだ。俺がメッセージへの返信を考え始めた束の間、葉那子から電話がかかってきた。
葉那子との初めての電話。心臓の鼓動が早まる。
深呼吸して、俺は応答ボタンを押した。
「……もしもし?」
『あっ、もしもしー?』
声は麗らかだった。予想通り、いや予想以上に。
しかし、安心感のあるそんな声。
自然、緊張がほぐれた。
『今、改札通ったところなんだけれど、どこにいるー?』
LINUであらかじめトークしていたからか、フランクな口調の葉那子。
それが一層親近感を与えてくれていた。
改札をくぐったあとということは、まだ地下にいるのか。
それなら地上より探しやすい。
「俺が探すからそこにいてくれない?」
『ん、わかった。了解』
通話を切って、立ちぼうけしていた付近の階段から下に降りる。
やはり『話す』という行為は心の強張りを緩めてくるれる。俺に付き纏っていた不安感をあっさりと取り除いてくれた。
それに、声が魅力的だったという点が大きい。
俺みたいなダミ声なら少しショックだったかもしれない。
そうなると、葉那子のほうはどうだろう。メッセージでやり取りしていた男性の声をいざ聞いてみると、聞くに堪えない無惨な声質で目眩を起こしていないだろうか。
新たなネガティブを抱えつつ、地下に降りる。俺も地下鉄から来たので、その道を戻った形だ。
改札口の前。そこにひとりの女性が立っていた。
彼女を見て、雷が落ちたような衝撃を覚えた。
天使かと思った。
ライトブルーのデニムに白のインナーシャツ、それに合わせた白の羽織シャツは天女の羽衣の如くだった。髪は後ろで結われ、上品さを窺わせる。おかげで見えた彼女の顔は、俺からの角度では横顔になるけれど、プロフィール写真から想像したそれよりも数十倍は整っていた。
彼女が葉那子なのだろうか。
そうであってほしい。
高揚した感情をぐっと堪えて、彼女に近寄る。
意を決して俺は尋ねた。
「すみません、葉那子さんでしょうか」
俺の弱腰の質問に、彼女は振り返って答えた。
その清楚な人間性が現れた顔を俺に向けて。
「佑さんですか? 初めまして、今日はよろしくね」
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