参加の準備 第三夜・館の噂の調査結果

 さて、QRコードから返信して数日が経った。

 そんなあなたの元に、今一度手紙が届く。

 封筒こそサナトリウム・ホラーハウスのロゴが箔押しされているが、案内人や"依頼人"から届いたものではないようだ。

 差出人の名は「デリリウム・デライト・トレメンス」。果たして封筒の中にあったのは、数枚の調査報告書と見覚えのある薄紅の封筒、それから一枚のカードキーだった。磁気カードというわけではなく、背面の窪みが鍵の役目を果たしているらしい。あなたはそれを手元に横たえ、まずは馴染みのある薄紅の封筒から手をつける。

 こちらの差出人の名は「サナトリウム・ホラーハウス」だ。


 「親愛なるお客様

 先日はアンケートにご回答いただき、ありがとうございました。

 当館へご足労いただく日も近づいてまいりましたので、お泊りになる部屋のカードキーをお渡しいたします。それから、所望の調査結果も同封させていただきました。

 当館の宿泊設備についてですが、先日の手紙に添付した資料をご覧ください。あるいは当館HPにも掲載してございますので、どうぞご参考までに。

お手荷物については身軽にしておいでいただけますと、当館としても張り合いがございます。

 では、お客様とお会いできる日を心待ちに、今回は筆を置かせていただきます。

 サナトリウム・ホラーハウス 案内人一同」


続いて、あなたは調査報告書……デリリウム・デライト・トレメンスから手紙の封を破った。文字の大きさや傾きがしっちゃかめっちゃかで読みにくいことこの上ない手紙だが、根気よく読み解けば、書籍やインターネットにない情報をあなたは得ることができるだろう。


 「遺産探偵どの

 お久しぶり!話を聞くかぎり、元気そうでなによりだ。

 それに"ガスパール・ホール"とはね。またトンチキな依頼に首突っ込んでるみたいで嬉しいよ。アンタからしたら、まだどんだけトンチキか分からないだろうけど。だからホイホイ首を突っ込んだんだろ?ホント笑える。

 アンタは今、ハァ?って首傾げてるんだろうね。おれがこんなに知ってたら意外かい?

 でもな、有名なのさ。"ガスパール・ホール"。

特に犯罪史、都市伝説、風土史の分野のヤツらにとっては垂涎の話題といっていい。

 まずはアンタも書いてた"ミダスの館"ってあだ名の由来から説明してやろう。

 つっても"ミダスの館"なんてな!アンタに説明したやつって誰?そいつの品がいいだけか、慎重に教えるあだ名を選んだのか知りたいくらいだね。口さがない輩や身内の集まりだったら、"ガスプホロウの人食い屋敷"とか"ガスプホロウの怪物園"って呼ぶやつの方が多いはずだぜ。屋敷の使用人とはいえ、そんなこと知らないはずが無いと思うけどね。

 まず、探偵どのは"GASP"って分かるかい?恐怖でヒィッって息が詰まること。地名のガスパール・ホロウをまあ随分面白おかしく縮めて、恐怖の窪地って洒落でガスプホロウって言ったのさ。

 ガスパール・ホールに泊まった旅人や、遠い街から奉公に来た使用人。そういう"他所から来たやつ"はガスパール・ホールに行ったら帰れない。そんな噂が立つほど余所者が姿を消してる。だから恐怖の人食い屋敷ってわけよ。

 そんな噂だけなら与太、あるいはよくある金持ちへの陰口と言えるだろうよ。金持ちってのは吸血鬼って呼ばれて一人前ってな。

 でも、それだけじゃない。なんとこの話は後付けだ。人が消える、屋敷に食われると声高に叫ばれるにはきっかけがあった。

 これは郷土史としても辿れる事件だ。20世紀初頭、ガスパール・ホールが精神病院として改装されてすぐ後だったと思うぜ。ある日、近くの村で浮浪者が保護された。その正体は、数週間前に姿を消した新任牧師アダム・ホーキンス。彼は館の地下に監禁されていたと言い、迷路にも等しいその地下室の図面すら書いてみせた。自警団は沸き立ったさ!これぞ人食い屋敷の秘密だ!こいつを盾に怪物どもを吊し上げろ!

 ……で、結果はお察し。この現代のインターネット大辞典様で"ガスパール・ホール"が検索に引っかかんないってのはそういうことだ。恐怖の地下室は見つからず、精神病院の患者だって一人たりとも人食い屋敷の餌食になってやしない。

逆にアダム牧師の入院同意書まで見つかったもんだから、狂人として病室に逆戻りってな。人食い屋敷騒動を追った記者によれば、牧師はその後再び脱走して行方知れず、面会叶わずだそうだ。本当の所はどうだかね。

 ともかく、その騒動があって「そういえば昔からこんな噂が」と囁かれ始めたわけだ。

 ここで少し考えてみようぜ、探偵どの。

 どうして屋敷で人が消える?何のために?

 秘密を握られて邪魔になった?じゃあその秘密って何だ?そんなすぐ奉公人や客人にバレるようなものが秘密なのか?

 それともまさか、本当に屋敷に、あるいは屋敷に住む怪物の餌にでもしたっていうのか。

 アンタまた、ハァ?って顔してるだろ。分かるぜ。そうだよ。探偵殿には劣るけど、昔の奴らも利口で現実的だった。人が消える理由は人身売買のためだと考えたのさ。

 人を売りさばいて金に変える。その金で投資や貿易に精を出す。

 失敗したって問題ないさ、触ったものを黄金に変えるミダス王の逸話みたいに、人間なんか片端から金に換えれば良いんだから。

 そう、それで品の良い方のあだ名"ミダスの館"が出てくるわけだ。

 このあだ名をつけたのはそこそこの家柄のやつだろう。少なくとも、確かにガスパール・ホールの一族が何度も色んな投資手を出して、そこそこの回数失敗してて、破産してもおかしくない……むしろそうなるはずだって当時思ってたやつだろうさ。

 人身売買ってのは、需要と供給が釣り合わないと成り立たない商売の最たる例だ。だから俺も手を出してない。それに販路も必要だけど、遺産探偵どのが依頼を受けてるってことはそういう悪い大人との付き合いは浮かばなかったってことだろ?俺もそうさ。探したけど、限りなく白に近いグレーしか見つからなかった。

 この販路について、また噂がある。口さがない評判に過ぎない話だが、何でも歴代のガスパール・ホールの主はそりゃもう旅芸人を厚遇してたらしい。春にはサーカス団、秋には見世物一座ってふうに、季節ごとに芸人一座を館に引き入れてたって話だ。となれば彼らの手引きで人身売買を、と考えるしかないが、これもまた証拠が無い。

 しかもそのうち旅芸人自体が廃れて、それを繋ぎにした人身売買の説は自然消滅した。が、ご覧の通り、ガスパール・ホールは元気そうだ。

 なら、先代・今代の館の主人は?芸人道楽はおしまいか?気になるよな?

 調べてある。さすが俺だろ?

 ……って期待させといて悪いんだけど、サーカスだの見せ物小屋だのから芸人を引き取って、そいつらを屋敷に置いてるだけだそうだ。つまらなくて申し訳ないが、そうなったらもう人買いの販路も何も無いよな。

 道楽が遺伝子に染み付いてるのは羨ましい限りだ。主人が死んだ今、芸人どもはどうしてんのかね。

 まあ、それはアンタが探ることか。

 もし奴らが館に残ってたら、秘密の遺産のことも聞けるかも知れないぜ。


 今回言えるのはこのくらいだ。

 いやはや、3日で調べろとはね。アンタもたいがい情報屋使いが荒くて結構だ。短気は元気の印ってな。

 さて、そんな敏腕探偵どのにおかれましては、どうか気をつけて行ってきてくれよ。

 俺がアンタの死を噂として聞くことのないように祈ってるぜ!

 

 敏腕探偵どのの親愛なる御用聞き 

 デリリウム・デライト・トレメンス」


 おちゃらけた投げキスの音すら聞こえてきそうな手紙の末文を読み終えて、疲労感を覚えたあなたは溜め息をつくかもしれない。

 ともあれ、ガスパール・ホールの前評判の情報は得た。

 あなたは帳面を読み解きながら数日を過ごし、実際に"ミダスの館"に赴く日を待つことになるだろう。

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