第2話 お姉ちゃんが呪われた!1
新しい学校に通い始めて1週間が過ぎた。ちょっとずつクラスのみんなの性格がわかってきた。ミツナリくんは大人しくて目立たないタイプで、授業ではほとんど発言をしない。でも、足が速くてスポーツが得意だから体育の授業ではとても目立つ。
リュウセイくんは目立ちたがり屋で授業でも面白いことを言ったりするタイプ。背も高くておしゃれで女子にも人気があるから、転校初日にぼくが女子にチヤホヤされたのが気に入らなかったみたいだ。そのせいか、リュウセイくんはぼくのことを名前で呼んでくれない。いまだに東京から来た転校生って呼んでくる。リュウタとリュウセイ、名前が似てるのが気に入らないからなのかもしれない。
それだけじゃない。休み時間や学校帰りになるとちょっかいを出してくるから、ぼくはとても困っていた。
「リュウセイはしつこいから、なにかされても構わない方がいいよ」
ミツナリくんが言うには、リュウセイくんはからかう相手のターゲットを決めると、ずっとその子ばかりを狙ってくるらしい。
「一回ぶんなぐって、わからせてやる!」
「だめだよ、あいつ空手を習ってるし、リュウセイのお父さんもすごく怖い人らしいんだ」
ミツナリくんと話をしながらトイレ掃除をしていると、突然担任のコテハシ先生がやってきた。
「こら、しゃべってばかりいないで、ちゃんと掃除をしなさい。ほら、便器が汚れてる!」
コテハシ先生は掃除の時間になると、サボっている人がいないか見回りにくる。トイレはとくにサボる子が多いから、いつも目を光らせているみたいだ。コテハシ先生は、床や便器をひととおりチェックし終わると、教室の方へ戻って行った。すると、先生がいなくなったのを見計らったようにリュウセイくんたちが現れた。まだ掃除の時間が終わるまで10分もあるのに、なぜか手にはドッジボールを抱えている。
「おい、ミツナリと東京の転校生、一緒にドッジボールやろうぜ」
「いやだよ。まだ掃除中なんだから、入って来るなよ」
そう言ってリュウセイくんたちをトイレから追い出そうとすると、ミツナリくんが「無視して掃除しようぜ」と、ぼくの服の袖を引っ張った。不満げな顔をしたリュウセイくんは、その場でドッジボールをぼくの足元に向かって思い切りバウンドさせた。トイレはモップで水拭き掃除をしたばかりだったから、床に溜まっていた残り水がバシャっと大きくはねて、ぼくとミツナリくんの服はびしょびしょに濡れてしまった。
「やったな!」
ぼくはトイレの床に転がったドッジボールを拾い、リュウセイくんの足元に思い切り投げつけた。ところが、リュウセイくんはピョンとジャンプして避けて、ボールはトイレの外へ飛び出していってしまった。そして運悪く廊下を歩いていた女子たちの足もとにボールが転がった。
「先生ー、リュウセイたちがトイレで遊んでるー」
すぐさま女子たちは教室掃除の見張りをしていたコテハシ先生に言いつけた。ぼくら5人はトイレの前に並んで立たされた。
「掃除中に何をしていたのか正直に話しなさい!」
ぼくらが下を向いてモジモジしていると、コテハシ先生は「シャキっとせんか!」と手をパチパチと大きく叩いた。背筋が伸びたひょうしに先生と目が合ったぼくは、掃除中にドッジボールを持ってきたリュウセイくんが悪いんだと勇気を出してコテハシ先生に言いつけた。すると、女子に向かってボールを投げたリュウタが悪いんだとリュウセイくんが言いかえす。
コテハシ先生は腕組みをしてしばらく考えたあと、ぼくとミツナリくんの服が水浸しになっているのはなぜかとたずねた。ぼくは、ここぞとばかりにリュウセイくんが床にボールを投げたから水がいっぱいはねたんだと説明した。するとリュウセイくんは、ぼくとミツナリくんが二人で水遊びをしていたとウソをついた。
「そうだそうだ!」
すかさずリュウセイくんの仲間の二人がはやし立てた。
「そんなの大ウソだ!」
ぼくとミツナリくんが大きな声で言い返すと、コテハシ先生はもっと大きな声でぼくらを叱った。
「どっちが本当なんだ!」
結局コテハシ先生は、誰が一番悪いのか判断がつかないからと、ぼくたち5人全員に休み時間の間もトイレ掃除をするように命令した。ぼくとミツナリくん、リュウセイくんたち3人は、コテハシ先生がしかめっ面をして監視する中、もくもくとトイレを掃除した。
帰りの会が終わった。今日こそは通学路でリュウセイくんと出会わないように、リュウセイくんたちが先に帰るのを確認してから、ミツナリくんと二人でゆっくりと教室を出た。ところが、昇降口までたどり着いた時、くつ箱にぼくのくつがないことに気が付いた。まちがえて別の場所に入れてしまったのかと思い周りを見渡したけど、どこにも見当たらなかった。登校時、ちゃんと自分のくつ箱に入れたことをミツナリくんと一緒に見ていたから、なくなるはずはなかった。
「きっとリュウセイが隠したんだ! 先生を呼んでくる!」
ミツナリくんはそう言い残して、職員室の方に走って行った。早く帰ってゲームをしようと思っていたのに悔しくて泣きそうだった。でも、ここで泣いたら負けだと思い、歯を食いしばってくつ箱の周りを必死で探した。隣のクラスや別の学年のくつ箱も探したけど、やっぱりどこにもなかった。いよいよ目に涙がたまってくると、やっとコテハシ先生がやってきた。「なにがあった」と怖い顔でぼくにたずねた。「靴がない」と半泣きでこたえると、先生はくつ箱の上の一番高いところにポツンと置いてあったくつを指さして「これか?」と言った。先生はぼくたちよりも背が高いから、くつ箱の上までよく見えたようだ。
「先生、ぜったいにリュウセイたちが隠したんだよ。リュウタがすごく大事にしてる高いくつなんだよ!」
鼻息を荒くしたミツナリくんが先生に言いつけると、そんなに高価なくつを学校にはいてきてはダメだと逆に注意されてしまった。おまけに、証拠がないのに、リュウセイくんを犯人扱いしてはいけないと、ミツナリくんも怒られた。でも、リュウセイくんたち以外の、誰がこんな酷いことをするんだろう。先生はぼくたちの事情をぜんぜん知らないんだ。
肩を落として帰宅するや、ランドセルを自分の部屋に思い切り放り投げて、居間に行ってテレビゲームを始めた。今日は家に帰ったらゲームをして過ごすことに朝から決めていたんだ。いつかミツナリくんと対戦するまでに腕を磨いておかなければいけないからだ。ゲームは1日1時間までと決められていたけど、今日は学校で嫌なこともあったし、思う存分ゲームをやろうと思っていた。ところが、ゲームを始めて15分くらい過ぎたとき、家の外からお母さんの驚く声が聞こえてきてゲームどころじゃなくなった。
「ちょっとミソラ、どうしたの、その泥だらけの服!」
お姉ちゃんが帰って来たみたいだ。何が起こったのか気になって、玄関まで走ってお姉ちゃんを出迎えると、お姉ちゃんの制服の背中が泥だらけになっていた。お母さんは玄関を入ってすぐの広い土間で、お姉ちゃんの着ていたブレザーを脱がして頭を抱えた。
「今からクリーニング出しても明日の夕方ね……」
お姉ちゃんは相変わらずムスっとしていて、何も言わずに自分の部屋に行ってしまった。
きっとリュウセイくんたちの仕業だ。ぼくへの嫌がらせだけじゃ飽き足らずに、お姉ちゃんにまで手を出したにちがない。
「お姉ちゃん!」
ぼくはノックもせずにお姉ちゃんの部屋のドアを開けた。
「ちょっと、いきなり入って来ないでくれる!」
着替えもせず制服のまま机に突っ伏していたお姉ちゃんは、むくっと顔を上げてぼくをにらみつけた。
「お姉ちゃん、小学生にやられたんでしょ?」
「えっ、あんた見てたの? いきなりうしろから小学生に泥団子をぶつけられたんだよ、さいあくだよ!」
「ううん、見てないけど……、きっとリュウセイがやったんだよ……」
ぼくは転校してきてからこの1週間、学校で起こったことをお姉ちゃんに話した。リュウセイくんという意地悪なクラスメイトがいること。東京から来たことを理由に、ぼくに意地悪ばかりしてくること。この前も、お母さんには黙っていたけど、田んぼに突き落とされて、お父さんに買ってもらったばかりのくつを泥だらけにされたこと。今日はリュウセイくんのせいで、自分は悪くないのに先生に怒られたこと。
「全部、リュウセイのせいなんだよ!」
ぼくがそう言うと、お姉ちゃんは少し間をおいて顔をしかめた。
「ちがう」
「なにがちがうの?」
「悪霊のせいよ」
「悪霊?」
「この家は呪われてんの。あんたも聞いたでしょ? 外に誰もいないのに窓を叩く音がしたり、女の子の声が聞こえたり……」
「う、うん……」
「この家が呪われてるから私たちは意地悪されたり先生に怒られたり、悪いことばかり起こるの」
「そうなの?」
「そうよ、これからもっと悪いことが起こるんだからね! 早く引っ越さないと、この家にいる人はみんな呪い殺されちゃうんだから!」
「そんなこと言わないでよ、怖くなってきたよ……」
「私、勉強がんばって絶対に来年は都内の女子高に行って一人暮らしする。こんな家、早く出ていくんだから」
「お姉ちゃんばかりずるいよー!」
「うるさいなぁ、もう出てって!」
お姉ちゃんに部屋から追い出されて居間に戻った。気を取り直してゲームの続きをやろうと思って座ると、壁に飾ってある真っ赤な顔をした天狗のお面が目に入った。あきらかに、さっきよりも怖い顔でにらんでいるように見えた。見るたびに表情の変わる呪われたお面だ。そう思ったら一人でゲームをするのが怖くなって、しかたなくキッチンで夕食の準備をするお母さんのそばでマンガを読みながらすごすことにした。
「リュウタ、さっきミソラの部屋に行った?」
「うん……」
「あの子、ずっと黙ってるけど、何があったの」
「勉強で忙しいんじゃないの……」
「本当に勉強してるのかしらね? ほら、ミソラはあんたとちがって大人しいタイプでしょ。学校でいじめられて部屋で泣いてたりするんじゃないかって心配なのよね」
確かに、お姉ちゃんは昔から暗い。いつも下を向いているし、ぼくが面白いことを言っても笑ってくれることはめったにない。でも、お姉ちゃんが黙り込んでいる理由はだいたいわかっている。イジメなんかじゃなくて、この家が嫌いなんだ。オバケが出る家で受験勉強なんてできっこないって怒っているんだ。
「リュウタさあ、今日の夜、お姉ちゃんが本当に勉強してるのか様子を見てきてよ」
「いやだよ。勉強してるに決まってんじゃん」
「どうしてイヤなの! 大事なお姉ちゃんにもしものことがあったらどうするの!」
だったらお母さんが自分で様子を見に行ったらいいのにと思ったけど、そんなことを言ったら怒られるだろうから、しぶしぶ引き受けた。
夕食の時間、今日もまたお姉ちゃんは何も話さずにもくもくとご飯を食べていた。お母さんが制服の汚れを手洗いで綺麗に落としたことを伝えても、ありがとうの一言もなかった。お母さんは困った顔をして、今日の夜は頼んだよとばかりにぼくの目を見て合図した。
家族みんながお風呂に入り終わって寝る準備に入ったころ、ぼくは足音を立てないように四つん這いになって廊下を這い、お姉ちゃんの部屋の前までやってきた。この時間、お姉ちゃんは受験勉強をしているはずだ。早く家を出たいから必死で勉強するんだと言っていたし間違いない。ぼくは、そっと部屋のドアに耳を当てた。すると、ドアの向こうからお姉ちゃんの笑い声が聞こえた。
「フフフ、アハハ……、フッフフフ……」
滅多に笑わないお姉ちゃんが笑っていた。おかしいなと思って、耳をぺったりとドアにくっつけると、やっぱりお姉ちゃんは笑っていた。そして、その声はしばらく続いた。まじめに受験勉強をしているかと思ったら、お姉ちゃんは遊んでいたんだ。ぼくはあきれてドアをコンコンと素早くノックし、お姉ちゃんが入っていいよという前にドアを開けた。
「お姉ちゃん、なにやってるの!」
ドアを開けると、パジャマ姿のお姉ちゃんは、ベッドの上でスマホを見て笑っていた。しかも、めったにしない正座をして座っていた。足が痛くなるからって、ぜったいに正座なんかしないのに。
「ねえ、お姉ちゃん……」
話しかけても、まるでぼくがいることに気が付いてないかのように、ずっとスマホを見ていた。
「ねえ、お姉ちゃん、おもしろい動画とか見てるの?」
ぼくが部屋の中に一歩足を踏み入れると、お姉ちゃんの笑い声がピタッと止まり、そのまま動かなくなった。きっと、かっこうつけて受験勉強をしているとぼくに言ったのに、スマホで動画を見て笑っている姿を見られたから恥ずかしかったにちがいない。そんなお姉ちゃんを見て、ぼくは笑いそうになった。
「えへへ、お姉ちゃん、なに見てんの?」
さらにもう一歩、お姉ちゃんに近づいた時だった。お姉ちゃんはスマホを手に持ったまま、くるっと首だけを素早く回転させてこっちを向いた。
「おっ、おねえ……ちゃん……?」
一瞬、お姉ちゃんが別人に見えた。変だなと思って顔をよく見ようとしたけど、長い髪で顔が隠れているからよく見えない。恐る恐る、もう一度「お姉ちゃん?」って呼んだ。それでもお姉ちゃんは、ぼくの方に顔を向けたままピクリとも動かなかった。もしかして、ぼくが急に部屋に入ったからビックリして心臓麻痺になって死んじゃったのかなと心配になった。
「お、お姉ちゃん、大丈夫?」
髪の毛に隠れたお姉ちゃんの顔をよく見ようと思い、下から顔をのぞき込んだ。すると、おどろいたことにお姉ちゃんの顔はぼくの方を向いているのに、なぜか両目は天井の方を見ていて、その目はまばたきもせずにピクリとも動かなかった。
「う、うわぁーっ」
お姉ちゃんの表情はあきらかにおかしかった。まるで呪われた人みたいな顔をしていた。もしかすると悪霊に憑りつかれて呪い殺されちゃったのかもしれない。ぼくは怖くなって「わぁっ」と叫びながら走って部屋から逃げ出した。ドタバタと廊下を走る音で、お母さんが慌てて寝室から出てきた。
「リュウタ、どうしたの? ミソラの様子は見てくれた?」
「お姉ちゃんが呪われた!」
「はあっ? また始まった! 意味の分からないこと言わないの!」
「死んじゃったかもしれないよ!」
「えっ、そんなばかなこと……」
お母さんは、ぼくの言うことを信じようとはしなかった。仕方ないから、一緒にお姉ちゃんの部屋を見に行こうと、お母さんの背中を両手でぐいぐいと押した。お母さんの後ろに隠れながら、恐る恐るお姉ちゃんの部屋へ向かった。そして、お母さんと二人でお姉ちゃんの部屋を廊下からのぞくと、まるで何事もなかったように、お姉ちゃんは自分のベッドで寝ていた。
「なによ、寝てるじゃない!」
「違うよ、さっきまでスマホを見て笑っていたんだよ。ほら、スマホがベッドに落ちてる……」
「スマホくらい見たっていいじゃない」
「そうだけど、首がぐるって回って、目が変な感じになってたんだよ!」
「なに意味の分からないこと言ってんのよ!」
廊下でお母さんと話し合っていると、その声でお姉ちゃんが目を覚ました。そして、不愉快そうな顔をしてぼくとお母さんを見た。
「二人してなにやってんの?」
「あぁ、ミソラごめんごめん、ちゃんと布団をかけて寝ないと風邪引くよって言いたかったの」
「わかったから、ドア閉めてくれる」
お母さんはそっと部屋のドアを閉めた。そして、ぼくに優しく言った。あなたは怖がりなのよと。なにかあるといつも「呪いだ」とかいって怖がっているから、なにげない普通のことが、ぜんぶ怖いことに感じるんだって。天狗のお面も、ちょっとした物音も、お姉ちゃんの寝顔も、すべて幽霊だと錯覚しちゃうんだって。もちろんぼくは納得なんかしていない。だって、この目ではっきりと呪われたお姉ちゃんの顔を見たからだ。でも、どうして部屋を変わってあげたのに、お姉ちゃんが呪われたんだろう。
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