第3話 お姉ちゃんが呪われた!2

 翌日、お姉ちゃんはいつものお姉ちゃんに戻っていた。何事もなかったかのように朝食を食べて、ぼくよりも先に学校へ向かった。ちょっとだけ安心した。

 ぼくもいつも通りミツナリくんと一緒に学校へ行った。教室に着くと、コテハシ先生が朝の会でクラスのみんなにたずねた。昨日ぼくのくつを隠した人はだれですかと。もちろん、誰も手を上げることはなかった。だけど、リュウセイくんと仲間の二人は下を向いて気まずそうな顔をしていたから、やっぱり犯人はリュウセイくんだと思った。

 今日は掃除の時間も、お昼の休み時間もリュウセイくんはぼくにちょっかいを出してこなかった。くつ箱のくつも今日は隠されていなかった。先生の目が光ってると思って警戒したにちがいない。しかし、まだ油断はできない。先生のいない帰りの通学路で意地悪をしてくるかもしれないからだ。

 学校が終わって、ミツナリくんと二人で通学路を歩いていると、後ろの方からリュウセイくんたちのはしゃぐ声が聞こえた。「来た!」とミツナリくんがささやいた。

「おい、ミツナリと東京の転校生、じゃんけんグリコしながら帰ろうぜ!」

 ぼくをからかってくるかと思ったら、意外にも遊びながら帰ろうって誘ってきた。驚いてミツナリくんと顔を見合わせ、どうしようかと迷っていると、リュウセイくんたちは駆け足でぼくたちのそばまでやってきて大きな声で叫んだ。

「おい、ミツナリと東京から来たやつ、無視すんなよ!」

 しかたなく、ぼくは大きな声でリュウセイくんに言い返した。

「一緒に遊ぶなんて言っておいて、どうせまた意地悪するつもりだろ!」

「意地悪じゃねえよ。じゃんけんグリコしようって言ってるだけだ」

「わかった。でも、ぼくはじゃなくてだ」

 一緒に遊ぶ代わりに、ちゃんとぼくの名前を呼ぶように言うと、リュウセイくんは「ふーん」と言って笑った。


「じゃんけんぽん!」

 リュウセイくんが音頭を取って、じゃんけんが始まった。ぼくがグーをだすと、ぼく以外のみんなは全員パーだった。

「いえーい、リュウタが一番勝った人をおんぶするんだぞ!」

 リュウセイくんがはしゃいだ。

「えっ、おんぶ? 聞いてないよ!」

 ぼくがみんなの前でそんなのいやだと断ると、リュウセイくんはとまどっていた。

「しかたないだろ、そういうルールなんだから」

 ぼくが東京の小学校にいた頃も同じようなゲームはあった。でも、その時は、そんなルールじゃなかった。チョキとパーで勝った人は6歩、グーで勝ったら3歩進むことができて、負けた人は一歩も進めないというルールだった。負けた人がおんぶするなんて初めて聞いたルールだ。ぼくが渋っていると、ミツナリくんが笑いながらぼくに言った。

「負けたらおんぶするのが烏田森からすだもり小のルールだよ。みんなのランドセルを持って歩くパターンもあるんだよ」

 ミツナリくんが言うから本当なんだろう。ぼくはしかたなしに、ほかの4人がじゃんけんし終わるのを待った。

「じゃんけんぽん! やった、オレの勝ちだ!」

 なんと、リュウセイくんが勝ってしまった。しかも、チョキで勝ったから6歩もおんぶして歩かないといけない。

「やっぱり、ゲームやめた」

 思わず逃げたい気持ちがぽろっと口に出てしまった。今日までずっとぼくに意地悪をしてきたリュウセイくんをおんぶしなければならないなんて悔しくてたまらなくなったからだ。

「なんだよ、ずるいぞ、リュウタ!」

 リュウセイくんが怒ると、他の二人も同じように「ずるいぞ」とぼくを責めた。ミツナリくんの顔を見ると苦笑いをして黙っていたから、今回はあきらめることにした。

「わかったよ、おんぶするよ」

 ぼくよりも背が高くてちょっとだけ太っているリュウセイくんをおんぶして、ふらふらとよろけながら歩いた。6歩くらいならどうにか歩くことができた。次こそリュウセイくんにぼくをおんぶさせるんだと、悔しさがどんどん増していった。

「もう一回やろう!」

 今度はぼくからリュウセイくんに挑んだ。するとリュウセイくんが「もうやめた」と言って笑った。

「ずるいぞ、リュウセイ!」

 ぼくが怒ると、リュウセイくんは仕方がないから特別に勝負してやると、おんきせがましそうに言った。

「じゃんけんぽん!」

 今度はぼくが音頭を取ってじゃんけんをすると、なんと、またぼくは負けてしまった。悔しくて思わず「インチキだ」と叫んだ。みんなはゲラゲラと笑っていた。ミツナリくんも一緒に笑っていた。しかも、このあと勝った人だけでじゃんけんをして、またしても一番勝ったのはリュウセイくんだった。

「ぜったいにインチキだ!」

「インチキのわけないだろ!」

「帰る!」

「ずるいぞ!」

 何回か言いあったあと、ついにあきらめて、ぼくは覚悟を決めた。その場でかがんで後ろに両手を差し出した。

「はい、どうぞ!」

 すると、リュウセイくんは意地悪をして助走をつけてぼくの背中に飛びついてきた。ふらついて地面につんのめりそうになった。

「あぶないな、そっと乗れよ!」

「しかたないだろ、早く歩けよ」

 体勢を整えて、なんとか一歩を踏み出そうと踏ん張った。でも、なぜかさっきよりも重い気がした。足がふるえて一歩が踏み出せないでいると、うしろからミツナリくんの声が聞こえた。

「やめろよ、体重かけるなよ。リュウタがかわいそうだろ」

 やけに重いと思ったら、ほかの二人がリュウセイくんの背中に手を置いて体重をかけていたみたいだ。このままじゃ前に進めないと思って歯を食いしばりながら立ち止まっていると、30メートルくらい先の曲がり角のところから制服を着た長い髪の中学生が歩いてくる姿が目に入った。下を向きながら暗い顔して歩く姿。どこかで見たことがあると思ったら、ぼくのお姉ちゃんだった。いやなタイミングではちあわせてしまった。まるでぼくがいじめられているみたいだ。格好悪いところを見られたくないと思ったそのときだった。お姉ちゃんは急に立ち止まり、くるりと首を高速で回転させて、ぼくたちのほうを見て笑った。

「ひゃっ!」

 驚いて声が出てしまった。お姉ちゃんは、昨日の夜にスマホを見ていた時みたいに、呪われて死んだ人のような顔をしてぼくらを見ていた。顔はこっちを向いているのに、目だけが斜め上のおかしな方向をむいている。口元は笑っているようだったけど、なにやらブツブツとつぶやいているようにも見えた。やっぱりお姉ちゃんは悪霊に憑りつかれていたんだ。怖くなって両腕にたくさんの鳥肌が立った。しばらく立ち止まっていると、リュウセイくんが笑いながらぼくを急かした。

「なんだよリュウター、早く歩けよー」

 リュウセイくんたちはお姉ちゃんに気が付いてないようだ。

「その前におまえら手を放せよ! 重くてリュウタが歩けないだろ!」

 ミツナリくんが仲間の二人に注意をしてくれたその時だった。ぼくの足は急に軽くなって、トントーンと飛ぶように走り出した。

「うぉー、急に走るなよ! あぶねえ、止まれ、止まれー!」

 リュウセイくんは怖がって止まれと言うのだけれど、ぼくの足はどうにも止まることなく動き続けた。きっとリュウセイくんの仲間の二人がうしろから手で押しているんだと思った。

「おまえら押すなよ、手を放せよ」

 ぼくが大声で叫ぶと、後ろから二人のあわてる声が聞こえた。

「押してないよ、押してないって!」

 二人が押してないのなら、どうしてぼくは重いリュウセイくんをおんぶしたままこんなに速く走れるんだろう。いったいどうなっているのかさっぱりわからなかった。ぼくの足はまるでダチョウにでもなったかのように軽やかだった。このままだと曲がり角にいるお姉ちゃんにぶつかってしまう。

「お姉ちゃん、そこ、どいてー!」

 すると、お姉ちゃんにぶつかりそうになる直前で、ぼくの足はクルリと向きを変えて田んぼの方に向かってピタッと止まった。急に止まった勢いで、リュウセイくんはぼくの背中から転げ落ち、ぐちゃっという音とともに頭から田んぼへ突っ込んでしまった。泥しぶきがスローモーションのようにぼくの足もとにビタビタと落ちてきた。ミツナリくんとリュウセイくんの仲間の二人は、口をあんぐりとあけて衝撃的瞬間を見つめていた。

 田んぼに突っ込んだリュウセイくんは、泥まみれになりながらゆっくりと起き上がって泣いて怒りだした。

「どうするんだよぉー、泥だらけじゃねえかー、帰ったら怒られるじゃねえかー、うわあー」

 まちがいない。これはぜったいに悪霊のしわざだ。お姉ちゃんに憑りついた悪霊が、ぼくとリュウセイくんを田んぼに落とそうとしたんだ。悪霊の仕業じゃなかったら、ぼくがリュウセイくんみたいな大きな子をおんぶして走れるわけがない。そう思って振り返ると、お姉ちゃんはいつもの不機嫌な顔に戻っていた。さっきまでの死んだ人のような目をしていたお姉ちゃんはどこにもいなかった。

「リュウタ、なにやってんの。あの子、田んぼに落ちちゃったみたいだよ。かわいそうだから助けてやりなよ」

 そう言ってお姉ちゃんは、何事もなかったように家に帰って行った。ぼくは急いで田んぼに入って、泣き出したリュウセイくんのうでを取って、「ごめんね」と言って田んぼから救い出した。その様子を気の毒そうに見ていたミツナリくんは、リュウセイくんの仲間の二人をせめたてた。

「おまえらが押すからこうなったんだぞ」

「押してないよ!」

「うそつけ!」

「うそじゃないよ! ほんとうに押してないよ!」

 ぼくは「泣くなよ」と言ってリュウセイくんの背中についた泥を取ろうとした。すると、リュウセイくんはぼくの手を払って、泥だけのランドセルを片手で持ち、泣きながら家に帰っていった。それを見た仲間の二人もリュウセイくんのうしろについて、この場を去って行った。

 しかたなく、ぼくたちも家に向かって歩いた。リュウセイくんが田んぼに落ちたのはぼくのせいじゃないと、家に帰る途中ずっとミツナリくんはぼくをかばってくれた。そして、ぼくのくつが再び泥だらけになってしまったことを心配してくれた。

 家に着くとお母さんにすごく怒られた。お父さんにねだって買ってもらったくつを、二度も泥だらけにして汚したからだ。

 今日もまたいやなことが起こった。ぜったいにお姉ちゃんに憑りついた悪霊のせいだ。でも、きっとお姉ちゃんは自分が悪霊に憑りつかれただなんて気が付いてないんだ。


 次の日、リュウセイくんはお休みだった。風邪を引いたことになっていたけど、本当は昨日の事件のせいで休んだってことをぼくとミツナリくん、そして、仲間の二人は知っていた。先生も本当は理由を知っていたのに、帰りの会まで何も言わなかった。

 日直がさようならと挨拶をして、いつものようにミツナリくんと一緒に帰ろうとすると、コテハシ先生がぼくを呼び止めた。そして、怖い顔をして職員室に来るように言った。

 職員室に行くと、さっきまで怖い顔をしていたコテハシ先生が、なぜか笑いながら待ち構えていた。

「リュウタはすごいな、あの大きなリュウセイを田んぼにつき飛ばしたってなぁ」

 コテハシ先生は感心していた。でも、ぼくはリュウセイくんを田んぼに突き飛ばしてなんかいない。きっとリュウセイくんが話を大袈裟にして先生に言いつけたに違いない。そもそも、ぼくはそんなに力持ちじゃないんだ。

「ちがいます。リュウセイくんをおんぶしてたら、あの……、その……、うしろから二人に押されたんです……」

「おんぶ? 押された? ふーん、でも、どうして今ちょっと言葉に詰まったんだ? 声も小さくなったな……。嘘をついてないか?」

 コテハシ先生はぼくを疑った。確かに、リュウセイくんの仲間の二人は「押してない」って言っていた。でも、ミツナリくんは二人が押したってずっと言っていたんだ。とはいえ、ぼくはうしろを見ておらず、どっちが本当かわからない。しかたなく黙っていると、コテハシ先生は、ぼくの目をじっと見て言った。

「人間ってな、嘘をつくと目が泳ぐんだ。先生は何年も先生をやっているからわかるんだぞ。リュウタ、都会からきてみんなにチヤホヤされて、ちょっと調子に乗ってないか。掃除をさぼったり、友達をいじめたり、人としてよくないことだぞ」

 ぼくは調子になんか乗っていない。それに、リュウセイくんをいじめたわけでもない。むしろ、今までぼくはリュウセイくんの意地悪を我慢してきたんだ。くつだって隠された。そのことを思い出したら涙が出てきた。

「リュウタ、泣くことはないだろ。一つだけ言っておくぞ。嫌いな友達だからといって、いきなり田んぼに突き飛ばすのはよくない。前にもいたなあ、リュウタみたいに都会から来た子はいきなりキレるんだ。男なら正々堂々とぶつかりあいなさい。いいね」

 先生はきっとものすごく勘違いをしている。そう思ったら悔し涙が止まらなくなって、何も話すことができなくなった。

「反省したら、もう泣くな。明日は土曜日だから今日はゆっくり寝なさい。月曜はリュウセイもちゃんと学校へ来るから、きちんと謝るんだぞ」

 そう言ってコテハシ先生は、ぼくを職員室から送り出した。


 一人で家に帰ると、家の前でお母さんが困った顔をして待っていた。

「リュウタ、先生から電話があったのよ。友達を田んぼに落としたってね。だからくつが泥だらけだったんでしょう?」

 お母さんは、ぼくの話も何も聞かずに先生の話を信じていた。

「ぼくはやってないよ! いじめられてるのはぼくだっ!」

 お母さんまでぼくのことを信じていないと思ったらとても悲しくなって、泣きながら自分の部屋に向かった。

「待ちなさい」

 お母さんはぼくの腕をつかんで引き留めようとしたけど、思い切り手を振り払った。お母さんは少し驚いていたようだ。

 すると、泣きながら部屋に入って行く様子を見ていたお姉ちゃんが、めずらしくぼくの部屋に入って来た。

「怒られたくらいであんたが泣くなんてめずらしくない? なにがあったの?」

「みんな大嫌いだ!」

「だから言ったでしょ、この家に住んでると呪われるって……」

「お姉ちゃんのせいなんだよ!」

「どうして私のせいなのよ?」

「あの時、お姉ちゃんが呪いでリュウセイを田んぼに落としたじゃないか!」

「私が呪いで? そんなことするわけないでしょ! 私をなんだと思ってんのよ!」

 ぼくは思い切ってさっき見たお姉ちゃんのようすを詳しく話した。リュウセイくんが田んぼに落ちた時に、お姉ちゃんが不気味な目をして笑いながらこっちを見ていたことを。

「なにそれ? どうして田んぼに落ちた子を見て私が笑うのよ? しかも、不気味な目って何よ、失礼な!」

 やっぱり、お姉ちゃんは何も覚えていなかった。この前の夜、スマホを見ながら呪われたような顔をしてクスクスと笑っていたことをたずねても、やっぱりお姉ちゃんは何も覚えていないと言った。スマホは学校の勉強をするときに調べものをするためにしか使ってないそうだ。

 あの時のお姉ちゃんの不気味に微笑んだ顔や、まるで死んだ人みたいなおかしな目つきのことを説明をしているうち、お姉ちゃんはブルブルと震え出した。

「そんな……、いやだよ……、私、呪われちゃったっていうの……?」

「ごめん、ぼくが変な話をしたから……、気にしないで……」

「気にするに決まってるでしょ! わたしもう生きてけないよぉー、どうするのよぉー……」

 ぼくが泣き止んだあと、今度はお姉ちゃんが泣き出した。結局その日、お姉ちゃんは自分の部屋に閉じこもったまま、夕食になっても出てこなかった。お母さんが心配してお姉ちゃんを部屋に呼びに行ったけど、気分が悪いと言ってお姉ちゃんはそのままベッドで寝てしまった。呪われてしまったことが、そうとうショックだったみたいだ。

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