第5話

 会津情報大学での町田達との打ち合わせの翌日。

 航平はスカイブリッジ社の会議室でエンジニア達と打ち合わせをしていた。参加メンバーは航平、宗像、そして吉野郁恵よしのいくえの三人である。会社に所属しているエンジニアはこの三人のみだ。

「宇宙のお仕事ですか! なんかおもしろそうですね!」

 一通りの話を聞いた吉野は目をキラキラと輝かせている。ミディアムカットを茶髪に染めた彼女は、紅一点のエンジニアだ。現在二十四歳の彼女は大学卒業後しばらくはIT企業でのアルバイトを転々とした後、三ヶ月ほど前にこの会社に来た。底抜けに明るい彼女は、今や会社のムードメーカーとなっている。

「それでそれで社長、開発担当は誰がやるんです? 私ですか!」

「俺がやるよ」

 航平の言葉に、宗像は眼鏡の奥の目を丸くした。

「社長、自らやるの?」

「宗像と吉野さんには来年度もやってもらう仕事ある。それに多少の知識がある俺が主担当になった方がいいでしょ」

「まあ、確かに」

「ええー、私がやりたかったのに!」

 宗像は納得した、吉野は残念そうな表情をそれぞれ浮かべる。

 肩を落とす吉野を見て、航平は苦笑。

「まあまあ、二人にもいずれは手伝ってもらうつもりだから。そん時はよろしく」

「はーい」

「じゃあ、俺これから銀行に行くから」

 そう言い残し、航平は会社を後にした。



 スカイブリッジ社に融資している東葉銀行は、福島県を中心に活動している地方銀行だ。郡山支店はスカイブリッジ社から徒歩十五分ほどの距離にあり、訪ねた航平が受付に説明すると、客室に通された。

「やあ、大空さん。ご足労様」

 航平の少し後に続いて入ってきたのは、小野田瑛太。いつもニコニコと笑みを携えている四十代半ばの銀行マンだ。彼はスカイブリッジ社の融資担当であり、航平の相談に真摯に乗ってくれる。企業融資担当の銀行マンと聞くと、冷徹な人物を思い浮かべることが多いが、小野田はその様なイメージの欠片もない。

 航平はまずこの一年間の業績を報告。小野田は航平の話を終始笑顔で聞いていた。

「と、まあ、取引先の倒産などトラブルがあったものの、今年度は黒字でした」

「なるほど。太田ソフトウエアハウスの社長が夜逃げしたと聞いて、僕も心配していましたけど、御社は黒字でよかったです。創業一年目で黒字はなかなかないですよ。これも大空社長の手腕ですな」

「いえいえ。黒字といってもギリギリですよ。それに利益が上がったのは社員のお陰です。……あの、確認したいのですけど、融資の方は……」

「心配しないで。打ち切る理由などありません。来年度もよろしくお願いします」

 航平は胸を撫で下ろす。設立してまだ新しいスカイブリッジ社は手持ちのキャッシュが少ない。銀行からの融資がなくなれば、あっという間に倒産する。

 航平は「それでですね」と続ける。

「電話でもちょろっと話しましたけど、会津情報大学からソフトウエア作成の仕事を受けることになりました。大学が県の助成金を受注しまして、それに我が社が参加する形です。金額も最大一千万円までもらえるもので、来年度はそれに注力するつもりです」

「具体的にはどのようなソフトウエアなんですか?」

「詳しくは言えないんですけど、衛星の軌道と、地上との通信可能時間帯の計算をするソフトウエアです」

「つまり、宇宙関連の仕事をするということですね?」

「はい」

「それはいい。ぜひ、おやりなさい。やるべきだ。ところで、大空社長はそのソフトウエア製作の後は考えている?」

「後、と言いますと?」

「このまま宇宙事業に参入するということ。大空社長は日本が近年宇宙産業に注力しているということはご存知ですよね?」

「はい、もちろん」

が、民間の宇宙ベンチャー企業が何社も立ち上がっていて、この前もとある民間企業がロケットの試験打ち上げをした。政府も民間を後押しするように、様々なファンドを作っている」

 宇宙産業は防衛や通信、その他様々な産業に関連する重要な産業であり、その重要性は今後さらに増す。そこにビジネスチャンスを見出した投資家や技術者が次々と参入しており、これは航平も良い流れだと感じている。

「大空社長、日本における宇宙関連企業といえば、どのような企業が頭に浮かびますか?」

「ぱっと思いつくのは、M社やN社ですかね? あとはI社」

 実際はその下に多数の下請けがおり、何十何百の企業が関わっているのだが、代表的な企業といえばこれらの会社が挙げられる。

「確かにロケットや衛星、いわゆるハードウエアのメーカーとしてはそれらが有名。じゃあ、ソフトウエアは?」

「ソフトウエアのメーカー、ですか?」

 大空は小野田の問いに対し少し考える。

「……そうですね。F社、N社ですかね。一応、衛星運用のソフトウエアやサービスは提供しているみたいですけど。ただ……」

「ただ?」

「世間的に有名かと言われると、違いますね。そもそもそれらは官公庁を顧客として想定しています。自分が調べた結果、民間が気軽に変える様な日本製のソフトウエアはなかったです」

 小野田はその通りと頷く。

「それら大手の会社はお上からの受注で稼いでいる。JAXAや官公庁が打ち上げる衛星ごとにソフトウエアを修正し、開発費とメンテナンス費を取る、それが彼らの稼ぎ方。民間向けには全く商売していないというと言い過ぎだけど、主な顧客は官公庁。ソフトウエアは高額で、ある程度の資金力がないと買えない。だから、大学や民間企業は自作でソフトウエアを作ってる。僕はそこが商機だと思う。リーズナブルなソフトウエアを販売すれば、飛びつく人はたくさんいる」

 宇宙産業におけるソフトウエアメーカーで、日本には絶対的なチャンピオンが未だにいない。小野田はそこが狙い目だと言っているのだ。

「大空社長、僕は今回のプロジェクトで御社のことを応援しています。これはおべっかじゃない。本心です。御社にとってとても良い経験となるはずだ。ぜひ糧としていただきたい。そして、福島県、そしてこの国の宇宙産業を牽引してほしい」

 小野田の言葉に、航平は力強く答えた。

「はい、もちろんそのつもりです」

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