第4話 宇宙に向かって
「軌道計算ですか?」
航平と宗像は難しい表情で顔を見合わせる。衛星の軌道計算など、経験は全くない。きっと何か難しい数学の知識が必要なのではないか。専門家を新しく雇う必要があるのではないか。
その心配を察したのだろう、町田は「大丈夫、大丈夫!」と笑い飛ばす。
「軌道のデータはTLEを使うつもり。大空君、TLE知ってる?」
「名前だけは研究室にいた時に聞いたことがあります。確かアメリカの機関が発行している、衛星軌道の情報でしたっけ?」
「そうそう。
「じゃあ、こちらで何か新しい計算を方法を一から考える、というわけではないんですね?」
航平の念押しに、町田は「その通り」と頷く。
それなら自分達でもできそうだと、航平は安堵。客の中には欲しいものを列挙するだけで、実現方法はそっちが全部考えろと丸投げしてくる人間もいる。そういう客と当たった場合は大変苦労する。だが、今回は大学側が全面的に協力してくれるので、航平達の不安は大分和らいだ。
「TLEは大学側が提供してくれるんですか?」
「うちが提供するのは最初だけ。打ち上げ前後。しばらくすると、NORADがべこ一号の軌道を観測して、より精度の高いTLEを発行してくれるんだ。ネットで公開されるから、それを拾って」
「じゃあ、ツールにはオンラインで最新のデータを取ってこれるような機能が必要ですね」
「うん。そういう機能があると便利だね。ツールのおおまかな機能はこちらでまとめてから、メールで追って伝えるよ」
「はい。お願いします」
今まで黙って航平達のやり取りを聞いていた入野は「どうだ、できそうか?」と尋ねてきた。航平は明るい表情で、「ああ!」と力強く応える。
「ちなみに町田先生、ツールの具体的な納期はいつでしょうか?」
「来年の二月だね」
「二月ですか?」
「来年の二月下旬、べこ一号を載せたロケットの打ち上げがある。それまでに作って欲しい」
今は三月の終わり。一年近くの開発期間があり、それなりに余裕がある。
挨拶をし、航平達がお暇しようとした時だ。入野は「そうだ!」と、何かを思いついたように声を上げた。
「大空、帰る前にアンテナ見てみないか?」
「もちろん、ぜひ見たい!」
「じゃあ、大空の見送りがてら、行こうか」
航平達は入野について行き、大学研究棟の裏側に回る。そこには高さ五メートル、口径三メートルの真新しい白いパラボラアンテナが立っていた。
「おお、これはすごい」
宗像も「ええ!」と同意。
国の研究機関であるJAXAや大企業が所有しているアンテナと比べれば、だいぶ小ぶりだ。だが、それでも一大学が保有するものとしては、立派である。
航平はアンテナに近づき見上げる。雲の切れ目の青空に、宇宙に反射鏡を向ける姿は、まるで早く衛星のデータを下ろせ、自分に仕事をさせろと急かしているように見える。
航平は自身の頬が自然と緩んでいることに気づく。
一度諦めてしまったけど、今度は宇宙の仕事ができるのだと改めて実感したのである。
(※)北アメリカ航空宇宙防衛司令部
アメリカとカナダの連合防衛組織。北アメリカ上空の人工衛星の観測やミサイルの監視などを行っている。
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