第3話 四角い衛星
町田は「まずは背景から説明しようか」と、一枚の紙を机の上に置いた。航平はその紙を手に取りまじまじと見つめる。
「『福島県における航空宇宙事業における助成金』? 町田先生、これは?」
「大空君は、我が福島県がITに力を入れていることは知っているかな?」
「はい」
福島県は先の東日本大震災からの復興と、県の新たな繁栄のため、IT産業に力を入れている。その力の入れ様は筋金入りであり、浜通りの南相馬市には福島ロボットテストフィールドという広大な実験場を設けている。
「私も今の会社を興す際、色々と相談に乗ってもらいました」
県は誘致や起業などにも力を入れており、航平もその節はお世話になった。
町田は「うん」と頷く。
「県はIT産業全般を支援しているが、その中でも特に航空宇宙やロボット産業に力を入れていている。それで県内の企業や研究機関に対し、助成金などを支給しているんだ」
「その助成金の一つが……」
「これ。僕の研究室が助成金に応募してね。見事、受かった。そして、大空君の会社には研究で使用するソフトウエアを外注したい」
宗像は「……あの」と小さく手を挙げる。
「お金の話になりますけど、具体的にどれくらいもらえるんですかね?」
「こ、こら、宗像!」
口では注意するものの、正直航平自身も気になっていた。
町田は特に気分を害したわけでもなく、「ははは!」と笑う。
「いやいや、お金のことを気にするのは当然だよ」
笑い飛ばした町田は指を一本を立てる。
「一千万だよ」
「一千万⁉︎」
航平も宗像もその金額に色めき立つ。超零細企業のスカイブリッジ社からすれば、一千万など文字通り目玉が飛び出すような数字だ。
「まあ、正確には最大一千万円だね。この助成金の金額は最大千五百万でね。約五百万円はうちの研究室で使う。残りは大空君の会社にソフトウエアの代金として支払うつもり」
町田の言葉に、航平は俄然やる気が出てきた。最大一千万もらえるとは、嬉しい誤算である。
「それでソフトウエアの件ですが……」
「そうだね。そろそろ本題に入ろうか」
町田はそう言い、振り返る。
「木村くん。べこ一号持ってきて」
木村と呼ばれた研究室にいた眼鏡の男子学生があるものを抱えて持ってきた。航平はテーブルの上に置かれたそれをまじまじと見つめる。
「これはキューブサットですか?」
テーブルの上に鎮座するのは三十センチ四方の立方体。表面には金色の断熱材サーマルブランケットと、ソーラーパネルが貼り付けられている。これはキューブサットと言われる小型衛星。この衛星は従来の大型衛星に比べ、製造・打ち上げ費用が安く、大学などの研究機関でよく作られている。近年は企業も活用しており、有名なものでは米SpaceX社の衛星通信網スターリンクがこのキューブサットで構成されている。
町田は誇らしげに、キューブサットの上に手を置く。
「これはね、うちの大学で開発したキューブサット、べこ一号だよ。地球周回衛星で、これを近く打ち上げる予定。これにはカメラが実装されていてね、解像度が低いけど地球を観測することができる。この研究には複数の学生が関わっていて、この木村君もその一人。彼は大学院生で、衛星のデータ送受信のプログラム担当。プログラム自体はすでに出来上がってる」
「それはすごい!」
航平はつい声を上げた。学生で衛星通信のプログラムを作れることに、本心から驚いたのだ。航平の賞賛に、木村は照れたように頭を掻く。
「いえいえ。プログラムのサンプルはキューブサットを購入した時についてきまして。それを今回のプロジェクトに合わせただけです」
「いやいや、それでも学生で作れるなんてすごいよ」
航平に再度褒められた木村は、えへへと頬を緩ませる。
どうやら、この子は中々素朴な学生のようだ。
「それで」と町田は続ける。
「データ受信のプログラムはあるけど、それだけじゃ足りなくて。この研究室出身の大空君ならわかっていると思うけど、衛星とは自由にいつでも通信できるわけじゃない。通信できる時間帯があるんだ」
衛星が地上と通信を行う際、衛星側からアンテナが視えている必要がある。この時間帯を衛星可視時間という。特に地球を周回している衛星は高速で移動しているため、可視時間が十分前後と非常に短い。そのため、可視時間をあらかじめ計算して、その時間帯に合わせて、アンテナを衛星に向け通信を行う必要がある。
「大空君の会社には衛星の軌道計算と通信する時間帯を表示するソフトウエアを作成してほしい」
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