ワン・オブ・ゼム

和泉茉樹

第0章 人であった頃

0-1 まだ人間だった頃

      ◆


 かすかに虫が鳴いている。

 夜の空気には昼間の熱気が残り蒸し蒸ししていた。自然、肌に汗が滲む。

 草むらの陰に身を潜めて数分が経っている。私は先を進む四人組をヒタヒタと追っていた。果てることのない木立の中で下草も手入れがされていないために、ともすると見失いそうになる。距離の取り方が難しい。

 彼らは自動小銃で武装している。しかしそれ以外はそこらにいる農民と大差ない。つまり民兵だ。

 一人の腰には小型の無線機が月明かりの中で見て取れた。無線機を使われる前に片付ける必要がある。見覚えのあるモデルで、設定次第ではスイッチを一つ入れるだけで警報を発せられる仕様だ。

 私に与えられる時間は短い。

 どこかで狼の遠吠えがする。

 四人組が足を止め、何か話し始めるが声は私までは届かない。

 しかし都合がいいことに、一人が他の仲間に笑われながら離れていく。用を足しに行ったのだろう。その場に残った三人は談笑しながらタバコを吸い始めた。彼らの口元で赤い光が灯ったり消えたりするのを横目に、私は一人きりになった男へ近づいていく。

 その一人は適当に木の幹に向かって放尿している。

 決断というほどのものもなく、必然の行動を選び私は男の背後に迫った。

 男が振り返ろうとした時には遅い。

 片手で背後から口元を覆い、もう一方の手で抜いたナイフの刃が首を掻き切る。

 血が少しだけ吹き出し、名前も知らない草にボタボタと音を立てて落ちた。私はといえば、一瞬だけ硬直した次には脱力して倒れようとする男をそっと地面に寝かせた。

 休んでいる暇はない。

 長居は無用、私は取って返して、他の三人の元へ戻る。すぐに彼らは仲間が戻ってこないことに気づくはずだ。これで状況は動き出した。

 足音を隠し、枝を踏むことにさえも神経を配り滑るように進んでいく。

 三人はまださっきの場所で喫煙の最中だった。

 私は位置を選んでから、足元に落ちていた小石を拾い上げ、素早く投げた。

 宙を飛んだ石は木の幹にぶつかり、音を立てる。瞬間、三人の男が口をつぐみ、そちらを見て、周囲を確認し始めた。三人ともが自動小銃を構えて銃口を周囲に巡らせても、彼らには私が見えてない。

 言葉がやりとりされ、一人が離れていく。私が仕留めた一人の様子を見に行ったのだ。これで私が先に対処すべき相手は二人になった。

 呼吸を整えながら、拳銃を引き抜く。小型で高性能の消音器が装着されている。

 葉ずれの音も最小限に、私は飛び出していく。

 先に狙うのは無線機を持っている方だ。男の背後で低い姿勢で銃を構え、小刻みに二度、引き金を引く。

 一発は後頭部、一発は背中に当たる。悲鳴もない。即死だ。

 それでも男の口から短い呻き声のような音が漏れた。もう一人が異常に気づく。

 振り返った男と私の視線がぶつかる。

 亡霊でも見たような表情の男は、わずかに反応が遅れた。その間に私はまた二度、引き金を引いている。

 咄嗟のことだろう、男は自動小銃を顔の前に掲げた。拳銃弾がぶつかり、火花が散る。もう一発は男の腹に当たっているが、男は極度の興奮状態で負傷など気にならないようで、こちらに自動小銃を向け直してくる。

 私は慌てなかった。訓練の賜物、数え切れない実戦経験から、冷静に照準、発砲。

 男は引き金を引く前に私に撃ち倒された。額に穴ができ、クタクタと倒れこんだ。

 まだもう一人いる。ちょうど下草を掻き分ける激しい騒音とわめき声が近づいてくる。

 男が飛び出してきて、仲間の三人が倒れており、その真ん中に私が立っている光景に凍りつく。

 間抜けな顔に照準。その顔に絶望の色が表出する。

 構わずに引き金を引けば、男は眉間の銃創から血を引きなら倒れていく。

 静寂が戻ってきた。しかし休んでいる暇はない。私は拳銃からまだ残弾のあるマガジンを抜いて、それを回収しておきながら、新しいマガジンを入れ直しておく。

 倒した敵から自動小銃を二丁と、そのマガジンを四本、回収する。死体を漁っている時間が惜しいが、それでも非常食らしい焼き菓子も奪っておく。それにしても、シケたものしか持っていないじゃないか。

 私は首に巻いている通信装置で仲間と連絡を取る。

「こちらジェーダ・フォー。ルーク、聞こえるか」

 傍受される心配のない最新の暗号だが、ノイズが混ざっている。あまり良い兆候ではない気もする。気候のせいか、通信装置の不具合か。

 何度か呼び出しながら、私は両手に自動小銃を抱えたままで合流地点を目指す。仲間はすでにそこに辿り着いているはずだ。

「ルーク、聞こえているか。こちらジェーダ・フォー」

 指揮官であるルークがすぐに返答を寄越さないのは不吉だった。

 強いノイズの後、やっと返事があった。

『こちらルークだ。無事か、ジェーダ・フォー』

「無事だよ。合流地点へ向かっている」

『こちらからは追撃部隊を足止めするためにジェーダ・ファイブとセブンが離脱している。合流地点に変更は無しだ』

 追撃はかなり激しいようだ。もうかれこれ四日、この森林地帯をひたすら行軍しているが、どこまでも追われそうな気になる。

 ここパラダ王国では正規軍と、そこから離反した非正規軍が激しい戦闘を繰り広げていた。趨勢はやがて正規軍の不利に傾き、そのうちに非正規軍は支持者を民兵として戦場に大量に取り込むことに成功した。

 もはやどう見ても、正規軍は敗勢だった。

 私は民間軍事会社の一員としてパラダ王国正規軍の訓練を請け負っていたのが、途中から現場指揮を任され、気づいた時には少数の正規軍の兵士と共に本隊から孤立していた。まさか自分たちが囮にされるとは思わなかったのは、私たちに王子の一人とその親衛隊が付属したからだ。

 今は少数で森林地帯を抜け、会社の方で用意した離脱地点へ向かっているが、状況はいいとはとても言えない。いくつも班に分かれた民兵が連絡を取りつつ夜闇に紛れて追跡してくるのは、いずれ手に負えなくなるだろう。

「合流地点で会いましょう、ルーク。そちらも気をつけて」

『了解、ジェーダ・フォー。以上、通信終わり』

 話している間も私はひたすら走っていた。下草を突っ切り、木の根を飛び越え、砂利を跳ね飛ばし、しかし出来るだけ静かに走るという矛盾に挑戦していた。

 人間離れした動きを現実のものとしているのは、最新鋭の装備による。

 基本装備の戦闘服は本来は薄いながらも高性能の防弾パネルを装備しているのだが、今はない。機敏な動きを阻害するから取り外したのだ。私がまとっているのは戦闘服の中でもアンダーカバーと呼ばれる軟性部品だけだ。これだけでも運動能力を補助をする機能がある。もっとも、バッテリーは心もとないが。

 斜面を滑り降り、月光を照り返す小川を水を蹴立てて渡る。

 首に巻いている通信装置、環境情報共有端末が、合流地点の方位と、指揮官であるルークの位置情報を音声でガイドしてくる。多機能グラスとも同期できるのだが、多機能グラスはこういう時にはつけたくない。周囲を把握するのに都合が悪い気がする。気がする、などという理由は通らないかもしれないが、誰も見ていないのだから構わないだろう。

 斜面を駆け上がっている途中で、どこかで笛の音が聞こえたかと思うと、次には銃声が響いてきた。自動小銃のフルオート、それも二丁。それにまた笛の音。

『こちらルーク、ジェーダ・フォー、聞こえるか』

 通信が入った時も、私はひたすら走っていた。

『襲撃を受けている。切り抜けられるはずだが、合流地点を変更する必要がある』

「現在地の座標を教えて。側面をつく」

『お前一人では無理だ。先へ行け』

「しかし」

『命令だ。通信終了』

 通信が切れ、沈黙がやってくる。いや、銃声は鳴り止まない。

 環境情報共有端末が新しい合流地点へ私をナビゲーションし始めた。私は舌打ちして、体を動かしながら考えた。

 私が戦場へ飛び込んだところで、ルークが言う通り、大きな変化はないだろう。

 しかしこのまま一人で逃げるのは……。

 一度、足を止めて額の汗を拭う。両手に保持していた自動小銃も地面に下ろす。腰のポーチの中から紙の地図を取りだす。かなり精密な地図で、正規軍が使っているものだ。環境情報共有端末に現在地の座標を聞き、地図と照らし合わせる。次にルークの居場所も推測する。

 地図から高低差を読み取り、向かう先を決めた私はまた自動小銃を手に駆け出した。

 仲間を見捨てることなどありえない。

 仲間を見捨てるくらいなら、死んだほうがマシだ。


(続く)

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