第7話 魔法陣とプログラム
仕事に従事する時間は、8時から16時という事になった。
時計はかなり前に発明されているのだが、高価なため一般家庭には殆ど無い。
そのため、殆どの町には時計塔という塔があって一番上に鐘が取り付けてある。
時計塔の一番下には置時計があって、領主の管理下で昼間は2時間に1度ずつ鐘が鳴らされるのだ。
朝6時に最初の鐘が1回、8時に2回、10時に3回という具合に、2時間ごとに鐘の数が1回ずつ増していき、18時に7回まで鳴らされている。
朝6時の鐘を一の鐘、8時の鐘を二の鐘というように、鐘の回数によって七の鐘まで名前が付けてみんな区別している。
俺の仕事の終わりは16時だから、その後は自由にしていいらしい。
奉公とは言っても、いくらかかのお給料がもらえる。
マルコさんからは、1カ月間1,250リルがもらえることになった。
日本のお金に換算すると1万2千円くらいになるのだと思う。
この国の通貨は全て硬貨だ。
銅貨1枚が1リル、
大銅貨1枚が10リル、
銀貨1枚が100リル、
大銀貨1枚が1000リル(1ガリル)、
金貨1枚が10ガリル、
白金貨1枚が100ガリルだ。
銅貨1枚が10円に相当するくらいの感じ。
ちなみに通常の買い物は”リル”を用いるのではなく、貨幣の枚数が使われる。
その上の単位があるのかどうかは知らない。
食事は魔道具屋の奧にあるマルコさんの自宅の食堂で、ご家族と一緒にいただくことになった。
マルコさん夫婦と子供たちは4人が向かい合って座っており、俺に用意してくれた椅子は新調したのか新しい。
当初、自分たちの椅子の間に俺の椅子を滑り込ませていた二人の娘たちだったが、マルコさんの強い反対でテーブルの側面に配置されることになった。ありがとうマルコさん。
(しかし、賑やかな食卓だったな)
食事を終えた俺は、部屋に入って魔道具を手に取って見ていた。
辺りは暗くなっているが、魔道具屋さんだけあって光の魔道具が部屋に取り付けられている。孤児院にある菜種油のランプに比べてとても明るいので嬉しい。
片づけられずに棚に置いてあった魔道具の1つは、組み立てがされておらず簡単に中を見ることが出来た。
すぐに目に入ってくるのは魔石だが、この魔石は色が灰色になっているのでもう魔力は残っていないのだと分かる。
そしてその魔石から延びる模様のようなライン、これが魔道回路といわれるものだろう。孤児院でも大まかなことは教わったので俺にもわかった。
地球の知識を当て嵌めると、これがヒーター線のようなものに感じられる。
魔石と魔道回路の間には小さなボックスが組み込まれている。この中身が何をするものか解析できればいいのだけれど。
俺には先日、異世界の技術者の知識が追加された。その知識で考えていたことを実踐するために、MRアダプタを頭に装着した。
装置が起動し、目の前に複合現実空間が表示される。
このMRアダプタには画像認識に加えて、その当時最新のAI機能。それに、プログラムの命令コードを推測する解析機能まで組み込んである。
未知の言語で書かれたプログラムを入力しても、それがどのような機能を持った何のプログラムなのかを導き出すことが出来る優れた機能だ。
魔道具のボックスの留め金をゆっくり外すと、その内部には強化紙に描かれた魔法陣が姿を現した。
この魔法陣がもしもプログラム的な動きをするものだったら、この装置の解析機能で何かが分かるかもしれないのだ。
「えーっと、 ……アルゴリズム解析、同時に構造化言語コード展開」
プログラムの計算方法を解析するコマンドと、プログラムコードへの変換を行う命令を音声コマンドとして発声する。
『アルゴリズム解析とコード展開を同時進行します』
・
・
・
『解析とコード展開が終了しました』
目の前にウインドウが開き、見慣れたコンピュータ言語のプログラムが次々と表示されてゆく。
(おお! プログラムコードに変換ができる!)
「……なになに?」
出来上がったプログラムを見ると、これは温度制御のプログラムだろうか。この魔道具は暖房器具の一種なのだろう。
俺の脳内に形成された知識によって、MR装置への音声コマンドの入力方法や、プログラムコードの読み方がすんなりと頭の中に浮かんでくるのが不思議だ。
「キーボード、オン」
さらに、仮想画面上にキーボードを表示させる。
温度制御の精度は大雑把で、約5℃単位で制御されているようだ。俺はもっと精度を上げたプログラムへと書き換えてみる。
そして再度魔法陣へと変換させてみた。
「魔法陣へ変換」
魔道具の中の魔法陣と同じ大きさで、一部が書き換えられた魔法陣が仮想空間上に重ねて表示された。
魔法陣とプログラムは相互に変換が可能であり、修正したプログラムを再度魔法陣に変換することも可能なことが判明した。
この世界初の、魔法陣プログラマーが誕生した瞬間だった。
◇◆◇
次の日、俺はマルコさんに連れられて商業ギルドに出向いた。
魔道具店の経営は商業ギルドに登録した者でないと許可されていない。そこで働く従業員も登録制になっており、俺も登録が必要との事なのだ。
「マルコさん良かったですね。アルフレッド君が仕事を手伝ってくれば、色々と楽になるんじゃないですか?」
申請書類を受け取った窓口の職員が、マルコさんに話しかけている。
「これから色んな事を教えていくつもりだよ。彼は魔道具に興味があるようでね、私は彼に期待しているんだ」
「ギルドにはマルコさんの店の従業員という形で登録する事になるが、それで良いかな?」
「はい」
商業ギルドには主従関係を一緒に登録する事によって、保証制度や利益の分配を予め明確にし、トラブルを未然に防ぐ事ができるのだという。何だかよく分からないが、そういう事なのだろう。
「最後に本人の登録をするから、このプレートに両手を当ててくれるかな」
書類の確認が済んだら魔力検出板のようなプレートがカウンターに置かれた。真ん中に新しいカードを置き、その両側に手を当てるように指示された。
(魔力は無い事が判っているが、そんな俺でも登録が出来るのだろうか)
心配そうな顔をしていたのが分かったのかもしれない。
「ああ、これはね魔力を扱うものではないんだよ。人間の手には
(まさかの指紋認証だった!)
何で両手を登録するのかといえば、何らかの理由で片手が無くなっても本人の確認ができる様にとの事だ。なにそれ怖い。
それから少しして、1枚のギルドカードが手渡された。
「このカードは商業ギルドカードと言って、商売で得た利益などをこのカードに記録する事ができるんだ。お金を預けることも可能だし、この国のどの町でも同様に利用ができる。身分証明にもなるし、その他にも色々と使い道があるので後は追々説明をするよ」
マルコさんの説明に、ギルド職員が補足する。
「このカードは大切な物だから絶対に無くさない様にする事だ。もし無くした場合は誰かが拾って届けてくれるのを待つか、再発行をするかしか無い。再発行には大銀貨1枚が必要だ」
(再発行代が結構高いな。覚えておこう)
地球の知識からすると、銀行のキャッシュカードと、身分証明用のカードが1枚になったものと考えれば解りやすい。
「さて、商業ギルドにも登録が済んだから、店に戻るとしますかね」
マルコさんは商業ギルドの出口で小さく背伸びをすると、俺に店の方向を目指して歩き出した。
俺も「はい」と返事をして付いて行く。
「マルコさん、このギルドカードも魔道具ですよね?」
「そうだね、これも魔道具だよ。でも普通の魔道具店では扱えない特殊魔道具なんだ」
特殊魔道具は商業ギルドカードや冒険者ギルドカード、王宮が管理する通信魔道具などがある。
先日魔力テストを受けた時の魔力検査板も、特殊魔道具の1つだ。
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