第二章 ルナの町
第6話 魔道具屋
それはほんの10分ほどの時間で行われた。
カチューシャ型のMRアダプタから放出された他の人間の脳内データはアルフレッドという人間の脳の中に知識として定着されてしまったのだ。
これまで10年間生きてきたアルの記憶が無くなった訳ではなく、未使用の記憶領域に、日本の技術者の知識が追加されてそれらが融合したようなもの。
これはアルにとって、なんとも不思議な感覚だろう。
◇◆◇
放心状態から何とか立ち直った俺は、これからどうすればよいのか考えていると朝の鍛錬を終えたジムが体を拭きながら部屋に入ってきた。
そしていきなり吹き出した。
「ぷふっ、何やってんだアル……まあな、お母さんが恋しくなったのは分かるけど、普通は女が身に付けるヘアバンドだから、そのまま食堂に行くのはあんまりお勧めしねーぞ」
そこでやっと、MRアダプタを付けたままだったことを思い出した。いや、これを外したら俺の頭の中は元に戻るのではないか。恐る恐るMRアダプタを外してみた。
「ああ、外しても何も変わらないな」
「そりゃそうだよ。それを付けたってさ、お母さんの事が頭に入ってくる訳じゃないんだから」
妙に核心に迫った事を言う恐るべしジム君。入って来たのはお母さんの事ではなくて、28歳のおっさんの知識だったんだけど。
「そ、そうだね」
俺は咄嗟にはぐらかしていた。とりあえず別世界の人間の知識を得てしまったことは、暫く誰にも秘密にすることを決めたのだった。
俺はこれまで手先が器用なこともあって、木工屋や金物屋なんかに仕事の手伝いで行ったことがある。
木工屋では材料の運搬や切断、カンナ削りもやったことがあった。金物屋だったら一番多いのは包丁砥ぎである。また、集金はできないけど配達だけならよく任せられていた。
しかし、この街にはもっといろんな店があるし、いろんな職業の人がいる。
日本人という異世界人の知識を手に入れてしまった俺は、一番興味が湧いたのがこの国の魔術師。
そして次に興味が出たのが魔道具師だった。
魔術師はエミーたちが目指すことになったが、魔力が無ければなることができない。そして俺には魔力が無いことも判っている。
そうすると、魔道具師という選択肢が最有力となる。魔道具も魔法と同じように、魔力を持たない人が使用する事で魔法と同じような事ができる。
俺は早速、魔道具屋に奉公に行きたいことを、シスター長のマデリーン先生に相談することにした。
次の日、シスター長に呼ばれた俺は、魔道具屋のご主人が大変喜ばれたと聞かされた。
この町では魔道具屋を志す若者が今までいなかったとの事。若い子がこの仕事に興味を持ってくれたのがとても嬉しかったようだ。
「魔道具のご主人はマルコさんと言って、大変気さくな方でしたよ。孤児院の子供の中に、魔道具に興味がある子供がいると話した時は、立ち上がって喜んでおられました」
早速明日からでも来ていいと言われたらしい。明日までには物置になっている部屋をなんとか片付けて、寝泊まりが出来るようにしておくからとの事だった。
その日の夜に、ジムが話しかけてきた。
「アルが明日から奉公に出る事が決まったって聞いた時、急な事でビックリしたけど、何で魔道具店になったんだ?」
「いやね、実は魔道具には前から興味があったんだ」
「そっかそっか。アルの進路がなかなか決まらないから、ちょっと心配していたんだけど、やっと決めたんだな」
「ジムの方はどうなのさ、見習い騎士に志願するって言ってたけど、試験とかがあるんだろ?」
「来週の土の日に入団試験があるから、それを受けようと思ってる」
入団試験では体力測定に加えて剣技の試験があるそうだ。毎朝の練習はこの剣技の試験を見据えてのものだったらしい。
「ジムだったら力が有るし、きっと大丈夫さ」
「だったらいいけどな」
(今は自信と不安が入り混じっているようだな)
この国の1週間は6日間だ。週の初めから金の日、火の日、水の日、木の日、土の日、ときて週末が陽の日だ。
陽の日が地球で言うところの日曜日と同じで、体を休める日となっている。
ちなみに、この国の1年は360日で、4つの季節がある。春は芽吹きの季節、夏は成長の季節、秋は収穫の季節、冬は休息の季節とも言われている。
そして、1年の始まりは芽吹きの季節から1月。1カ月は全て30日で休息の季節の終わりの月が12月だ。
次の日の朝、二の鐘が鳴る8時になるのを見計らって、俺は魔道具屋にやってきた。荷物といえば、肩に掛けた布袋1つだけだ。
「おおっ、君がアルフレッド君かな? 早速来てくれたんだね、待っていたよ!」
店の中に入ると、軽快な声とともに奧のカウンターから30歳くらいの男の人が出てきた。
「初めまして、孤児院から来ましたアルフレッドです。皆からはアルと呼ばれています」
慌ててお辞儀と挨拶をする。
「うん了解了解、私がこの魔道具店をやっているマルコだ。 ……おーいエレノア! 来てごらん。昨日話をしたアルフレッド君が、早速来てくれたよ!」
「あら、早かったのねぇ」
「僕らもアル君って呼ぼうかな。紹介するよ、僕の妻のエレノアだ、宜しく頼むよ」
「これから宜しくね、アル君」
おっとりした感じで奇麗な奧さんだ。
「こちらこそ、宜しくお願いします」
「うちにはあと二人、7歳と5歳の娘がいるんだ。二人ともお転婆さんで、上の子がティナ、下の子がリサというんだ。今はお使いに出てるから居なくてね、帰って来たら紹介するよ。先ずは……部屋を見てもらおうかな」
こっちへ来てくれと案内された部屋には、色んな物が置かれたままの物置の様な部屋だったけれど、埃っぽさはなく昨日のうちによく掃除がなされているようだった。
「片づけられない魔道具がたくさんあってさぁ、ちょっと狭いんだけど我慢してね。拭き掃除とかは昨日しっかりやったから、汚れてはいないと思うよ」
「アル君、ごめんねぇ~、主人がいきなり明日から寝泊まりできるように片づけてって言うものだから慌てちゃってねぇ、全部は片づけられなかったのよぅ」
マルコさんはどや顔だけど、奧さんの方は申し訳なさそうにしている。
「……寝るところさえあれば大丈夫です」
それから家の中を案内され、居間のような所で今後の仕事の内容について説明を受けた。
魔道具屋の仕事は、一般家庭向けの魔道具の販売と修理。
大きくて複雑な仕掛けの魔道具は王都から仕入れて販売するそうだけど、比較的簡単なものはここの工房で製作もできるらしい。
常時在庫を揃えて販売するものは意外と少なく、それ以外は全て受注生産らしい。
「まずは、修理の手伝いとか納品なんかの簡単なものからやってほしいんだ。魔道具の故障は結構多くてね、修理の依頼はけっこう多いんだよ」
魔道具ってどんな構造になってるんだろうか? 聞く限り、地球で言う小物家電品みたいな感じがするんだけれど。
(興味があるな)
仕事内容の説明が一通り終わったところで、二人の娘さんたちが帰ってきた。近所に住んでいるお
「ねえねえ、お兄ちゃんて何歳?」
「え、5つも年上なの?」
「好きな食べ物って何?」
「じゃあじゃあ、嫌いな食べ物ってある?」
「なんでうちに来ようと思ったの?」
「魔道具好きなの?」
「恋人はいるの?」
いきなり、二人からの矢継ぎ早な質問攻めに合う。お父さんに“お転婆さん”と言わしめるだけの事はあるな。
「ごめんねアル君、昨日話をしたらこの子たち『私たちにお兄ちゃんが出来るー』って喜んじゃってねー」
「アルお兄ちゃんって呼んでいい?」
「お兄ちゃん、アルお兄ちゃん!」
(はいはい。孤児院の年少の子たちも、ここまで活発な女の子はいなかったな。お兄ちゃんって呼ばせても、大丈夫だろうか)
「べつに俺はいいですけど……」
助けを求めてマルコさんの方に目を向けると、何だか生温かい目で見られていた。エレノアさんの方はというと終始ニコニコ顔だ。
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