第4話 進むべき道

 今日も、いつものように四の鐘で昼食の支度をし、そして皆で昼食を摂った。


 その後、俺たち四人はシスター長から大事な話があるからと、小さな部屋に集められた。いつもは鍵がかかっていて子供は入ることが出来ない謎の部屋だ。


「さて、あなた達4名は今年で10歳になりました。今日魔力検査を受けたのもその歳になったからなのですが、実はもう一つ、10歳になったことで、あなた達に渡す物が有るのです」


 シスター長はそう言い終わると、後ろを振り返って棚に手を伸ばした。そして棚から大きめの木箱を引き出した。


「あなた達がここに預けられた時のことは前にも話しましたね。ジェームスとミラベルは別々の日でしたが、この孤児院の門の前で籠に入れられて私たちが見つけるのを待っていました」


 ジムとミラは、孤児院の入り口に籠が置かれていたそうだ、


「そして、アルフレッドとエミリーはコリント橋の下で、仲良く籠の中で泣いているところを道具屋のおかみさんが見つけて、こちらに届けてくれました」


 箱の中には更に4つの箱が入れてある。


「預けられる赤ちゃんが巻かれていた布や毛布の中にはね、名付けられた名前、そしてお母様や家族からの気持ちの込められた品物が入れられていることが多いのです」


 それは初めて聞いた話だ。


「そしてあなた達にも一緒に入っていたものをこれからお渡しします。あなたたちは10歳になりましたから、もう確りと自分で管理ができるでしょう?」


 シスター長は「ジェームス」と書かれた箱を取り出した。


「ジェームスと一緒に毛布に包まれていた物は、この名前を書いた紙と、そしてこれは剣のつばだと思うのです」


 シスター長が剣の鍔だと言った物は、かなり古いものなのか変形もあるし一部が欠けてしまっていた。父親が使っていた剣の鍔なのだろうか。


「あなたのお父様は、これが付けられていた剣の使い手だったのかもしれないわね。あなたがもっと大きくなった時に、この鍔の意味が分かるかもしれないわ。それまで大切にしまっておきなさい」


 ジムはそれらを恭しく両手で受け取っている。


「ミラベル、あなたにはこれをお渡しします」


 そう言ってシスター長は一つの箱を開け、2テール(20cm)ほどの長さの棒を取り出した。


「これは初級魔術師のロッドと言われるもので、魔術師が魔法の練習をするときに使うものです。今日の結果で私も確信しましたが、あなたのお母様かお父様は魔術師だったのではないかと思います」


 そしてどちらかの親が練習で使っていたと思われるロッドを、ミラが魔力に目覚めたときに練習に困らないようにと添えられていたものではないかと。


 ミラは下瞼を赤くしているが、なんとか涙を堪えているように見える。そして、受け取ったロッドの根元辺りを見た途端に目を閉じて、ロッドを両手で握ったまま抱きしめた。

 “私たちのミラベルへ”という文字が彫ってあったのである。


「次はエミリー、あなたにはこのペンダントが一緒に入っていたのです。中に何かが入っているようだけど開けることはできなかったの」


 ペンダントは何らかの金属でできていて、楕円形の形をした表面には小さな模様が刻んである。

 周囲に筋が入っているから、何らかの方法で開くのかもしれない。中に入っているのは両親の姿絵なのだろうか?


 エミーは何とか開かないものかと頑張っているが、びくともしないようだ。

 やがて小さくそして精巧な文字で『エミリー』と名前が彫られていることに気付き、目を閉じて思いに浸ってしまった。


「最後にアルフレッドだけれど、あなたには名前が判るものは無かったので、神父様が神託を受けて名前をお付けになりました。そしてあなたが赤ちゃんの時、手に握られていたものがこれなのです」


 箱から取り出されたものは、細い三日月のような形をした黒っぽい物だった。


「大きさからして恐らくこれは、頭に取り付けて髪が乱れるのを防ぐヘアバンドの一種ではないかと思います。多分あなたのお母さまが付けていたものでしょう。表面の加工がとても奇麗で精巧に出来ています」


 渡されたヘアバンドを手に取ると、母親の顔までは想像できないが、これを付けていた様子が何となく想像できる。何で俺は捨てられてしまったのだろう?



 夕食の後、俺とジムは部屋に入ってから今後の事を話し合った。

 この部屋は孤児院で最年長になった時に与えられる部屋で、男女は別々の部屋になっている。約半年前に上の年長者が居なくなってからは、ジムと二人でこの部屋に移っている。


「アルはどうするんだ? やっぱり冒険者になるのか?」


 魔力持ちだと分かった二人は、数日後には領主様の館に引き取られていなくなるだろう。そして俺たちもこの孤児院を出てゆかなければならない年齢になってしまった。

 孤児院を出てからの行先として、この町で一番希望者が多いのは冒険者だろう。


「冒険者になろうと思った時もあったけど、向いているかどうかも分かんないんだよね。ギルドに入れば、なかなか抜けられらくなるって聞くしさぁ」


 この国には冒険者ギルドというものが有って、10歳になるとギルド員として登録することが可能となっている。


 冒険者ギルドに登録すればFランク冒険者として依頼を受けることが出来るようになるし、依頼を達成すれば報酬ももらえるようになる。


 報酬の高い依頼は難易度も高くなり、Fランク冒険者が受けることが出来るのは、Fランク依頼までと限られる。


 Fランク依頼の報酬は1件当たり100リル程度だから、1日の食事代に消える程度にしかならない。


 どうして暮らしていくのかといえば、冒険者ギルドが運営する無料の寮で寝泊まりしながら、ランクが上がるまでの間はその生活を続けるしかないのだ。


「ジムはどうするのさ」


 まだ考え中だと言って、逆にジムに振ってみる。


「俺はさあ、今日剣の鍔を貰っただろう」

「貰ったって、あれは元々おまえの物だった訳だろう?」

「そうなんだけどね、なんか実感がわかなくてさー。そんで色々考えたんだけど、騎士団の見習い騎士に志願してみようと思うんだ」


 見習い騎士は騎士団の養成機関だが、狭き門だと聞いたことがある。


「うーん、でもあそこに入るのって結構難しいらしいぞ」

「ああ、それは解ってる。でも何とか騎士団に入ることが出来れば、今日貰ったつばがどんな剣の鍔か分かる人がいるかもだし、どんな人が持ってる剣なのかも判るかもしれないと思うんだ」


「それってお前の父親がどんな人なのかが、分かるかもしれないってことだよね」

「まあ分かればいいけどね。でも入れるかどうかは分からないから、先ずは試験を受けてみるってところからかな」


 その日は朝から色々とあったので、なかなか寝付く事ができなかった。

 隣でも寝具の擦れる音が繰り返されているから、ジムも寝付けないのだろう。

 南の森の方角から聞こえるフクロウの鳴き声が、今夜は妙に近く感じられて耳に障る。



 しかしながら、いつの間にか寝入ってしまっていたようだ。

 朝日はまだ昇っていないが、もうすぐ一の鐘が鳴る頃だろう。外がだいぶ明るくなってきた事からそれが判る。

 ふと隣の寝床をみるとジムがいない。起きてどこかに行ってしまったようだ。


「いつもは寝ぼけてなかなか起きないのに、こんな朝早くからどうしたんだろう?」


 そう思って独り言を言っていると、窓の外に人の気配を感じた。

 カーテンを開けてみると、なんと、ジムが真剣な眼差しで木刀を振っていた。


◇◆◇


 三日間は、あっという間に過ぎた。


 今日はエミーたちが領主館に行く日だ。エミーは孤児院を離れるのが辛いのか口数が少なくなったような気がする。


 いつもなら廊下を走るジムに「うるさいぞジム! 廊下は静かに走りなさいよ!」と言うのだが。


 いや、「廊下は走ったらダメだよ」とは誰も突っ込まないが……。

 あれほど口うるさかったエミーが、ここのところ廊下を走るジムに何もお咎めなしなのだ。


 ミラはというと、先日受け取ったロッドをいつも大切そうに持ち歩いている。そして時折周囲を見回して、手に持ったロッドを振っていたりするのだ。

 誰も見ていないと思っているのだろうが、なんだか微笑ましい。


 他の三人は、進むべき道を見つけられたようだけれど、何も決められていない自分が何とももどかしい。


 聖堂の入り口の石段に腰かけてどうするべきか考えていると、どこからともなくエミーが近寄ってきて、隣に静かに座った。


「今日でお別れだね」

「うん」


「領主館にはどうやって行くんだ?」

「領主様が馬車を出してくれるんだって」

「すごい! 馬車なんて初めて乗るよねぇ!」

「そうだね……、アル君は今後の事どうするか決めたの?」

「ううっ、まだ決めてない……」


 まだ決められないのだ。


「そっかー、進路を決めるのってとても大事なことだと思うから、じっくりと良く考えてから決めた方がいいと思うよ。決まったらそのときは教えてね」

「うん、でもどうやって?」


 領主館にいるエミーに、どうやって伝えればいいんだよと考えていると。


「そうだ、私……手紙を書くよ。アル君も絶対返事出してよね!」

「うん、分かった」

「絶対だよー」

「うん、絶対だ」


 領主館からの馬車は午後、昼食が終わった後の五

 昼食を食べる時にはいつものエミーに戻っていた。

 そんな感じがした。

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