第2話 孤児院の仲間たち

 木々の芽吹きが鮮やかな色になる頃、子供たちの元気な声が響き渡る場所があった。

 ここはグランデール王国のルノザール領、ルナという町にある小さな孤児院である。


 暖かくなり、体が自由に動くようになった嬉しさで、ついつい気分も高揚してしまうのだろう。


「アル、また冒険者ごっこをやろうぜ!」


 こいつはジム。俺とほぼ一緒に孤児院に預けられ、今年で10歳になったばかりの元気のいい仲間だ。

 青い瞳に黄金色の髪を持つ彼は、俺より少し背が高い。考えるよりも先に手足が動くタイプで、俺とは性格が異なるが何故か気が合う仲間だ。


「いいけどさ、あんまり力一杯に振り下ろすのは無しな!」

「分かってるって」


(こうは言うけど、多分コイツは言ったことをすぐに忘れるだろうな)


 ここには木刀がいくつか揃っている。冒険者のお兄さんたちが、剣の扱い方を教えに来てくれているからだ。


「うっしゃー!」

たっ!」


(やっぱりな。さっき言ったことをもう忘れているぞ、ジム)


 手加減なしに振りかぶった彼の一撃を、俺は何とか左にいなそうとしたが、ジムの振り下ろした木刀は千鈞せんきんの重みがあり、力負けして俺の左肘に強く当たってしまったのだ。


「あ、わりぃアル」

ってえよ、ジムー」


 当たった所を手で摩っていると、そばで見ていたエミーがジムを睨みながら大股で歩いてくる。


「ジム! あんた何回言ったらかんのよ! アル君はあんたみたいに筋肉バカじゃないんだから、もっと手加減しなさいよ!」


 この子は俺と一緒に橋の下に捨てられていたエミー、紫色の瞳の色が若干混じった銀髪の姉だ。


「アル君、大丈夫? ……ちょっと待ってね」


 同じ日に一緒の籠に捨てられていたから、彼女とは姉弟として育てられた。

 どちらも誕生日は判らない。単純に、俺の方が体重が軽かったので俺が弟、エミーが姉という扱いになったらしい。


 木刀が当たった左腕の肘に、エミーが優しく手を当ててくれる。彼女が手を当てると、何だかホンワカとして痛みがスーっと消えていく。


「エミー、ありがとう。もう痛くないよ」


 小さい時から、転んで手を擦りむいたとき、ジムとふざけて頭を壁にぶつけたとき、お腹が痛くなったとき、いつもエミーが痛いところに手を当ててくれる。

 そうするといつの間にか痛みが消えるのだ。


「エミーが居れば大丈夫」


 エミーと仲がいいミラは、口数が少なくて大人しい子だ。

 青い髪に深緑色の瞳を持つ小柄な彼女は、少々言葉足らずなところがあるため、言っている意味を理解するのに苦労する事も多い。


 ここルナの町は冒険者の集まる町で、孤児院はこの町の中央部に建てられている。ここは少し離れたルノザールという街にある領主様が直轄する施設だ。


 俺たち孤児は、5歳までは自由に遊んでいてもいいけれど、孤児院の外に出て遊ぶことは許されていない。

 そして5歳になると、午前中に知識と体術の教育を受け、午後からは作業場で作業の練習をするようになる。


 孤児院にはシスターが五名いて、読み書きや一般知識、算術などを教えてくれている。


 体術は一週間のうちに二回、冒険者ギルドから男女一名ずつの冒険者が来てくれて、遊びも交えながら色々と教えてくれている。


 午後からの作業練習は、自分の得意な分野を見つけたり技術を磨いたりすることが目的で、作業場で基礎的な作業を行っている。


 8歳になると、昼間は孤児院から街へ出て行くことが許されて、街の人たちの役に立つ見習い作業に出て行くことが出来る。

 10歳になると奉公先を見つけて孤児院を出なければならないから、そのための準備期間という訳だ。


 他の子よりも手先が器用な俺は、昨年から木工職人や革細工の職人の手伝いを行っている。


 雇ってくれたお店は、午後から夕方の作業に対していくらかの報酬を孤児院に支払ってくれる。

 これがこの孤児院の運営にどれくらい役に立っているか分からないけれど、足りない分は領主様が支援をしてくれているらしい。



「ジェームス、今日あなたはアルフレッドにケガを負わせたそうですね」


 シスターの中で最年長のシスター長が、夕食の前にジムに話しかける。

 俺たちがいつも“ジム”と言っているのは、“ジェームス”という本来の名前の愛称だ。ちなみに、俺の本来の名前は “アルフレッド” で愛称が“アル”。


 ジムはしまったなという顔をして下を向いているが、隣に座っている俺に横目で目配せをしてくる。


(ハイハイ、分かりましたよ)


「シスター長、私の方も悪かったのです。ジムも調子が出てくると力加減を忘れてしまう事が分かっていたのに、それを止められなかったのですから」


(苦し紛れだが、フォローを入れてみた)


「今日は大きなケガが無かったから良いのですが、当たる場所が悪かったら私たちでも直せないケガを負うこともあるのですよ」


 孤児院にいるシスターのうち、シスター長とシスターミリアの二人は回復魔法の“ヒール”が使える。

 孤児院の横には治療院も併設されており、毎日数人が治療に訪れている。


「わかりました、シスター長」


 ジムは反省した様子もなく応えていて、俺も苦笑いするしかないのだが、おそらく今日はこれで許してもらえるだろう。


「ジェームスもこの孤児院では最年長なのですから、自分の行動には責任を持たなければなりませんよ」


 そこで、皆への視線を一巡させたシスター長は、再度俺たちの方に目を向けた。


「夕食をいただく前に、もうひとつ伝えることがあります。明日はルノザールの領主様がこの孤児院を訪れる日となっていますね」


 領主様が来ることは聞いている。


「今年十歳を迎えた『ジェームス』、『アルフレッド』、『エミリー』、『ミラベル』、この4名は領主様の前で魔力検査を行うことが決まっています。明日の朝、二の鐘が鳴る前にこの4名は教会の聖堂に集まってください」


 領主様直々の訪問だから、くれぐれも遅れることの無いようにとの事だ。


 孤児院の夕食は六の鐘を合図に食堂に集まり、シスター長と共に神様への感謝の祈りを捧げて食事に入る。

 しかし、今日はジムへのお叱りと、領主様の訪問の話で前置きが長かった。


 みんな早く食べたいのでソワソワしているのに対し、俺とエミーは魔力検査の話で少し心配があった。


「今日の日も目前にこの食を賜りますことを、神様に感謝いたします」

「「「感謝いたします」」」


 食事が始まると、ジムは待っていましたとばかりに黒パンに手を伸ばす。


 領主様が年に一度この時期に、孤児院を訪れるのは意味がある。


 この国では王族や貴族が魔法を使えるのは普通だが、平民の者たちは魔法を使える者は殆どいない。

 魔法を使うための魔力を体内に持っていないためだ。


 しかし、この孤児院では魔力を持っている子供が過去に時々発見されている。


 この冒険者の町ルナは、“ルナ迷宮”のすぐ近くに位置しており、冒険者が多く集まる町である。

 小さな子供を抱えた両親が共に冒険者であることも多く、その場合小さな子供は孤児院に預けられる。もしも両親共に迷宮で亡くなった場合、その子供は孤児院が引き取ることになっているのだ。


 領主様が孤児院を建てて運営している理由の一つは、冒険者の血を引く子どもの中に魔力を持っている子供が稀にいるという事情があるようなのだ。


 この国では10歳になるとすべての民は魔力検査を受けなければならない。そしてそれは孤児院の子供たちも同じ。


 孤児院に預けられた子供が魔力持ちだと判定された場合は、領主様が引き取って、魔力制御の訓練や魔法の訓練を行なわせる事になっている。


 この国では魔術師の数も少なく貴重な存在で、色んな所からの引く手数多あまたである。給料も一般の人より数段高いらしい。


 毎年、この孤児院では三名から五名ほどが魔力検査を受けることになるのだが、魔力持ちはここ数年出ていないと聞いた。



「もしも…… もしもよ、この中の誰かが魔力持ちだって判定された場合、必ず領主館に行かなければならないのよねぇ」


 エミーが心配そうにみんなに聞いてくる。


「誰もいないんじゃねーのー、もう何年も前から一人も出ていないって聞くぞ?」


 ジムはまったく他人事のようだ。

 でも俺はエミーの事が気になっていた。


「領主館に行くのは決まっているけれど、まあ、二年間辛抱すればいいんじゃないか? その後はまたみんなと会えるんだし」

「そうだよね……」


 エミーは少し不安そうな顔をしながらも微笑んでくれた。


 ミラはというと黙々と食事をしている。この子は他人ひとより食べるのが遅いから、淡々と食を進めないと皆に遅れる。

 そして食べながらこう言うのだった。


「エミー、大丈夫」


 何がどう大丈夫なのかを詳しく聞きたいが、多分それ以上の言葉は期待できない。誰も聞こうとはしなかった。

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