笑う骸、迫る死者
「やぁ、待っていたよ――」
宇宙服のような装備、頭部が透明な半球で覆われており、そこからはニタァと笑っているかのような骸骨がうかがえる。
その姿は私の目に絶望の象徴とさえ映った。
足下には人のものらしき死体が転がっていた。
だがそんな事どうでもいいと言ってしまえるほどの恐怖を煽る代物が奴の周囲には出来上がっていた。
奴の背にそびえるフクロウの死骸の山。
死骸の数は少なくとも7つ。
私達を死の狭間へと追いやったあの生き物がズタズタに引き裂かれ転がっていた。
「感動の再会だっていうのにつれないなぁ」
おもむろにその場にいる二匹の化け物の頭をつまらなそうにつぶした。
「でももういいよ」
ゆらりとその骸の影が揺れる。
瞬く間に銀の光が私の眼前に迫った。
寸でのところで回避。
次の刃を受ける。
「今!」
私が刃を受け、エリックとノイアが重ねるように攻撃を突き立てる。
カッ
そのどちらもを片手のナイフそれぞれで受け止め、笑う。
「良い。良いよ。今回は品質まで高いなぁ」
「何なの貴方」
「別にぃ?誰でもないさ」
銀閃が私の体を掠め、体中の無数の傷が更に増えていく。
屈み、転がり、受け、私一人では反撃の余地など無かった。
だが、そもそも相手は私の手を軽く捻れるほどの力を持つ相手のはず。
それにもかかわらずこうして多少の思考を巡らせることができるほどの余裕はあった。
「ごめんね。ちょっと後回しにさせてもらうよ」
埒が明かないと、そう判断したのだろうか。奴はいきなり目標をマリアへと変更し、その刃を向け、走っていく。
「待て!」
エリックの叫び虚しく、彼は追えども引き離され、奴とマリアとのその距離はぐんぐんと縮んでいった。
奴は次の一振りが命を刈り取ることを確信するように一本のナイフを両手で握り込んだ。
振り下ろされる凶刃。
ガシュ
マリアの振り上げた刃が相手の刃の中腹を捉えた。
「んなっ」
本当に予想外だったのだろう、奴からは驚きに染まった声が漏れ出た。
意図しない力の作用を受け、刃が逸れる。
心臓を貫くはずだったそれはマリアの腕の表面を裂いた。
重心がずれてしまった奴の体から平衡が失われ、体は当然のようにそれを支えようと足を動かしていく。
その一瞬を捉え、奴の胴部分を槍が貫き、体を地面へと留めた。
瀕死は免れないであろう一撃を受けたその体は、初めから命など入っていなかったとでも言うかのように動かなくなった。
いきなり仕留めたはずの体が跳ねる。
そして奴のもつ刃を地面へと突き刺した。
するとどうだ、その場から煙の様な物が湧き出し始めたのだ。
「マリア!」
すぐさまエリックが彼女を抱きかかえ、離脱。
「良かった」
「早くここから逃げるわよ!それに敵も増えてきてる」
先程仕留めたはずの奴の辺りには煙のように胞子が立ち込め、そう時間はかからずに一層への通路は閉ざされるだろう。
その煙を浴びた死体が次々と起き上がった。
その様相は明らかにおかしい。
頭部の粘膜につながる部分から綿のような物が見えている者も居れば見た目は人間と大差ないような者もいた。
その化け物のうち、に大きな異常が見られない者は私達を見つけると自らの身体に刻みつけられた損傷など意に介さないというように走ってくる。
一方で綿のような物が見えていたものは虚ろに辺りを彷徨うだけだった。
「あっちからも来てる。急ごう!」
そして後ろからは頭部の粘膜から生えた歪な菌類でおぞましい様相をした化け物達がやって来る。
ノイアが指した方向からも何体もの化け物が迫っていた。
駆け上がったその先には三層入口まで案内をしてくれたあの金髪と赤茶色の髪の二人を含む四人組が居た。
初めて見る二人はそれぞれ青い髪と黒い髪のこれまた背の高い男。
「――くそっ」
何かをぼやく彼ら表情は焦燥に染まって見えた。
そんな彼らのうち、金髪の男の足には赤黒く染まった布が巻き付けられており、そこからは赤い液体が滲み出し続けていた。
こっちに気がついたようだ。
「なぁお願いだ。少し、手を貸してくれないか?」
赤茶色の髪の男が頼んでくる。
答えあぐねた私達の中で一切の迷い無く誰よりも先に口を開いたのはノイアだった。
「ごめん、それはできない」
「なぁ、二層で案内してやっただろ?あと少しなんだ。頼むよ」
「あのときは助かった。だけど無理」
赤茶の髪の男の懇願もノイアは突っぱねてしまった。
男は振り返り、二人の仲間へと視線を送った。
再びこちらを向いた彼は何かを決めたように口元をきゅっと結び、こちらを睨む。
そして武器に手をかけた。
「やめよう。ここで殺し合ったって何も産まない」
「すまないね。協力が得られないなら囮がいないと彼を助けられないんだ」
殺意とともに確かな意思を持った三人の男が剣を抜き、私達の目の前に立ちふさがっていた。
「後ろがもうすぐ来るわ」
振り返るとやはり煙とともに人形の化け物たちがこちらへと向かっていた。
時間は無かった。ここで彼らを殺さなければ死ぬのは私達。
「やろう」
・・・
殺し合いはあっけなく終わった。
簡単だった。
動くことのできない負傷者であり、相手にとって最も大切であろう人物を集中的に狙うだけ。
相手は確かに強かったが、それでも人数差を覆すようなものではなかった。
あっという間に相手の連携は崩れ、無力化までは更に短かった。
皆で選択したのはまたもや離脱。生き延びること、これが私達の最優先事項だったと思う。
「殺せよ」
「……ごめん」
彼らを放置し先を急いだ。
その後彼らがどうなったのかは知らない。
化け物に食い殺されたか、他の生物に殺されたか、化け物になったか。いずれにしても私には関係ない。
今この場にいる仲間の無事。これさえ残っていれば良いのだから。
帰還まではあと少し、これでやっと第一歩を踏み出せる。
そんなときだった。急速に失われていく力、何かよくないものが流れているような感覚が私を支配しだした。
目眩がして、体中の感覚もどんどんとなくなっていく。
倒れ込んだんだと思う。
自分の目に映っていた地面が近づき、止まった。
何かが飛び散る。赤い何か。
視界もだんだんと欠けていき、体中の水分が無くなっていくような感覚がする。
のどが渇いたな。お腹すいたな。
いい匂い、みずみずしくて、甘そうな。
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