死者の行進

「こんなにもサンプルがあるだなんて今回は贅沢だねぇ。いやー、ラッキーラッキー」


 三層入口の大穴から湧き上がる煙のようなものはその大穴を覆うように広がっていく。

 飛び回る胞子の中から拡声器を介したような音を響かせ一人の影が現れた。


 足下には首から血潮を噴き上げている亡骸、もうすぐただの肉塊になってしまうであろう物が既に5つ転がっている。


 全身を宇宙服のようなもので覆ったその人物。いや、人間と呼べるのだろうか、頭部に当たる部分を覆う透明な半球の中心には肉のない骸骨がいた。

 ケタケタと笑うように、カタカタと顎を鳴らす様に。


 そいつは分厚い両手袋の内側にナイフを握り、ハグを求めるかのように両腕を広げ、一人の下へと向かって行く。


「いただきまーす」


 辺りに張り詰めた緊張の糸を弾くように近くの人物の足を切りつけた。

 支えを失ったその体は倒れ、抵抗する間さえも無くその心臓に刃を突き立てられ、そのまま事切れる。


 かの人物はその鈍そうな見た目とは裏腹に瞬く間に獲物との距離を詰めていく。まるで霧のように。

 一人、また一人と命の糸をちぎっていった。


 大振りに薙ぎ、喉笛を掻っ捌く。

 肉を削ぎ、枯れていく獲物の姿を観察。

 突き刺した刃をゆっくりとゆっくりと沈める。


「あっははははははははははははは」


 自らの最期にもがく様子を楽しむように、気味の悪い機械音がこの場の混乱と喧騒の全てを飲み込んでこだまする。



 肉の無いその顔も至上の愉悦に浸っているかのように喜色に染まり、醜悪に歪んでいる様かのな錯覚さえ与えた。


 

 一人、また一人と倒れ伏す。


 


 そして、一人また一人と起き上がっていった。



 起き上がった亡骸達。

 頭部の粘膜という粘膜から歪な菌類を生やし、全身の皮膚が枯れているような姿をした彼らは何かを探すように辺りを這い回っていく。



 おっと。這い回る彼らのうちの一人が何かを見つけたようだ。


 見つけたものは人間の女。

 全身に負った細かな傷から漂う甘い香りがその肉をより美味しそうに引き立てていた。

 恐怖に怯える彼女の右腕をその枯れかかったような手で掴む。


 ゴキリ。


 決してか弱いと言えるようなものではないその腕が折れる。

 その腕を掴んだままその化け物は獲物を引き上げる。

 下から上へとその匂いを堪能するように頭を動かし、その頂点でその顎を下ろし、大口を開け喰らいつく。


 一口目、獲物のそのやわからな乳房をかじり取る。その痛みから少しでも逃れようとする彼女の腕が更に砕けていく。

 二口目、響き渡る絶叫が煩わしいというように喉笛を噛みちぎる。喉元に露出した穴からはヒューヒューとただ空気が漏れ続ける。

 三口目、掴んだ右腕の肉に噛み付く。つなぎとめる物を失い、むき出しになった骨が胴から離れていった。

 

 落ちた食べ物にはもう興味が無いと言うようにただの肉塊へと成り果てたそれから意識を外し、また辺りを探っていく。


「かわいいいねぇ。おーよしよしよし」


 おおよそ普通の感覚では可愛いなどと到底思えないような様相をした化け物たちの頭を、買ってきたばかりのペットをあやすように撫でる。


 グシャ


「あ、やっちゃった。もったいない」


 少し手が滑ったとでも言うかのような口調で撫でていた化け物の頭が潰れたことを嘆く。

 それでもすぐさまそんなことはどうでもいいと向き直る。


「さぁ、皆ーお使いの時間だよー。逃げ出した餌とお友達を探しておいで」


 パンパンと手を叩くと化け物たちは一斉に散り、逃げた獲物を追っていく。


 その場に残ったのはこの惨状の元凶。


「うーん。僕はこのあとどうしようかなぁ」


 一瞬の逡巡の後、思い立ったように暑い手袋に覆われたその手を叩く。


「そうだった。別に皆の行き先は一緒なんだから迷う必要なんて無いんだった」


 そう言って一切の迷いなく歩を進めていく。


 新しいおもちゃを貰った子どものように。




 逃走を図る獲物がここに四人。

 傷に覆われた体を酷使しながら淡い光が取り囲む中をただひたすらに突き進んでいく。


 安全だという幻覚に囚われていたことに覚える恐怖に駆られ、とにかく生きて帰ろうという目的の下、走り続けていた。


 彼らは運が良い。

 なぜなら道を妨げる敵の存在を感知することができたから。


 索敵特化のメンバーの指示を軸に次々と、遭遇を回避していく。


 それでも遭遇は避けきれない。

 現れたのは一層でも見たものだろう狼。


 その首をすれ違いざまに落とし、処理し、体の崩れる音を背中に走り去る。


 その間も常に彼らの全身に刻み込まれた赤いヒビ割れがその亀裂の根を広げ、彼らを蝕んでいく。


 痛みに歪む顔を必死に歯を食いしばり抑え、蹴る。


 彼らの視線の先にそびえるは大穴へとその体を伸ばしており、雲ほどの大きさを誇る大木のような菌株。


 生存への足がかり、唯一の経路。

 大量に流れ出るアドレナリンを燃料に大株が放つ希望の光にさえ見える様な光が満ち、内部を照らす大穴へと走っていく。



「やぁ。待ってたよ。待ちくたびれたよ」


 希望の光となり得るはずだったその場所は既に暗く染め上げられていた。


 逃げてきた四人の生存に対する焦燥の元凶。

 かの人物が自分のそばにフクロウの巨大な死骸で山を山を築き、それを人の形をした化け物にちぎっては与えながら座っていた。



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