チェックポイント
三層の入口となる大穴。この場所はやはり地図が表す場所から大きく外れていた。
だが幸いにも案内をしてくれた二人組がいる。
僕達を案内してくれた彼らによるとこの場所は一時間に30センチメートルほど地形がどこかしらの方向に向かってずれていっているらしい。
どうやら僕達は賭けのようなものに勝ったみたいだ。
「ありがとう。二人共」
「はいよ。じゃあな」
簡素なやり取りを以て案内をしてくれた二人の青年と別れた。
「やっと着いたな」
「これで折り返し」
終始警戒を解けずにいたんだろう。エリックとラヴィはようやく緊張がほぐれた様子だった。
三層入口。そこには多くの人間が集まっていた。
しかし先行したチームの総数より遥かに少ない。
目算にして先行した人数の約40%といったところか。
そして残りは死んだんだろう。そう思うと僕らは運が良かったと言えるんだろうか。
早々にお互いを称え合う者も居れば大切な人物を失ったのだろうか今この場で自らの喉笛を掻っ捌く者さえいた。
不意に、休息を取っている三人を置いて観察をして歩き回る僕に二人組が話しかけてくる。
「君達、いま来たのかい」
「そうだけど何だい」
こんな場所でわざわざ話しかけてくるのだ、よほどのことなんだろう。一体何があったのか。この場所の平和さ、安全そうな雰囲気そのどれもがまやかしだとでも言うのだろうか。
そう気を引き締めながら彼らの声に耳を傾ける。
曰く
「実はさ、僕達仲間を二人失ってるんだ。それでもし良ければ帰還の時に君達に同行させてほしいんだ」
だそうだ。
本来彼らもこの場所へ自己責任で以て来ているはず。
助ける道理なんて微塵もない。
それでも彼らの焦りや不安、怯えのようなものが全身から伝わり、その様子に既視感のようなもの、情のようなものが芽生えてしまった。
仕方がない。皆には後で説明すれば良い。僕だけが怒られれば問題ない話。
「分かった――」
「だめよ」
僕の声を遮ったのはマリアだった。道中おおらかだった彼女からは想像もできないような剣幕で二人を睨む。
「ここに来るリスクもこんな場所で見知らぬ赤の他人を助けるデメリットもあなた達は分かっているはず。さ、今すぐここから立ち去りなさい」
「クソが」
「そう言うところよ」
踵を返し、彼女は僕の腕を掴んでラヴィたちの下へと戻っていく。
「いい?明確に大きなメリットが無い限り会ったばかりの赤の他人を信用しちゃだめ」
「だって。あいつらかわいそうだったじゃんか」
「ならその判断でラヴィちゃんが死んだ時貴方はそうやって言い訳できるの?」
「……ごめん」
僕を引いていく彼女の姿は道中あれだけ煽りからかった相手のものだと言うのにとても頼もしく見えた。
「ノイア、どこいってたの?」
「えーっと……」
「この子観察に夢中になって私達を見失ってたのよ」
驚いてマリアを見る。
(話を合わせなさい)
「えへへ、実はそうなんだよ。ごめんね勝手にどっか行っちゃって」
僕の中で何かモヤッとした物が渦巻いた。
それは僕自身を締め付け、重くのしかかる。
そしてその正体を見つけ出すのにもそんなに時間はかからなかった。
本当は全部話して少しでも怒られたかったんだ。そうすればこの罪悪感から少しでも逃れられたかもしれない。
おそらくマリアはこの逃げ道を塞いだんだろう。
――反省しなさい。
そんなマリアの声が聞こえたような気がした。
改めてこの場所の状況を確認していく。
三層入口。ここには多くの人間が集まっている。
いずれにせよ皆、体中に傷を負っており、中にはもう先が長くないだろう者まで居る。
体の一部が無く、応急的にせき止めただろうその赤い潮がじわりじわりと滴っている者。
口から吐き出す液体が全て真っ赤に染まり、そのまま倒れ伏す者。
体中、粘膜が分布している場所全てからワタのようなふわふわとした物が伸びている者。――
慌てふためき、顔を掻きむしっている者。今、彼女の目からワタのようなものが膨らんでいく。――
掻けど払えど伸びていくそれはそう間も開けず、彼女の命を奪い去った。
とっさに振り返る。
「皆は大丈夫!?」
「ノイア、落ち着いて、皆問題ないって確認済みだから」
そのラヴィの言葉にほっと胸をなでおろす。
「あ、そうそう。エリックもマリアもお互いの無事を隈なく確かめたいだろうけど今は我慢してよね。……あ、もう確認済みなのかお熱いねぇ」
「ころすぞ」
「コワイコワイ」
真っ赤なマリアと殺意まで向けてくるエリック。
ん?この反応は少しだけ冗談じゃなかったのかもしれない…
やっぱりこの二人の成分は良いね。元気が出るよ。
僕とラヴィはって?僕らは家族で親友だからね。
残念でしたと。
そんな落ち着いた空間は一瞬にして崩れ去る。
三層から突如漏れ出てくる煙――いやあれは胞子だろう。
煙に触れた菌が大きく成長し、枯れ、別の何かが生えてくる。
そんな異常と共に浮かび上がる人形の影。
――「こんなにもサンプルが送られてくるなんて今回は贅沢だねぇ。いやー、ラッキーラッキー」
奴は楽しそうに楽しそうにその機械を通したような声音を響かせた。
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