二層へ
入口と同様に半径は優に100メートルはあるだろう斜めに伸びるその大穴を覗く。この場所もかなり長い。
徒歩で下っていける程度の勾配。
それだけであれば一切の躊躇いもなく進むだろう。
問題はその上にあった。空を覆う雲のように広がり色とりどりの淡い光を放つ満開の桜のような物。
明らかに今まで見てきた菌類や苔類とは異なる。
僕達を一瞬で飲み込んでしまえるようなそれは時折体を揺らし、その光を纏った物を放流する。
母体から受け取った光を纏い、舞ったそれは下へと続く風の流れに乗るだけではなく不規則に進む。
それはまるで意思を持っているかのようで。
そんな美しい姿の中にどうにも似つかわしくない物が映る。
「皆。あそこ見て」
ラヴィが指す方向には唯一光が弱い箇所。そこには何かが沢山引っかかっていた。
ドクンと心臓が一瞬の痙攣を起こし、呼吸が早くなる。
そこにかかっていたものは僕達が着ているものと同じものだろうそれであり、僕らのものにはない色、赤を呈色している。
「これはまずいな…」
額に汗をにじませ、先程までの落ち着いた態度とは打って変わって焦りのようなものを見せるエリック。
そう僕らが見ているものは「この場所で多くの人間が死んでいる」この事実だけをはっきりと明確に僕らの前に示すもの。
この場所で僕らのうちの誰かが死ぬ可能性は非常に高いだろう。
「隠れて」
マリアの言葉に弾かれたように茂みに身を隠す。
現れたのは以前にも見た大きなフクロウ。
あの化け物は桜の様な巨大な何かの中に潜り込んでいった。
「作戦を立てるぞ」
エリックの言葉を受けて深呼吸をし、呼吸を整える。
「下へ降りるときの問題はあのフクロウだよね」
「そうだな。あれを何とかして掻い潜らなければならない。それにあたって案を募る」
「なら、まず私はあのフクロウが出ていってから戻ってくるまでの時間を知りたい」
重要な項目ではあった。だがその実現のためにマリアに負担を強いなければならないことは明白。
「やりましょう。ねぇエリック。終わった後疲れちゃったら少しだけ背負ってらってもいい?」
「わかった」
淡々と答えるエリックにあまり満足した様子ではなかったが彼女は早々に目を瞑った。――
――「来る」
何度目かの合図。
「ありがとうマリア。お疲れ様。これで大体分かった」
「そうだな。少なくとも下に行き着くには十分だ」
少しぐたっと力を抜くマリアを労いつつ、ラヴィとエリックが結果をまとめる。
「出てったよ」
休む暇もなくその時がやってきた。
エリックはマリアを背負い、ノイアとラヴィで荷物を抱えた。
大穴を下っていく。
それほど強くない傾斜だったがここまででの疲労や傷を溜め込んだ彼らの足には辛いものだろう。
「後ろ!」
二層に着いた辺りでマリアが再び叫ぶ。
振り返った彼らに迫るは凶刃。
「避けろ!」
かろうじて全員が身を翻し、その場から離脱。
音のない刃が彼らの居た場所に突き刺さる。
その刃は体を貫かなかったもののその衝撃から分かるように僕らの命はおそらく軽い。
引き抜く爪と共にガラガラと周囲の岩が砕ける。
その場に残ったのは人の形の原型をとどめていない見覚えのある服。いま着ているものと同じもの。
それを見たノイアが蹴り出し、手を伸ばす。
真正面からの鉤爪など目に入っていないようだった。
「ラヴィ!」
その声殆ど同時に彼は大きく弾かれた。
ラヴィが彼を空中で捉え、鉤爪の攻撃範囲から離脱。
わずかに肉が切り裂かれたのか、赤い液体が舞った。
さっきの死体はラヴィのものではなかった。おそらくそれは狩りの成果のものだろう。
起き上がり、顔をあげるラヴィ達の下へ再び迫る無音の凶刃。
間一髪。しかし爪が二人の服をかすめ、切り裂く衝撃で強く壁に体が打ち付けられる。
その衝撃で事切れたように二人は白目を向いた
フクロウは視界から外れたラヴィ達に代わり、エリック達を正眼に捉えた。
今度は彼ら二人へと迫るその刃。
その真正面にはマリアをかばうようにエリックが立っていた。
振り下ろされたそれを槍の先が捉え、力を横へと流す。
不意の大きな力に体勢を崩した巨躯は次の動作へと移行できず体勢を立て直そうと羽ばたく。
千載一遇。そこに打ち込まれる槍。
フクロウは深々と刺さったやりに悶え、その巨躯をよじり、その場を離れようと飛び立つ。
その場に現れる大きな影。
それは鋭く輝く鉤爪を振り抜き、音もなく、その大きな命を刈り取った。
「クソ!ここで終わりか!」
何に対しての嘆きだろうか。
己の命か、はたまた守りたいものでもあったのか。
二人は生死不明。一人はパワー不足で戦いにならないだろう。
しかし、そんな絶望に包まれる空間に居てなお彼の眼からは光が消えていなかった。
新たに槍を構え声を張り上げる。
「マリア!逃げろ!」
「でも――」
「行け!」
「ごめん。私にはできないわ」
「死ぬぞ」
「良いわよべつに」
諦めたように決意の火をともし、ナイフを構える。
エリックがさらに何かを言う暇もなく新たに現れたフクロウの目が二人の姿を写す。
唾を飲み、握る手に力を入れ直していた。
彼女だけでも――
――しかしそんな彼らの事など眼中にないと言うように化け物は先程刈り取ったばかりの大きな首と動かなくなった体を持って飛び立ち、消えた。
生き残った。それはただの運にすぎないのだろう。
それでも彼らは細く、弱い糸を手繰り寄せきったのだった。
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