音無き狩人

「一眠りした僕達は傷口が癒えぬまま先へと進んでいく…」

「何のセリフだ。それによくあんなにぐっすりと寝られたな。お前だけだぞ」


 目つきは悪いし口調はちょっと怖いけどなんだかんだでエリックは僕の発言に乗ってくれる。

 けっこううれしい。


「ラヴィ、傷は大丈夫?」


 精一杯の笑顔で話しかける。

 ラヴィは凄かった。三頭を一人で捌いていたんだもの。

 絶え間ない敵の連携に全て対応をして見せていた。


 それにくらべて僕はどうだ。

 一頭で精一杯だった。ラヴィの力になれなかったことが悔しくて仕方がない。

 ここで僕は何を持っているのだろう。



「うん。大丈夫」


 少しでも気分は明るくなってくれたな。ラヴィはにこっと微笑んでくれた。

 そして油断をしているだろう人物にもすかさず話を振っていく。


「マリアちゃん。休む騎士様を健気に守るお姫様って良いよね」

「なによ!」


 おもしろい。こうやって言うと ポン って真っ赤になる。

 ふと、後ろから生物の根源的な恐怖を煽るような、冷たく、重い圧力がかかる。


 そしてもう何度目だろうか。また首根っこを掴まれた。

 こうなった僕は大人しくなる以外になすすべがない。


 でも僕は思う。この二人は良い。そう、良い。

 僕より大きいはずなのに何故か年下の子どもたちのような可愛さがある。絶対にやめないからな。


「隠れて!」


 いきなり発せられたマリアからの指示。

 戸惑う僕はフレッドに抱えられ、大きなきのこの下にある茂みに隠れた。


 数秒後、何かが飛来した。

 何メートルとある大きく灰色の羽に身を包んだフクロウが現れたのだ。

 霧のように。その大きな身体は確かにそこにあるのにそれでもそこに存在しないかのように。


「…っ」


 左の足の鉤爪には僕達が着けている服と同じ物が掴まれているのが見えた。かなりグシャグシャになっている。


 まるで握りつぶされた果実のように赤い液体が滴っていた。


 おそらく中身は入っているのだろう。ただ、見た限りではその原型を殆どとどめていなかった。


 フクロウが歩き出す。それを見た僕は何か大きな違和感が拭えなかった。

 何かこう、本来あるべき何かが欠けているような。

 あまりにも他の部分が自然すぎて理解に時間がかかったのだろうか。

 何がその原因なのかを考えていると気がつく。


 音がないのだ。いや、完全に無音な訳では無い。

 フクロウが握っているものからは当然のように擦れる音がする。

 それなのにあの大きな図体からは一切の音がしなかった。


 もちろんこの場所は一面が苔や菌で覆われ、もともと多少の音軽減の作用はある。

 だが、そうであったとしてもありえないほどの静寂が僕の心に恐怖の種を植え付けた。



 次なる獲物を探しているのだろう、周りの様子を見るように首をぐるりと回しながら歩き回る。

 

 身を潜め、目で離さないように追い続けていく。


 ふと瞬きをするとその一瞬で大きく移動したかのような錯覚を覚えた。

 体があれほど大きいのに少し気を抜いたら見失いそう。

 今まで得たことの無い情報の齟齬に混乱する頭は僕が見ているものの否定までしてきそうだった。

 

 しばらくしてフクロウはここには獲物が居ないと判断したようで、その場から去っていったたようだ。

 ただ、それが本当なのか罠なのかの判断をつけることができない。

 


 どれほどの時間が立ったのだろうか。それほどまでに長い緊張に襲われつづけているような感覚に汗が吹き出してくる。


 もう良いだろうと目を瞑り、緊張を解こうとする僕の顔の前にエリックが手をかざしてきた。

 何事かと見上げると自身の口元に人差し指をおいて彼が視線を送ってくる。どうやらまだ脅威が去っていないらしい。


 暫く経つと、マリアがなにかを身振り手振りでエリックに伝えた。


「もう大丈夫らしい」


 それを聞いてほっと息を吐いた。いつの間にか緊張してしまっていたみたい。


 マリアが気づいていなかったらどうなっていただろう。

 あの生き物が図鑑で見たフクロウと同系統であれば、僕達のうちの少なくとも誰か一人は確実にやられていた。


「マリア、すごい。何で分かったの?私には一切分からなかった」


 ラヴィと同じく僕にも分からなかった。ほぼ無音と言っても良いほどの音、それを彼女は捉えていた。

 

「私ね、ちょっとだけ耳が良いの。聞き取ろうと思ったら三人の心音がほんの少しだけど聞き取れるくらいに」

「ちょっとじゃない。謙遜しなくて良い。すごいよ。おかげで少し安心できる」

「ありがとう、うれしいわ。でもわたしばかりに頼っちゃだめよ」


 というラヴィとマリアのやり取りにほんの少しだけ頬を緩めているエリックを見て僕は上がりそうな口角と戦っているといきなりエリックの首がくるっとこちらを向いた。

 それに気が付きスッと視線を逸らし、少し遠くの不思議な形をしたきのこを見ていると

 

「何をみているんだ?」


 とどこかで感じたような刺し殺すような圧力を再び背中に感じた。こわい。


「マリア、僕からもありがとう。急かすようで悪いけど先に進もうよ」

「そうね。行きましょう。さぁ、エリックも行くわよ」


 エリックに手を差し出しながら言うマリアの先導で、再び移動を開始した。

 ふっふっふ、作戦成功。

 



 不意にラヴィが口を開く。

 

「あのキノコさっき見なかった?」

「気のせいだよ。地図だとここらでまた大きな穴が見つかるはずだし、前の人達の痕跡的にも進行方向は間違ってないはず」


 地図と目印から確信は持って答えることができたがやはり自信が無くなりそうになる。


 確かに進めど進めど景色が変わった気がしない。

 どちらを見ても一面に広がるのは色とりどりの絨毯のような床面と不規則に並ぶ菌類の大株。

 それらが放つ光が僕らの進む道を淡く照らす。


 時折見られる獣道のような場所はそれらの淡い光が妖しく照らしており、誘うかのように明滅。


 そんな場所でも方向感覚を何とか保ててはいると思う。

 エリックも地図を開いているが何も文句を言ってこないってことは大丈夫。そのはず。

 それが自分への言い聞かせなのかどうかはわからないけど信じるしか無かった。

 


 代わり映えの無い似通ったきのこ。きのこ。きのこ。




「あったぞ二人共」


 なかなか下へとつながるという大穴が見つからず、地図とにらめっこしていた僕はハッと声の方角へと向ける。

 

 少し離れた場所からエリックとラヴィが顔を出す。


「こっちだ」


 二人に付いて行く。少し進んでいくと、そこには下へと続く穴が――


 しかしそこには、はじめに通ってきた物と大きく明確な違いがあった。


 斜めに伸びる大穴。

 この穴からは下から生えてきている大きな桜のような様相をした何かが高く、高くこの大穴の天井を覆い尽くす雲のように伸びていた。


 


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