初戦
狼のような生物は体長1.5メートルほど。毛並みは灰色で私達と大きさは変わらない。
狼はマリアの姿を真っ直ぐ捉え、一瞬のにらみ合いの後、彼女に飛びかかった――
――がその牙が、爪が彼女に届くことはなかった。
飛びかかったその狼の体が空中で横に跳ね、大きく軌道がそれる。
狼が横にはねた場所ではエリックが上げた片足を下ろし、地面に付けようとしているところだった。
「マリア。大丈夫か」
「ありがとうエリック。助かったわ」
不思議な光景だろうが、この様な状況に於いて慌てふためく人間はこの場に居なかった。
狼が起き上がろうとする所にノイアが走っていく。
「ラヴィ!」
という呼びかけにアイコンタクトで返し、私も走り出す。
距離を詰め、ナイフを構え、ピッタリと揃った動きでそれぞれ後脚の付け根に深く刃を差し込み、引き抜く。
支えを失ったその体は倒れ込み、起こそうと前足を必死に押し出す。
抵抗するその体には周囲の菌がまとわりついていき、その体はどんどんとこの地と一体化していく。
「皆逃げよう!」
ノイアの言葉に従って、私達はその場を離れていく。
いくらか走った場所で一息吐く。
まず、口を開いたのは意外にもエリックだった。
「ノイア、ラヴィ。お前たちやるな」
「えっへん。まぁ?もっと褒めてくれても良いんだよ?」
「分かった。お前は二度と褒めない」
「ひどい! ねぇ?ラヴィ。そう思わない?」
いきなり飛んできた同意を求める言葉に
「ええっと……」
とごまかすように苦笑いをするとノイアは
「わー。ラヴィも僕の味方してくれないんだ。かなしーなー」
そんな気の抜けたやり取りをしている私達の下からは、まだ、危機は去ってなどいなかった。
そこに現れるは先程の狼の群れのような一団。
唸る影が一つ、また一つと増えていく。
その総数は6。扇状に顔を出していた。
さほど多くは無いのかもしれないがこれら全てを無視して逃げるのは多分、いやほぼ確実に不可能。
「構えろ。俺とマリア、ノイアとラヴィで連携を取る。お前たちは右側俺達は左をやる」
エリックの言葉で武器に手をかける。
一番右の個体に向かって走り出す。
狼も私に飛びかかってきた。
それに合わせるように横に飛ぶ。
一頭の牙を避け、反撃をしようとする私にもう一頭の牙が迫り、私の腕を掠めた。
防刃性能が高いという話は一体何だったんだろう。
服は少し裂けていた。
四頭が私達の方へ。
寄りにもよってそのうちの三頭が私を切り裂こうと牙を向けてきた。
次々と迫る凶刃。転がり、避ける。その先にもある狼達の鋭い刃。
それら一つ一つを何とか直撃を避けていく。
幸いにも同じタイミングで来ることは無かった。
幾度となく繰り返される命の綱渡り。
心臓に迫る刃をダガーナイフで抑え、体を横に流す。
埒が明かない。少しずつ流れ出る赤黒い液体と共に体力もどんどんと失われていく。
ふっ、と。
ほんの、ほんの一瞬だけ握力が弱まってしまった。
――カィン
ナイフが飛んでいく。
次の牙がくる。予備のナイフに手を伸ばす余裕など無い。
何とか体を捻り、何とかそれを避けた。
再び飛んでくる刃。それに対してなすすべがもう無かった。
こうやって夢は敗れていくのだろう。
その牙は私の胴を噛み切らんとし――
その手前で、止まった。
はっと見上げると全身が赤黒い液体で染まった、目つきの悪い青年が狼の脳天を地面ごと貫いていた。
ふと周りを見ると、全ての狼が頭部らしき部分を真っ赤に染めて倒れていた。
ここに転がっている死体は全て彼がやったのだろうか。
彼はおもむろに槍を引き抜き、私に話しかけてくる。
「大丈夫か」
「エリック。ありがとう」
感謝を述べると、その一瞬だけは目つきの悪さが和らぎ、少し満足そうな表情をしていた。
戦闘に一段落がつき、息を整える。
「少し休憩しない?」
とのマリア提案に満場一致で乗る。
彼女の服は傷どころか汚れさえもほとんど付いていなかった。
「マリア。さっきの襲撃で汚れすらつかないってすごい」
「えーっとね。実は、エリックがすぐに全部倒しちゃって私の出る幕が無かっただけなの。何か悪いわね」
私の嫌味とも取れそうな形になってしまった言葉を気にした様子もなく少し申し訳無さそうに、照れくさそうに答える。
そんな様子をみたノイアが何のチャンスと見たのかすかさず
「わー。これがお姫様と騎士ってやつかぁ」
「ちょっと!違うわよ!」
「おおっとぉ?照れてる?」
「おい。ノイア・ウィル」
「あ…ゴメンナサイ…」
恥ずかしがるマリアをからかい続けるノイアの首根っこをエリックが掴み、ノイアは先程の元気さが嘘のように大人しくなった。
先程の緊張感が嘘のような様子に少しやすらぎを覚えていると、マリアが話しかけてくる。
「ちょっと話がそれちゃったけど、代わりに皆が休憩している間見張り番をやるわ。それでおあいこってことでどう?」
「ごめん。責めてるわけじゃない。むしろありがとう」
むしろこっちが申し訳なくなったがそんな気持ちの彼女の笑顔のお陰で和らいだ。
「さあ、警戒は私に任せてやすみなさい!ほら、あの大きな結晶の陰とか良いんじゃないかしら?」
どどん!という効果音がなるかのように胸を張って言う彼女は一際大きな結晶の辺りを指さす。
「なら僕はお言葉に甘えて――」
と早速ノイアがどこからか拾ってきたふわふわの苔に何故か持参している大きな布をかぶせてクッションを作っていた。
「はいこれラヴィの分。こっちはエリックのやつね。あとこれはマリアちゃんの分ね」
本当に傷だらけなのかというくらいにテキパキと、動作自体は早くないはずなのに目で追えないほどの流れるような動作でつくっていく。
「ノイア。手当が先ね」
「ごめんごめん」
そういえばそうだった。
と、少し照れくさそうな表情を浮かべたノイアは治療キットを見て苦い顔を浮かべる。
――
「いだだだだだだだ!」
「静かにしろ」
「だって痛いものは痛いんだもん」
「どうでもいい。我慢しろ」
「ちぇ」――
再び一悶着。
だが段々とこの空間は先程までの騒がしさが嘘のように静かな空間へと変わっていった。
この違和感のようなものを探そうと周りを見るとノイアがさっき作ったクッションに頭を沈めて目を瞑っているのに気がつき、少しだけ何かが軽くなるような感じがした。
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