一章 選別

ダンジョンへ

 広大な施設を中心に円形に広がっている都市の中心部。


 ひたすらに機能に振り切ったようなデザインの建物の数々。

 これらは各それぞれが一つの施設の一部。

 それらの高さは10階建て住居と同等かといったところだろうか。


 その建物内の大広間。

 コンクリートのようなもので構成されたその場所は装飾など殆ど無く、豪華さなどはかけらも見られないがそれでも確かな迫力を持っている。


 ここに私達と同じ様な年齢であろう人々が集められていた。

 ざっと見た感じ二百は下らないだろう。


 そしてその広間の中央、壇上で金髪の大男が口を開く。



――やぁ諸君。私から少しだけ話をしよう。

 既に聞かされた者も多いだろうが、改めて言おう。


 君達にはこれから奴隷として生きてもらう。


 目的のためなら自らの命など顧みない、欲や好奇心の傀儡。


 そんな奴隷として生きること。

 それが君たちに与えられた唯一の選択肢だ。


 そしてだ。我々は今から君達をふるいに掛ける。

 生き残る力が無いものは必要ない。


 あくまでも君達は消耗品なのだから。


 ルールは簡単。

 四人一組のチームでダンジョンの三層入口に行き、返ってくること。これだけだ。

 何人欠けようが私達は構わない。残ったものだけが私達の仲間だ。

 一応忠告しておくが、三層入口にたどり着かなかった者は死亡扱いとする。――



 ここで危険に身を賭し続けること。

 これが私達に与えられた唯一の道。


 ふと周りを見ればうずくまる者や、慌てふためき喚く者までいる。


 人によっては今の状況が絶望に染まって見えるのかもしれない。


 それでも今私の目の前は今からノイアとダンジョンへ――私達にとっての希望と憧れへ――と足を踏み入れることが出来るという喜びが多くを彩っていた。


 生きるため。

 そして憧れたあの本の中で見た世界に足を踏み入れるため。

 そのために私達はここに居る。


 唯一の懸念は彼――ノイアとチームが分かれてしまう可能性があること。

 それだけ。



 チーム成員の名標が配られた。

――チーム番号34番

一覧:以下四名

・ラヴィ・ミラ 

・ノイア・ウィル

・エリック・ブラウン

・マリア・ベル

―――


 ノイアは同じチームだった。

 これから得られるであろう感動を最も共有したい相手がすぐ近くにいる。これ以上嬉しいことがあるだろうか。


 居ても立っても居られず、横を見る。

 ちょうどノイアの緑色の目とぱっちり視線が合った。


「ラヴィ!一緒だよ!」

「やった!」


 喜びを膨らませ、今にも踊りだしそうな気分で居ると、何者かが話しかけてきた。


「おい、お前たちがラヴィ・ミラとノイア・ウィルだな」


 声の主は見ると灰色の髪をした目付きが悪く、私より一回り身長が高い大柄な青年だった。

 その目暗く、その態度は私達を威嚇するように威圧的。


 そんな様子とは対照的に彼の背中からは丸い顔立ちをした私と同じくらいの背の金髪の女の子が顔を出していた。


 そんな彼らにノイアが口を開く。


「そうだけど、二人共誰?」

「こんな場所で話しかけてくる人間くらい予想がつくだろ」

「面倒だなぁ」

「は?まあいい、俺達は生きるためにここに来た。足だけはひっぱるなよ」


 ノイアの言葉に不機嫌さを募らせる青年を女の子が「まあまあ。いいじゃない」となだめる。


「ごめんね?私はマリア・ベル。マリアって読んで頂戴。そしてこの子はエリック。エリック・ブラウンっていうの。今回あなた達と一緒にダンジョンに潜る仲間よ」


 そう言い、どこか上品さを感じさせるような笑みをこちらに向けてくる。

 危険な旅だけどよろしくね。と差し出してくる彼女の手を握り返した。


 隣ではノイアとエリックの二人がにらみ合う。一方は見下すように、また、もう一方は噛みつくように。


 そんなノイアををたしなめる。マリアもエリックになにかを言ったようで二人は渋々といった様子で互いの手を握った。


 が、手を離した途端にノイアがまるで汚いものに触れたかのように振る舞い、エリックの顔を見た瞬間スッと逃げ去った。


「くそ!何だあいつは!」


 そしてエリックは怒りを露わにノイアを追って走っていく。


その様子に私とマリアは顔を見合わせ、ぷ。と吹き出す。


「なんだか、上手くやっていけそうね。改めてよろしくラヴィ」

「こちらこそ」



 

――只今より逐次ダンジョンへと向かってもらう


 一時間ほど経過した頃だろうか、開始の合図だ。


 広場の真下に広がる大穴、ダンジョンへと向かっていく。 

 いよいよ始まる。待ちに待ったこの時が。


 ノイアに貸してもらった本の中に見た景色、ペンダントで見せてもらった景色をようやくこの目で見られる。


 刻、一刻と迫る時間。膨らむ希望は花となるか火薬となるか。それは誰にもわからない。



 この時をどれだけ待ち望んでいたんだろう。

 私達の目と鼻の先にあの本で見た世界が広がっているのだ。 

 



 一層、そこは洞窟だった。地面や壁面には一面に菌類らしきものや苔類らしきものがひしめく。それに加え、至るところになにかの結晶が露出していた。

 

 ずっとこの目で見たかったもの、ずっとこの耳で感じたかったもの、ずっとこの手で触れたかったものが今、眼の前にある。


 外の世界には無いもの、存在し得ないもの様々な不思議がこの空間を作り上げていた。


 ふと、受け取った感動を共有する相手を探し、振り向く。


 そこにいるのは配られた服に身を包んだ三人。

 灰色の髪をした目付きの悪い青年、そっと目を閉じ何かに集中している様子の金髪の女の子そして――


「わぁ……きれー!」

 ノイアが大はしゃぎで走り出し、あっちを見たり、こっちをみたり。

「ねぇ!このきのこ見て!僕の背の何十倍もある!」

「ねぇ!こっちの結晶見て!中で菌が繁殖してる!」

「ねぇ!こっちの苔みて!ふわふわでクッションみたい!」


 大はしゃぎのノイア。

 一人だけあれは?これは?と、この場所をひたすらに走り回っていた。

 自然と笑みがこぼれてくる。

 

 一方でそんな様子に呆れたように


「おい、ノイア・ウィル。いい加減にしろ。行くぞ」


 とエリックは先に進みだした。


「エリック。少しくらいはしゃがせてあげても良いじゃない」

「そうだぞー」

「だめだ」


 と抗議の声をあげるマリアとそれに同調するノイアにエリックは淡々と答える。

 いきなりエリックは私へと向き直り、口を開いた。


「ラヴィ・ミラ。お前は誰だ。何のためにここに来た」――




 むくれたノイアの手を引き、私達は進んでいく。


 赤い痕、切り倒された菌類の茂み、これらの痕跡はおそらく先行したチームのものだろう。

 すぐ近くには4つの遺体。そのどれもが食い荒らされており、早くも新しい栄養源を見つけた周囲の菌達が彼らの亡骸へと根を張り、食事の準備を進めていた。


 そんな彼らをほんの少しだけ気の毒に思いながらもすぐに視界から外した。




「なにか居る」


 数km進んだ頃だろうか。不意にマリアが口を開き、方向を指す。

 大きめの障害物の影に体を隠し、指された方向を見る。


 来客の持つ刃は鋭く、獰猛で、その眼は私達を真っ直ぐ捉えていた。

 そこに居たのは狼のような生き物。

 ただ、一つだけ誰の目にも明白な異常があった。


 それはその体表を覆う毛皮。いや毛皮と呼べるのだろうか。

 彼らの体は菌に囚われていた。


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