第67話 社畜は盃事を迫られる

 戻ってこれたのは地上では無くダンジョンの1階層でした。


 ひさびさの1階層は、僕の装備とよく似たノービスの方々が小鬼を追いかけ、いえ追いかけられてますね。


 何とも長閑のどかなバトルに思わず笑みが漏れてしまいます。ついこの間までそちら側でしたから当の本人たちの心境はよくわかってますけどね。


 問題は僕の目の前でピカピカ眩しいこの物体ですよ。土属性の公衆便所トイレダンジョンで来てくれた朧丸は風属性です。火属性のこのダンジョンだと何が来るのか予想が付かないんですよね。


 普通に来そうな火属性でも駝鳥級におバカなヒクイドリとか来たらどうしようもありませんもの。スタイル的にはヒクイドリって駝鳥にクジャクの尾羽をくっつけたような感じですからね・・・全然考えてないし。


師匠旦那さま♡。これ、いつまで光ってるんですか?」


 薄暗いダンジョンで僕たちのところだけ異様に明るいもので絃紫いとしのさんも周囲が気になっているようですね。


「僕もまだ二度目ですからそんなに詳しくはないんですよ。

 朧丸の時は生まれた後に失神してましたし」

【クルルゥ?】


 別に悪口を言ってる訳じゃありませんからそんなに心配しなくていいですよ。


「そうなると生まれた後はあたしたちも失神するんでしょうか?」

「その可能性もありますね。そして気が付いた時には身ぐるみ剝がれてお嫁にいけない体になってるかも知れませんよ」

「その時は責任をもちろん取ってくれますよね」


 冗談にマジレスで返してきましたよこのお嬢さん絃紫さん


「だったら上に上がってきた方がいいんじゃないんですか?」

「「リリーさん?」」


 久しぶりに知り合いに会えた喜びもさることながら大分せり出してきたお腹に休職間近な事を思い出させてくれています。


「1階層で突然人が出てきてピカピカ光ってるなんて物騒な事言ってくるノービスが事務所で騒ぐもんで産休前の大事な体を引きずって見に来てみたら見覚えがある二人と一匹なんだもの。

 おかえり。いつ帰ってきたの?」

「たった今、ダンジョンボスの首を引きちぎって迷宮氾濫オーバーフローの発生を阻止して戻ってきましたよ。

 師匠、いえウチのリーダーの雅楽うたいさんの実力を思い知らされましたよ」

「え~と、只今戻りました。

 リリー榊原さん、あまり近寄らないでくださいね。

 ダンジョンの踏破記念だとかで卵を持たされたんで、これが孵る時にもしもお腹のお子さんに影響が出るとたいへんですから事務所に退避して貰った方がいいと思うんですよ」

【クルルゥ♫】


 ダンジョン踏破記念の卵と聞いてリリーさんの顔色が赤くなったり青くなったりしてますね。


 探索者の血が騒いで見届けたいとか妊婦としての本能に従って退避したいとかいろんな思いが錯綜しているようですけど。


「なんか影響ありそうな事が有るんですか?」

「実は朧丸が生まれる時も公衆便所トイレダンジョンの1階層でこんな状況になったんですよ。

 その時魔力をごっそり抜かれて30分程昏倒していた記憶があるものですから胎児に影響がないとは言い切れませんし・・・あの小鬼を見てください。

 ついさっきまでノービスの方を追いかけ回していたんですよ?」


 僕が指さす方にはさっきまで元気に探索者を追いかけていた小鬼が半透明になって呆然と立ち尽くす姿がありました。


「お子さんに何かあった時に責任を取りようがありませんから是非とも退避をお願いします。

 そこにいる皆さんも生きていたければ事務所に上がってください。

 これは特殊労災の適用外の筈ですから何かあっても自己責任と切り捨てられるだけですから、!」


 お腹のお子さんの事が無ければその場で成り行きを見守るなんて選択を必ずしたであろうリリーさんが唇を噛み締め僕たちに許可を求めた上で撮影機材の設営と有象無象の退去を命じて引き上げていきます。


 流石は甲級、記録に残すという事は僕たちの選択肢にはありませんでしたからあっぱれと言うところですね。


「これから生まれるのはあたしたちの子供ですね」


 頭のネジが一本、いや二本目が抜け落ちつつある絃紫さんがたわけた事を言ってきます。


 まぁ、彼女なりに場の雰囲気をなごませようと思っての発言でしょう。実際、僕は朧丸の事を娘として認識していますから。


 でもこの卵は僕に託されたものです。すなわち、これから生まれるのも僕の子供なのです。


 ・・・でも初めての踏破者の称号は絃紫さんにも朧丸にも付いていましたね。


 となるとこの卵は『氷結の翼』の後継者と言う位置付けになるのでしょうか?


 いやいや、人間でも無いのに相続とかそう言うのもおかしいでしょ?


 でも飼い猫に遺産の相続が認められた例もありますし、朧丸にも戸籍に準ずる異界産出物基本法で僕の責任の下にダンジョン外での生活を許されているという現実はありますし―――


 グダグダと纏まらない考えを巡らせるうちに絃紫さんがゆっくりと座り込んでそのまま意識を手放し、朧丸が僕たちを守るという位置で伏せの姿勢からそのまま頭を垂れ百年の恋もめるようなひどい寝顔をさらし、いよいよ僕の意識も遠のいて行こうとする時、地響きが聞こえてきました。


 意識を手放した後では第三者に何をされても抵抗する事など出来ないのです。


「だれですか・・・ぼくのねむりを・・さまた・・・げる・・・かた・・・は」

「ようやく見つけましたわ!

 あら?みなさん、なんでこんなところで眠っているのですの?

 他に何もいないとは言え不用心にも程がありますわ!

 センセ!しっかりしてください!貴方の愛弟子のさやかがやって参りましたの!

 やっと探索者ライセンスが取れたと思ったらエリーを連れて誰も戻ってきた事の無い11階層に降りていったなんて聞いた時はこの世の終わりかと全てを呪ったものですわ!

 あれから諦めずにこのダンジョンに通い詰めた甲斐がありましたわ!

 ちょっと、ちょっとセンセ!目を覚ましてくださいまし!

 ・・・こ、これはアレですわね!

 眠りを覚ますには美女の熱烈な接吻が必要だと言う呪いなんですわ!

 (ゴックン)そ、それではわたくしのファーストキッスを以って目覚めの契りとして差し上げましょう!

 そ、そんなに下を向かれましてはキッスが出来ないではありませんの?

 よ、随分と汗臭いと言うか体臭が凄い事になってますわね・・・ええい!わたくしも探索者になると心に決めて長く潜ると風呂に入る事も叶わず相当な事になると覚悟を決めた身ですの!

 ですか・ら・・あら・・?

 いしきが・・・とん・・・で・・・・いき・・・・そ・・・・・」


 この一連の茶番はカメラにしっかりと収められモンスターの卵がどれだけの魔力や魔素を孵化の際に必要としているかの検証に繰り返し繰り返し研究者の前で再生され続ける事になるんですがそれはまた別のお話で。


 それからきっかり30分で僕が目覚め、目の前になぜかいる彩お嬢様に恐れおののきながら絃紫さんと朧丸を起こします。


「師匠おはようございます?なんで室長、じゃなくて彩お嬢様、これもおかしいわね。

 このヒトを膝枕しているのはなぜでしょうか?」

「目が覚めたら目の前で寝ていたんですよ。

 新しいモンスターって言われても驚きはしませんけど幸か不幸か卵はまだ無事ですんでこのヒトは別件だろうと推測できますよ。

 そこにカメラが据えてありますから一部始終を後で見せて貰いましょうね」


 僕は全くやましい事が無いので絃紫さんに胸を張って論陣を張れます。膝枕だって幸せそうに寝ている寝顔に土が付いていたから払ってあげていただけですし

NOT GUILTYです。


 ただ、意識を失ってから無意識で彩お嬢様を襲いでもしていたら僕は11階層へ装備無しで放り出される事確定ですよね。

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