第66話 社畜は成事に気が緩む

 僕は固めた拳をぎくしゃくしながらヒクイドリへとぶつけます。


 今までデスクワークしかやった事が無いのに、いきなりそんなにカッコよく殴れる筈が無いじゃないですか。青い炎じゃないから温度はさほど高くないと信じていますよ!


 絃紫いとしのさんは思わず天を仰ぎ、朧丸はそっと目を逸らしました。


 みっともないのは自覚が有りますし、隙だらけなのはズブの素人なんですから少しは大目に見てくれてもいいんじゃないかな?


 大振りに振り回した拳は、ジュッと肉の焼ける音と共にヒクイドリを捉えその首を吹き飛ばしてしまいました・・・ただ殴っただけなのにWHY?


 頭を失ったヒクイドリは、しばらくそのまま立っていましたがやがてどうっと音を立てて倒れてしまいました。


「なんて恐ろしいプランBなんでしょう!

 とにかくその拳の火を早く消さないと一生使えなくなるかもしれませんよ?(その時はあたしがちゃんと面倒見ますから)」


 絃紫さん、心の声がダダ洩れなんですけど?まぁいつも通りと言えば一言で終わるんですけどね・・・


 取りあえず15階層のボス三尾の狐からドロップした中級ポーションを収納箱アイテムボックスから取り出してさっさと治療して貰いましょう。


 ・・・なぜ絃紫さんと朧丸は取っ組み合いのバトルを繰り広げているのかな?


 どっちが治療をするかで順位決めをしている?こっちは痛いの我慢してるんですからサッサとしてくださいよ。


 順位決めするバトルでポーションがいる様なケガをしたらどうするんですか?最後の一本なんですからね?




 素のステータスの差で朧丸が圧勝して意気揚々と僕のところにやってきました。


 そして僕の手とポーションの入った小瓶を見比べて小首を傾げています・・・お前さんは下半身がライオンなんだから当然瓶を開けるとか出来ない筈が無いものね。


 選手の交代を要求する!こっちはずーっと痛いのを我慢してるんですよヾ(`Д´#)/!


 悔し気に場所を譲る朧丸、勝ち誇ってやってくる絃紫さん、痛いのをずっとこらえてやや不機嫌気味の僕。そんな三者三様の悲喜交々ひきこもごもを繰り広げていると頭の中に特大の声が響きます。


【そんなトコであそんでないでさっさとでてよ!】


 ダンジョンちゃんの特大の罵声に絃紫さんが持っていた小瓶を落としちゃいました。


 最後の中級ポーションでした。


 瓶は割れ、中身の水色の液体は床へと零れていきます。元からアンプル一本程度の量しか入っていないのに舐める程も残ってはいないでしょう。


「何してくれちゃってるのよ~!」

【さっさとでてかないのがわるいんだもん!】

「状況が掴めないんですがどういう事でしょうか?」


 痛みを堪えながらもできるだけ冷静にダンジョンちゃんに説明を求めます。もちろん、僕一人ではなく絃紫さんと朧丸にも聞こえるようにお願いしました。


 情報の共有が団体行動の根幹ですからね、いわゆる報連相ですよ。


 ダンジョンちゃんの分かったような判らないようなあっちこっちに飛んで行く話を要約すると次のような事らしいです。


 ダンジョンボスを討伐完了したら出来るだけ速やかに退去しなければいけません。なぜなら次の討伐者の為にも準備をしますから。僕たちの後に誰かが続いているとは思えないんですけど。そのままダンジョンボスになりたいのなら居座っても構わないとも言ってますね。


 戻る時はボス部屋のどこかにある魔法陣から出ない限り地上へは戻れません。僕たちがゆっくりといつまでもくつろいでいるので時間が無いからとダンジョンちゃんが教えてくれました。素直に探しても見つからない場所ですね・・・ボス戦の最中にズルして戻れないようにしているんだそうです。


 僕たち三人には『初めての踏破者』の称号が付与されます。最初に聞いた時はそんな大それたものに自分が成れるとは夢にも思いませんでしたけどあのヒクイドリの頭を爆散させてしまう自分に今では納得出来てしまっています。


 ダンジョンボスからのドロップは選択制です。戊種は二つから、丁種は三つから一つを選びます。丙種は四つから、乙種は五つから二つを選びます。甲種は六つから四つを選ぶのだそうです。ここは丁種ですから三つ葛籠つづらが出てきました。


【はじめてだからみんないっこずつもってっちゃえ!】


 豪気で依怙贔屓えこひいきなダンジョンちゃんらしい判断で僕たちは一つずつ貰う事になりました。本当はひとパーティに一つなんですからね。


 ちなみにここで開ける事は出来ません。僕たちに盗賊スキルを持つ者なんていませんから。地上に戻ったら解錠されていつでも開ける事が出来る事になるようです。おまけですが、葛籠なのはここのオリジナルで他のダンジョンだといかつい宝箱になっているそうです。


 最後に探索者にとって大事な情報を貰いました。


【ダンジョンのなかって10ずつにくぎってあるのってしってた?】

「どんなダンジョンでも10階層を越えていった者が帰ってこないって言うのはよく知っていますけど?」

【10をこえたら20をとうは踏破しないとそとにでられないんだよ(● ̄ー ̄●)】

「戊種だと15階層ですよね?」

【そういうときはさいかそう最下層をとうはしたらそとにでられるよ】


 中途半端な装備ですと10階層を突破できたとしても最下層つまりはダンジョンボスと一戦交えて勝てないと外に出られないとは中々鬼畜な仕様ですね。それに下に行けば行くほどモンスターは強くなっていくんですから帰ってくる人が誰もいなかったのも頷けますよ。


 とはいえ、利き手を火傷で動かせませんから自分の分のドロップ品『小の葛籠』を収納箱に放り込み其々それぞれが戦利品を選ぶのを見届けて魔法陣へと向かう事にしましょう。


〖クルルゥ〗


 朧丸、どうしました?甘えた声を出して。


 朧丸は等身大程の大葛籠を選んだはいいものの重くて運べない様子。お前さんが大きいものに行くだろうとは思っていましたけどそんなに重いものを土産みやげにやるダンジョンちゃんの心意気が恐ろしい。


 仕方なく『大の葛籠』を収納すると今度は絃紫さんがなよなよって感じで擦り寄ってくる。男らしさが持ち味なんですから気持ち悪いんですけど。


師匠旦那さま♡、あたしの分もお願いしま~す♡」


 ここで気色が悪いとか何寝ぼけてるのとか禁句を口にしない自分を褒めてあげたい。


 黙って『中の葛籠』を収納していよいよ帰ろうと魔法陣に踏み入れた時、僕の目の前に卵が激しく明暗を繰り返しながらやってきた。


【じゃああたらしいなまえ称号のけーひんでーす( ´艸`)】


 既にみんな魔方陣に入っていたので一人抜け出す訳にもいかずダンジョンちゃんに毒づくほか遣りようが無いのはどうしたものでしょうね。


こうして地上に大パニックを呼ぶ種がぶちまけられたのでした。

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