第64話 社畜は争い事で哲学する

 さて、改めてヒクイドリを見てみましょうか。


 ざっくり言ったら火の着いたクジャクと言ったらざっくり過ぎるでしょうか?


 全身を包む炎は最初は赤いものでしたが感情の高ぶりと共に青へそして白へと変化しています。素手で触ろうものなら一瞬で消し炭になる事間違いはありませんね。


 頭の位置は、僕より低く150センチ程でしょうか。ラグビーボールの様な紡錘形の頭には赤く輝く大きな眼が額の位置に一つだけ、青白く陽炎を伴って炎が揺らめく短いくちばしは鷲のように先端が曲がっていますね。


 卵型の胴体からはたくましくしっかりとした三本の脚が伸びそれぞれに鋭く大きな鉤爪を生やしてその存在を強調しています。鉤爪だけは炎に覆われていませんので他に比べたらそんなに温度は高くは無いのかも知れませんね。


 一方、翼は退化してうずらの様なお飾り感が半端ないものになっていますね。


 扇のように広がる尾羽は様々な色に輝いていますが、その先端はいずれも白く眩く輝いています。その尾羽がバッサバッサと揺れるたびに火の粉が飛び高温の風が巻き起こっています。


 それでなくても蒸し暑いので静かにしていて欲しい所ですが・・・えっ?お前があおっているのが原因だ、ですか?・・・苦情は受け付けている暇が無いのでスルーさせていただきますね。


 性格は世間知らずのお嬢様と言ったところでしょうか・・・なんか身近にいたようなタイプですねぇ。側に仕えている方は振り回されて大変だったことでしょうね。


 なぜでしょうか、同情を禁じ得ませんね。


 そう言えば狛犬の獅子はどうしているのでしょうか。僕がボコボコにしてしまったので偉そうに言えませんが無事でいる事を・・・自己修復能力が無かったんでしたね。


 まとめると嘴の形状等から突くという攻撃は考えにくいですね。翼の形状から魔法でも使うタイプでもない限り空を飛んで移動と言う可能性は低いのではないでしょうか。尾羽を使っての熱風や火の粉を使っての先程の熱弾のような攻撃が主では無いでしょうか。脚の形状から素早い突進等も攻撃手段としては侮れないと言うところでしょうね。


 魔法についてはこのダンジョンの特性上心配する必要は少ないのではないでしょうか。もちろん例外は無いと断定するのは浅慮と言うもので充分警戒を忘れないで行く事を推奨する、と言った感じでしょうかね。


 待てよ、熱風や熱弾はスキルだと思いますけど、あれが火魔法の何かだとしたら前提が崩れますね。


 いやいやそんな弱気で―――


 BOMB!!


 油断大敵怪我一生!思わず分析に没頭し過ぎてて、目の前の怒れるモンスターの事をすっかり失念してしまいました!テヘペロ( ´艸`)。


 幸い威嚇の為に狙いを外してくれていたので僕自身や絃紫さんは無事でしたが、こちらが手を出す前に二度も攻撃してきた事に朧丸のボルテージがすっかり上がってしまいましたね。


〖フリュリュリュリュリュリュ!!〗

「朧丸!僕は大丈夫ですから落ち着きなさい!

 絃紫さんより先に暴れるとかよい子はしないですよね?」


 ワザとらしく威嚇の為に広げた翼を丁寧に畳みこみ、ヒクイドリを無視して僕の前に伏せをする朧丸。


 まるでヒクイドリなど眼中にないとでも言わんばかりの態度ですね。よほど腹にすえかねてたんでしょうね、これってもしかして僕が愛されているという事でしょうか?


「あたしより先にってどういう意味です?師匠。

 それからあたしの事はエリーって呼んでくださいってずーっと言ってますよね?」

「あぁそうでしたね。ついいつもの癖が出てしまって困ったものです。

 それではプランBで行きましょうか」

「Aがあったとは知りませんでしたけど?」


 色々うるさいですよ、絃紫さん?

 

 気を取り直して僕はヒクイドリに問いかける事にしました。


「貴女からの質問に質問で返すのははなはだ失礼だとは承知していますが一つお教えいただけませんか?」

〖なんだよ、答えてやんのは一回だけだかんな〗

「貴女に外の世界を教えたのは誰なんでしょうか?」


 ヒクイドリの単眼が大きく見開かれ、まるで動揺しているかのようですね。


〖あたいが誰から話を聞いたっていいんじゃんか!〗

「そうですか、お答えしたくないのであれば仕方ありませんね。

 ではラストオーダーという事でヤンニョムチキンのご注文はありませんか?

 ・・・無いという事で朧丸、やってください」


 ヒクイドリが僕との会話に気を取られた隙に朧丸は左に回り込んでいました。


 そして一声鳴くと竜巻がヒクイドリを襲います。


 突風がヒクイドリの纏う火を消し去り、黒っぽい地肌が見えてきました。


「いと、恵梨華さん。少々頭に血が上っているようですから冷やしてあげて貰えますか?」

「プランB、遂行って事ね!」


 絃紫さんはヒクイドリに右手を突き出し気合を込めて睨み付けます。


 するとてのひらから雪が噴き出し、ヒクイドリを埋もれさせていきます。


 詠唱とか掛け声とか要らないレベルで多分氷の魔法使いでは最高なんじゃないでしょうか?もしかしたら氷の魔導士にジョブチェンジしているかも知れませんね。


〖いきなり何よ!あたいが何したってのよ!〗

「火焔車(しまった朧車でしたか!)はこれで仕留められたんですけど、さすがにダンジョンボスは一筋縄ではいきませんね。

 僕は狛犬の獅子との約束を果たしに来ただけですから、貴女が何をしたかは問題じゃないんですよ。

 貴女に振り回される部下たちの為にささやかなプレゼントを差し上げたいだけなんですよ。

 狛犬の獅子は僕にこう言ったんです。『我儘なボスが下らない理由で迷宮氾濫オーバーフローを引き起こそうとしているから一発殴って正気に戻して欲しい』

 それ以上でもそれ以下でもありません。

 ただ、そのままでは殴りたくても炎がジャマで拳が届きそうにありません。

 ですから火を消してもらい、冷やして貰ったまでです。

 恨みも何もないとはいえ朧丸が怒り出してしまっては将来に禍根を残してしまいますので義務を果たさせて貰います」


 ただ、その後で僕がヒクイドリに殺される事まで獅子は計算していたとかは余計な事ですから言いませんですけどね。


〖あたいはお~ば~なんとかなんて知らないわよ!

 ただ外に出てつがいを探したいだけなのよ!〗

「貴女が出るという事は貴女の上の階層にいる連中も貴女の露払いとして出て行くという事なんですよ。つまりは迷宮氾濫オーバーフローの発生となる訳なんです。

 そんな事も知らないで事を起こそうとしていたんですか?」


 慌てるヒクイドリを見て僕は確信をしました。


 黒幕は他にいる、と。

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