第60話 社畜は後事を託される

「ところでいつまでだんまりを続けてくつもりですか、狛犬の獅子さん?」


 破壊されて自走する事が叶わずここまで朧丸に引っ張ってこられた白い石の塊はかすかに身動みじろぎをして見せます。


〖もう終わりは近いので御座るよ・・・もう拙者に気を使う事はいらぬで御座るよ〗

「気を使ったつもりはないですよ。

 それより、本来のお前さんの居場所の18階層で暴れられてさぞ迷惑だったんじゃありませんか?」

〖・・・〗


 ほぅ、だんまりですか。


「このダンジョンにも確か二組ほど10階層を越えたパーティーがいた筈ですが、例によって例のごとく二度と地上には戻っていませんよね。

 よろしかったらどこに行ったのか教えて貰えませんかね?」

〖人間どもの言葉で言うなら『天に召された』とでもいうので御座ろうな〗


 最終的にはそうなったんでしょうけど、どこまで行ってそうなったのか、どのようにしてそうなったのかが知りたいんですけどね。僕たちの未来もそうである可能性があるだけに。


〖すべてはヒクイドリさまにうかがいを立てねば明かす事は叶わぬと心得られよ。

 拙者を態々わざわざ生まれ故郷に連れ戻すなどという無駄な事をしでかした勇者には失礼なる言い前で御座るが我らとておきてに縛られた身、言いとうても口に出せぬようになっているで御座る。

 感謝はしていても関わる言葉自体を紡ぎだせないので御座る〗

「勇者では無くポーターとランサーなんですけどね」

師匠雅楽さん、そこは聞き流すのがマナーですってば」


 モンスターとの会話自体がレアだと思うんですけど、そこにもエチケットが存在していたんですね(;゚Д゚)!


 どうやらあそこに見えるのが19階層へ通じる小部屋のようですね・・・随分と出迎えが溜まっているみたいで、さながらモンスターハウス、と言ったところですか。


「返事が聞けないのは残念ですがお迎えが随分いらしているみたいですね。ここでお前さんを解放してあちらへ向かう事としましょうか」

〖・・・あいや、待たれよ〗


 おや、何かご不満でも?短い間とは言え道連れでしたから多少の融通は利かせますよ?


〖あれなるは拙者を迎えに来たものと推察するもので御座る。

 拙者をアレの中に放り込んで御身らは先を急がれるが吉と存じる〗


 え?自分じゃ動けないコレ狛犬の獅子を石代わりに投げろとか面倒な事になりそうなんですけど?


 一体一体、せいぜい5体程度までなら確実に勝てるとは思うんですけど、あの集団を相手に挑発するのはさすがに自殺行為と言うものでしょ?


 広範囲攻撃手段なんて朧丸の竜巻ぐらいしかないのに・・・朧丸にも無理をさせ続けていますからそんな無茶は避けたいんですけど。


師匠雅楽さん、ここはコレの最後のわがままを聞いてあげた方がいいんじゃないでしょうか?」

「あの中にコレをぶち込んで、僕たちが無事で済むとか思います?」

「よく考えてくださいよ。上で捕まえた時からコレの様子って変化がありました?」


 見た目はともかく、10階層を過ぎた辺りから必要以上の事を話さなくなりましたかね。


「見た目に変化はなかったかと思いますがねぇ」

「そこです。

 もしかしたら狛犬って自己修復能力が無いんじゃないでしょうか?

 だとしたら、あたしたちは瀕死の重体のままこんな底まで引きずってきた冷血漢って事になりませんか?

 もしかしたらあたしたちと合流した時にコレが言ってた『せめて介錯を』って言葉は助からないんだから安楽死させてくれって意味だったんじゃないですか?」


 絃紫さんの言葉に僕は愕然となってしまいました。


 絃紫さんの推測がもし正しければ、僕はとんでもない悪者じゃないですか。


 命乞いをする足手纏いを邪魔だからと殺すのと死を望む重篤な患者に何も処置をする事も無くただ生かし続けるのとではどちらが罪深いのでしょうか。


 コレのおかげでモンスターにも感情があり情緒がある事を知ってしまった僕は、これからどのつら下げて探索をして行けばいいのでしょうか。


〖何を躊躇されるで御座るか?

 拙者をあの中に放り込めば、親不孝者の最期を看取る栄誉を与えたと皆感銘を受け無傷で通す事で御座ろう。なぁに、この先の道はほぼ一本道で御座る。

 案内あないなど無くとも我らが主君のもとには迷う事も無く辿たどり着け申そう。

 ヒクイドリさまの驚く顔を見る事が出来ぬのが未練と言えば未練で御座ろうが、こうなる事ははなから覚悟していた事で御座る。

 拙者の代わりとは片腹いとう御座ろうが是非ともヒクイドリさまの慌てる様を目に焼き付けて頂きたいので御座る。

 ささ、遠慮などせず拙者を投げてしまわれよ〗


 こいつは最後の最後に僕を引っ掛けようとしてないんでしょうね。


 この階層に入る前は道の分かれ道とか肝心なトコで一言二言話すだけだったのに、さっきから随分と饒舌なんですよね。


 最初にこっちが話を振ったとはいえ随分と気軽に話すじゃないの。


「コレもこう言ってますからさっさと投げて次の階層に行きましょうか」


 ・・・絃紫さんはコレの事信じられるんですね?


「夫婦水入らずにこれでなれるんですから、コレがウソいてようがホントの事言ってようがそんな事はどうでもいいんです!」


 いつ僕と貴女は結婚したんですか?


 ただでさえ周囲からにらまれる事が多いのに変な噂は流さないでくださいね。


 どっちにしても、絃紫さんがその気なら運を天に任せるのもやぶさかではありませんよ。


 僕は絃紫さんに頷いて見せるとコレ狛犬の獅子をひっつかみ、投擲術レベル4の実力を見せつけるべく19階層への出口がある筈の小部屋の前に陣取る石像の一団目掛けて華麗なるフォームで放り投げました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る