第58話 乙級探索者は戦時を訴える

「ちょっとマジなの?

 アンタが総理とおトモダチ?何寝ぼけてんのよ、あの骸骨おやじに脳ミソでも溶かされちゃってんの?それよかさ、ウチの旦那の仕事、よろしく言っといてよ」


 話す順番間違っちゃったかなぁ・・・リリー鬼百合ったらあたしの話を全然聞いてくれないじゃん。


 事務所からリアカー借りて師匠雅楽さん収納箱アイテムボックスに溜め込んでいたドロップ品をゴッソリカウンターに持ち込んだら、事務所がパニックになっちゃってね。


 まぁ、このダンジョンじゃ絶対落ちてこないゴールデンビートルのドロップ品の金のインゴットやらエルダーセンチピードの外殻なんてもんを持ち込んじゃったもんだから出所を詰問されちゃうは挙句に丁種5階層のボス“朧車おぼろぐるま”(師匠が勝手に火焔車なんて名前を付けてましたけどこれが登録名なんですって)からの初のドロップ品のタイヤ?なんてのもあるもんだから何が起きたのかって上を下への大騒ぎになっちゃってさ。


 大体、師匠もアイテムボックス一杯になる程溜め込まなくてもいいじゃないですか。

 

 それも中身を出してる最中にレベルが上がったらしくてこれからはレベル3だって言ってましたからこれからはもっと詰め込めるわけでしょ?程々にしないとみんなから狙われちゃいますよ?(容量はレベル2の段階で1辺2メートルの立方体ぐらいの感じだって言ってましたよ)


 現にここの所長がどっかにこそこそスマホで何かしゃべってたしリリー榊原梨々香だって旦那自称勇者の手伝いがどうのこうのって言い出しちゃうし不穏ってしか言いようのない雰囲気にあたしの胃はボロボロになりそうですよ・・・えっ?お前の胃はそんなもの屁でも無いだろうって?悪かったわね!


 ホントの事でも言っていい事と悪い事が有るって知らない?知んないんだったら後で教えてあげるから覚悟しといてよね。


 で、あんまり空気が悪いもんだからリリーに森野首相に連絡を取って貰うように言った訳、そしたらこの有様ヨ・・・だからあたしはこんなのに向いていないんですってば。


「だからさリリー。とにかく、朧車のタイヤとか魔石とかあるんだからあたしの言ってる事がウソじゃないって解るでしょ?

 なかで師匠が待ってるから急がなきゃならないの!

 大至急・・・森野のおじさまはいいや。L〇NE交換してたの忘れてたわ。

 とにかく潜る準備の買い出ししなきゃならないし会社に休みの申請とか出さなきゃならないから査定をサッサとすませてくんない?

 どうにか20階層まで行って迷宮氾濫オーバーフローを止めさせなきゃなんないんだからさ」

「そうは言ったってあれだけの量を査定するのってすぐには済む訳無いじゃない。

 価格が決まっていない朧車の車輪とかオークションに掛けた方が絶対高くなる金のインゴットとか豆腐小僧の栄養豆腐を呪い無し腐れ無し傷無しで200丁とかこの事務所じゃ換金できる限界超えた物を持ち込まれたんじゃどうしようもないわよ」


 リリーが嘆くのはもっともだと思うわ。


 本職のポーターたちでさえアイテムボックスを持っているのは稀有な存在だし、ずっと溜め込んできた分、量が半端ないって事は判っているの。


 パーティメンバーの師匠が溜め込んでた分、てのがネックになってあたしが受け取るのがネコババなんじゃないかって疑われる事も理解できるの。


 ・・・?


「本多さんだったかしら、今いい?」

「あっ、さすがは乙級の『氷結の戦乙女』様です。

 この事務所始まって以来の大収穫ですね!」

「あ、ありがとね」


 このは人は悪くないんだけど何とも世渡りが下手そうなニオイがプンプンするわね。それにここに来るまでに溜め込んでた分が大半だから大収穫ってのも変な話よね。


「さっき潜る時にパーティーの申請を出したわよね」

「ハイッ!間違いなく頂きました!」


 そんなに気負わなくてもいいのに・・・


「じゃあ、『氷結の翼』だっけ?口座出来てる?」

「えっ?ちょっとお待ちください!

 ・・・出来てます!ばっちりです!」


 なんか大型犬の尻尾が後ろでばっさばっさ揺れてるのが幻視出来ちゃうわ。


「お手」

「ハイ!」


 ホントに差し出したあたしの右手の上に右手乗っけてるよ、この


「何、この緊急時に遊んでんのよ。

 あんた、ホントは余裕ぶちかましてんじゃないんの?」

「いや、つい・・・リリー、『氷結の翼』の口座が出来てるんだったら査定額はそっちに振り込んで貰えるわよね」


 半眼であたしを睨んでた鬼百合リリーはニヤッと笑ってウィンクを投げてきた。


「現金を渡すんじゃなかったら査定はすんなり行く筈よ。

 所長がなんかよからぬ事を思いつかなかったらね」

「そこは産休直前とは言え甲級探索者のお力をお借りして」

「じゃあ貸しね、旦那の手伝いをちょこっとやってくれたらチャラにしちゃうからさ」


 アンタの旦那って1回潜ったらひと月は潜りっぱなしじゃないの、それも丁種とか戊種とかの8階層辺りをだらだらとさ。さっさと10階層のボスを叩いて乙級に昇格すりゃあいいのに。


 だから自称勇者なんて二つ名が付いちゃうんじゃない?女には手が早い、金は出し惜しむ、二重三重に安全マージンを掛けてかすり傷一つ負った事が無いってね。


「時間が合えばって前提ですけどね。

 それに『(自称)勇者』さんって女しかパーティメンバーに加えないってポリシーがあるじゃない。

 ハードル高いと思うわよ?」

「そんときゃアンタも一緒だったらホイホイゆう事聞くって。

 相当ご執心だったからさ」


 それが嫌でアンタのパーティーから抜けたんだから勘弁してよ。


 とんだ藪蛇やぶへび・・・藪に潜って蛇を喰うだったかしら・・・まぁいいや。れた話を戻さないと。


「じゃあ、所長が動く前にお願いね」

「任せな!査定班!ちゃっちゃと仕事をさばかせちゃいな!金額確定した分はパーティー口座『氷結の翼』にどんどんぶち込めばいいからさ。

 それから黄金虫ゴールデンビートルの金のインゴット、鬼ムカデエルダーセンチピードの外殻、殺人バッタキラーホッパーのカミソリ羽根、大絡新婦エルダーウィドースパイダーの蜘蛛絹、それから各種の杖はオークションに出すから別にしといてちゃんと管理しとく事、もし紛失でもしようもんならダンジョン本庁どころか警察やら内閣調査局やらが出張ってくる大騒動になるから気を引き締めていくように。

 図書館ダンジョンみたいに一生後ろ指差されながら経歴隠して生きていきたくはないだろ?

 終わったら甲級探索者のあたいがみんなを回らない寿司屋にちゃんとご招待したげるから張り切るんだよ!

 さぁ、始めな!」

「えっ、儂の出番は・・・」


 何やら画策していたらしいダンジョン事務所の所長はいいトコをリリーに全部持ってかれて呆然自失としちゃってるね。


 きっとオークションに掛けるような代物をくすねて私腹を肥やそうとか思ってたんでしょうけどお生憎様でした。


 せめて自腹切っておごるとか先に言えたらかっこよかったんだけどねぇ。


「さてとそれじゃ、ひと月は潜れるぐらいの資材やら食料やら色々買い揃えなきゃいけないわね。

 L〇NEで首相とか会社とか連絡も摂らなきゃだしちょっと出かけて来るね」

「任しときな、ダンジョン本庁のお飾りが本当のお飾りなのか眼にもの見せてあげるからさ」


 こういう時のリリーってホント頼りになるのよね。あんな変なの自称勇者に引っ掛からなかったらってつくづく思うけど人の生き方は十人十色・・・住人トイレ?獣人吐息?・・・まぁいいや、人それぞれって事よね。


 まずはL〇NEをと―――


「ちょっと待ってくれ!」


 何を横から邪魔してくれてんのさ!って声がする方をにらんだらここの所長が真っ青な顔して震えてた・・・そりゃあ乙級の威圧を一身に浴びて平常心で居られるなら十分潜れるだけの根性があるってもんだけどね。


「何か?」


 元から良い感情を持ってない相手にあたしの声は低くドスが効いてくる。


「『氷結の翼』と言えばたった二人のパーティーだそうじゃないですか。

 あまりにも戦力不足ですから増援をですね」

「この近辺に乙級の探索者は何人いますか?」


 所長はぐっと声を飲み込んでしまう。


 そりゃあそうでしょう、探索者は個人事業主、一介のダンジョン事務所所長程度の人間に動向が把握できてる筈がありません。


 潜っているかどうかが本庁に記録として残されるだけでどこにいるかなんてどうやってわかると言うんですか?


「それでもですね、ここに所属する丙級や丁級の連中を使って少しでも安全に進めるようにした方がいいのではないかと」

「弱い連中をかばってこっちがケガでもしたら目も当てられませんよね。

 5階層のボス戦を経験しているのならまだ使える可能性はありますけどそんなのいます?」


 ヤツ所長は眼を逸らしました。


 ヤツは、単に途中の戦闘でもたらされるドロップ品の分け前でも狙っているだけでしょうね。


 こっちとしては、俗物に係わってる暇は無いのよ。


 ヤツの子飼いの探索者どもは精々3~4階層をうろつく程度、ケガでもされたらそっちに医薬品を消費しなきゃならないは、食料も消耗が早くなって持続的に潜る期間が短くなるは、挙句にドロップ品を分配させられるはと余計な事だらけになるのは間違いないし、ヤツのスパイであると疑って掛からざるを得ないのでパーティーの空気がギスギスしたものになってそれでなくても低い成功率が糞のように落ちていくのは自明の理ってヤツでしょ?


「余計なお荷物はいりませんので」

「しかし安全が」

「所長さんよ、エリーがこうまで言ってるのに横車を押したいってのは大庭誠実か宇佐美久歳絡みじゃないの?

まだいる老害はともかく、もう失脚したボケに忠義を尽くしたってもう目は無いと思うんだけど?」


 リリーには頭が上がらないな、旦那の事さえなければホントに信頼できるヒトなんだけど、まぁここは頭を下げて感謝を見せとかないとね。


「アンタらしくもない・・・全てはあの骸骨おやじの為ってところかい?

 ・・・ウチの旦那の事は気にしなくてもいいよ。

 ウチの旦那がどんなに汚い手を使ったところでアンタはなびかないだろうし無駄な事はさせないようしとかないとね」


 何から何までお見通しか、全くこの姉さんリリーには頭が上がんないわよね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る