第56話 社畜は世事に思いを馳せる

 それにしても迷宮氾濫オーバーフローは、本当に起こるのでしょうか。


 生贄いけにえさらうのにもっともらしい口実ではありますがそれを証明するのは困難・・・いや困ったちゃんダンジョンちゃんが口を挟んで来ましたからいずれ起こるのは間違いないでしょうけどそれが本当にもうすぐかどうかを検証するのは手立てがありません。


 下手にこれをダンジョン本庁に上げますと僕がダンジョンちゃんとの交渉の矢面に立てられてなし崩しに専任にされてしまうかもしれませんし(大庭いや木村みたいに無報酬にはしないでしょうが)、それ以前に風評の流布を理由に警察行きになってしまう事も有り得る事でしょうが。


 抑々そもそもダンジョン本庁側は、僕たちいえ僕には隔意を持っていますからまず僕の言う事を信じる事は無いでしょうし、僕としても確たる証拠を示す事が出来ないのですから空論を振りかざしている様にしか見えないのも当然です。


 ダンジョンちゃんの件は未だに秘密のアッコちゃんですから(え?古すぎる?そんな事言われてもそれしか思い浮かばないんですもん)。


師匠雅楽さんったらこんなトコにまだいらしてたんですか?

 いざ退出しようと思ったらいらっしゃらないんですもん、慌てましたよ!」

〖クルルッ!〗


 おや、物思いにふけっている内に絃紫いとしのさんと朧丸おぼろまるが僕を探しに来てくれたんですね。


 まぁそうでしょうね、僕無しで朧丸を外に出したら迷宮氾濫オーバーフローだって騒がれて討伐するだの捕獲するだのってひと悶着起きるのは間違いありませんから。


「さっきのアレ狛犬に絡まれてたものですから」

「!

 あたしとした事が!師匠雅楽さん!お怪我はありませんか?」


 絃紫さんたら過保護なんですから、あんな見掛け倒し何ともありませんでしたよ。


「僕は無事ですからご心配なく。

 それよりそのアレ狛犬から気掛かりな事を聞き出しましてね―――」


 僕の話を聞いて絃紫さんの顔が曇ってしまいました。


 いやぁ美人さんの憂い顔って目が離せなくなるというか、こら、朧丸!袖を引っ張るのはやめてください。


「師匠、実際2階層で丙種5階層のボスが出たという事から見ても確かにダンジョンに何かが起きているかも知れないという意見にはあたしも賛成です。

 でもそれを教えてくれたのがモンスターの狛犬だったと言われてしまうと誰だって首をかしげちゃうと思うんです。

 まぁ、あたしは弟子ですから師匠の言うことは100%信じてます。師匠がカラスは白いと言うのならカラスは白いと断言できるのが弟子ですから」


 それは暗に僕の言うことを信じられないって事かな?


 それからなし崩しになってますけど、僕は貴女を弟子に取った記憶はありませんからね?ただのパーティーメンバーの間柄ですからね?


「それにしてもまだ2階層もクリアできてない探索者それも非戦闘員をつかまえて20階層のダンジョンボスを一発殴れってのは無理難題の限度を越してるじゃないですか。

 今まで特種から戊種までのすべてのダンジョンで10階層の向こうに行って帰ってこれた者が世界でもまだ誰もいないっていうのに無茶が過ぎますよ。

 ここは素直に迷宮氾濫オーバーフローに備えて出てくるモンスターを虱潰しにぶち殺すように本庁に提言しとくしかないんじゃないですか?」

「連中が僕の言う事に素直に聞くと思ってるんですか?」


 絃紫さんは小鼻に皺を寄せてかぶりを振ると太い溜息をきます。


「ステータスの件にしたっていまだに抵抗しているみたいじゃないですか。

 自分たちに楯突く危険分子ぐらいにしか思ってませんよ。

 当然無視するでしょうね」

「そうなるとオーバーフローは必然的に発生する訳だよね。

 オーバーフローがもし起きたらどうなると思いますか?」

「ダンジョン周辺はぺんぺん草も生えない焼け野原になるって聞いてましたけど?」

「そうですね。

 そして僕たちの新居はどこにあると思いましか?」


 絃紫さんってば、そんな泣きそうな顔をしないでくださいよ。まるで僕が泣かしてるみたいじゃないですか。


「せっかくの師匠との愛の巣が無くなってしまいます!」


 なんて事を言い出すんですか、このは!


 世間様どころかご両親からも逆さはりつけにされそうな物騒な事を言うんじゃありません!


「とにかくそうなる前に僕たちが出来る事は何だと思いますか?」

「一番、ダンジョンの無いところで愛の逃避行、二番、モンスターがやってこないように徹底したバリケードを設営する、三番、先手必勝でダンジョンボスの首をこっちでねる、四番、本庁をだまくらかして全面戦争に持ち込む、五番、ダンジョンから出てくる前に入り口を埋める、六番、モンスターを他のダンジョンに誘導して同士討ちさせる、七番、ウルト〇マンを呼ぶ、八番、仮面ラ〇ダーを呼ぶ、九番、自衛隊か警察に任せる、十番、―――」


 あまりに下らないので十番以降は省略させて貰いますけど、結論として七番八番を除いて先の迷宮氾濫オーバーフロー大量発生時に実行された事のある攻略法でした。


 そしてその結論としては、時が経ち魔素の補給が無くなってからなら残存勢力を叩けるという事、でしょうか。そうならない限りモンスターは無敵ですからね。


 一番は一番生存確率が高いのは認めますが、戻ってきた時にはインフラは崩壊しているは逃げた事に対する非難が集中するはでその後の人生は無残なものになりますし、先のオーバーフローを経験している身としましては逃げてどうすると言いたいですね。


 二番は今の技術や素材で実行するには国家予算が必要となるでしょうから不可能ですね。実際、首相官邸などはその時の経験を生かして要塞のような造りになっていますが一般市民のレベルでそれをしようとするには時間も労力も資金もすべてが足りません。


 三番は今でも10階層の向こうがどうなっているかわからない程度なのにどうやってダンジョンボスのところまで辿り着けるのか、ダンジョンボスに勝つ方法があるのかという点で不可能といえます。


 四番は最初から疑われてる相手を騙して肩代わりさせるなんて方法を僕は知りません。


 五番はダンジョンとは異界です。同じ世界ではないので衝立を立てようがコンクリートで塗り固めようが一瞬にして消え去りますから無駄の極致ですね。


 六番は違うダンジョンのモンスターが鉢合わせになると合流してしまうので大変な苦労をして誘導した事例もありましたが被害が増大する結果に終わっています。


 七番八番は論評しないといけませんか?


 九番は地上での最大の軍事力は自衛隊でしょう。そして警察も個々の犯罪に対しては大きな力を持っているとは思います。

 ただモンスターに対して探索者ほどのノウハウを持っている訳ではありません。中には個人でダンジョンに潜っている者もいるでしょうが火器が通用しない相手にはかなわないのです。


 ところで朧丸や、君は何をくわえていてるのかな?


 

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