第55話 社畜は荒仕事を熟せない

 狛犬は僕のジト目に耐え切れずに伏せの姿勢になっています。


「戦い方を知らない僕に何をさせようと言うんですか?」


 黙って狛犬はひっくり返りお腹を見せて俗に言う降伏のポーズになりました。


 あっ、こいつ獅子の方だったんですね。


「黙っていてどうにかなるんならずっとそうしていてください。

 僕は戻りますから」

〖いやこれはで御座るな、謝罪の姿勢で御座って―――〗

「説明をするなら早くしなさい」


 狛犬もとい獅子は、僕の剣幕に恐れをなしたのかふざけた格好を止め慌てて伏せの姿勢に戻りました。


〖実を申しますと、もうすぐこの異界より御身の世界の言葉で言うところの迷宮氾濫オーバーフローが発生するので御座る〗


 あまりの告白に僕は卒倒する事も無く淡々と頷いていました。


 丁種異界の2階層で丙種5階層のボスと戦う羽目になったんです、それにコレ狛犬じゃなくて獅子との遭遇。となればある種の異変が有ったものと見るのが常識と言うものではありませんか。


「で、僕に何をしろと?

 人身御供になってオーバーフローを鎮めろ、とか?」

〖いえ、生贄は何の意味も無いので御座るよ〗


 無いんかい!と思わず突っ込みそうになりながらも話の先を促します。


〖この異界を攻略して頂きた「無理!」いや、そうでなければ外に我らが溢れ出す事になるので御座るが・・・よろしいので御座るか?〗


 この野郎・・・お化け屋敷ダンジョンの目の前のマンションに格安で入居したばかりだと言うのにこのタイミングでオーバーフローとかダンジョンちゃんめ!狙ってましたね!


【おーばーふろーはあたしのいしじゃないんだよ♡

 げんいんをなおしたらおとなしくなるからがんばえ~( ´艸`)】


 こんなふざけたコメントで納得できるとか思わないで欲しいんですが?


〖時間が無いので話を端折らせて貰うで御座るがよろしいか?〗


 よろしくありませんけど時間が無いんでしょ?


〖基本として異界ダンジョンは階級によって層数が決まってるで御座る。

 戊種なら15層、丁種なら20層、丙種なら25層と言った具合で御座る。

 時に勝手に外の者が階級を弄る事もあるで御座るが基本はそうで御座る。

 すなわち、ここ丁種異界迷路型3号壕・・・とか名付けていたで御座るかな?は20階層の異界で最下層のあるじはヒクイドリと呼ばれておるで御座る。

 そのヒクイドリが『あたしのいいヒトを見つけるの!』とか抜かしてつがいを求めて外を目指すつもりで御座る。

 我ら異界の構成員は、主が出ると申さばそれに従って打って出るしかない身で御座る。

 我らとて無駄死にはほまれでもなければ魂の階級が上がる訳でも無いので御座る。よって外に出てまで人間どもをあやめる意味が見つけられぬので御座るよ。

 我らが求めるは我らが異界の主ヒクイドリに一太刀浴びせ正気に戻せる者で御座る〗

「そこまで解っているのなら自分たちでどうにかできなかったんですか?」


 狛犬みたいな獅子は悲しげに首を振りました。


〖我ら絶対服従を旨とする者たちで御座る。

 拙者は、自らの意思で人間を当てて正気に戻って頂く事を同族どもに進言したので御座るが、敢え無く切り捨てられてここまで出で越した次第で御座る〗


 で、非戦闘員をスカウトしてどうするんですか?


 レベルは確かに上がっていますよ。体力魔力その他諸々、普通の人間では到達する可能性の無い所まで到達していると言っていいでしょう。


 だがしかし、僕には技能が無いんです。


 首根っこを押さえ付けた丁種10階層のボスのエルダーセンチピードに真剣白刃取りをされる程度の腕なのに丁種20階層のボスのヒクイドリに立ち向かえとかエベレストを装備無しで登るのと同じくらいの無理難題を平気で言っているんですよ、この狛犬・・・じゃない方は!


「大体、一太刀浴びせたとしてそのヒクイドリさんとやらは本当に正気に戻れるんですか?」

〖それはもちろんで御座る。正気に戻った勢いで挑戦者を火だるまにするまでが御約束という事で「ちょっと待ちなさい。

 それでなくても生きて帰れるかどうかと内心葛藤があったんですけど火だるまにするまでが御約束とはどういう事ですか?」

 もちろん、生きて帰す筈など無いで御座ろう〗


 散々無駄死には嫌だとか抜かしていたのに僕にはそれを強要するんですか?するんですね?怒りますよ?


 だからそこそこレベルが高くて実力に乏しい僕に白羽の矢を立てたんですね?


「それって人身御供とどう違うのでしょうか?

 さっき生贄は無駄だとか言ってましたよね?

 抑々そもそもなぜ貴方だけが喋れるのですか?

 納得のいく説明が無ければ奥へは行きませんよ」

〖いや、その、えーと、だからで御座るな・・・もはやこれまで!〗


 狛犬・・・面倒だからもうこのままでいいですよね・・・こいつは急に牙を剝きだして僕に襲い掛かってきます。


 僕はバランスを崩しかけて倒れながらも、取り敢えず狛犬の横っ面に平手打ちを放ってみました。


〖ギャイン!!!〗


 運よく平手は狛犬を捉え通路の奥まで弾き飛ばしてしまいました。


 結構奥までまるでピンポン玉みたいに跳ねていきますけどそんなに手ごたえは無かったんですけどね。


 まぁこれは、運痴な僕としては会心の当たりだと言っても差し支えないでしょう。


 と、言うよりも僕として出来うる最高の攻撃だったのかも知れませんね。


 それにしても思っていたほどは重くはありませんでしたからもしかしたらあの狛犬は中が空洞なのかも知れませんね。


 こんな時にクリティカルヒットが出るとか、もしかして常人の倍になっているらしい幸運値が働いてくれているんでしょうか?


 だったら最初からトラブルに巻き込まれなくして欲しい所なんですけど?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る