第54話 社畜は大事(おおごと)に巻き込まれる

 そいつは通路の真ん中にいました。


 いつからいたのでしょう、僕には感知できませんでした。


 ・・・えーっと・・・ここって神社かなんかでしたっけ?


絃紫いとしのさん、こんなのありましたっけ?」

「いえ師匠雅楽さん、さっきまでは無かったと思いますけど・・・ここ『お化け屋敷ダンジョン』ですよね?」


 安心しました、僕だけがボケたんじゃないって事に・・・じゃなくて絃紫さんですら気付かなかったとはダンジョンの神秘?なんでしょうかΣ(・□・;)。


「そうですね、妖怪界のガンジーこと無抵抗主義の豆腐小僧でさえ魔石が火属性の『お化け屋敷ダンジョン』ですね」


 あまりの無抵抗ぶりにさしもの強面ベテラン探索者たちも良心の呵責かしゃくに耐えかねて狩りをしなくなる・・・僕たちもそのてつを踏んじゃってる訳ですけど、そんな訳で豆腐小僧がそのドロップ品が低階層の割に高価なのにも拘らずそんなに流行はやってない『お化け屋敷ダンジョン』に間違いありませんよね。


 ・・・間がもてないもので何か反応をして欲しいんですがダメでしょうか?


 ・・・反応が無いので脇を擦り抜けて家路に就く事にしましょう。


師匠雅楽さん、気にし過ぎでは無いですか?

 動かないものに気を取られていても時間の無駄じゃないですか?」

「絃紫さんの言う通りかも知れませんね。

 ちょっと気にはなりますが真ん中に居座られてはかわしようがありませんね。

 間を抜けて帰りましょうか」


 絃紫さんが抜け、朧丸が飛び越し、続いて僕が通ろうとした時、引っ掛かって無様に転んでしまいました。


 何に引っ掛かったのかとり剥いた膝をさすりながら振り向くと、僕のリュックの紐が引っ掛かっていました。


 正しくはそいつにくわえられていたんです、狛犬こまいぬにです。


 狛犬とは寺社仏閣の正面に左右一対に設置された魔除けを目的としたモニュメントのたぐいである。

 向かって左の像はかつては一本の角を生やし口をつぐ吽形うんぎょうの『狛犬』、右の像は角は無く口をカッと開いた阿形あぎょうの『獅子』とされている。

 一般的には阿形の獅子が雄、吽形の狛犬が雌とされ―――


 ・・・いやいや気が動転してどこかの辞書で読んだ文章が頭を駆け巡っていました。


 絃紫さんも朧丸ももう姿が見えません。


 僕はこの犬型ゴーレムに喰われて果ててしまうのでしょうか・・・


〖もしもし?聞こえているで御座るか??〗


 なんか幻聴まで聞こえてきました、完全にアウトです。


〖聞こえているで御座ろう?拙者は「静かにしてくれませんか?考え事をしている最中に邪魔されると暴れてしまうかもしれませんよ?」

 ・・・それは済まぬ。じゃが拙者の話も聞いて貰えぬと話が前に進まんので御座る。

 ほんの数分でもよいのじゃ、拙者の話に耳を傾けてはくれまいか?〗


 いやです。捕食者の戯言たわごとに付き合うほど暇ではありませんから。


 僕がいないと、朧丸は野良のグリフォンと見做みなされてダンジョン本庁からの捕獲あるいは追討対象になってしまうに違いありませんから、何かいい方法を考えなければならないのですよ。


〖実を言うとで御座るが今この異界ダンジョンに来ておる連中の中で一番気概がありそうな御仁にお頼みしたい事が有るので御座るよ〗


 静かにしてってお願いしてるのに狛犬の奴、僕のリュックを咥えたまま勝手に話始めちゃいましたよ。無駄に器用ですね。


 相手にしたくないので無視です、無視。


〖そうつんけんなされるな、異界の主ダンジョンちゃんより御身おんみ*の事は色々と聞かせていただいているで御座るよ、『始原の覇王』殿よ〗


 まさか、あの餓鬼んちょダンジョンちゃんったらある事無い事あっちこっちに言い触らしているんじゃないでしょうね?


 僕は英雄的な行動が大の苦手の引きこもり中年ですよ?始原の覇王だって何もしてないのに勝手に付けられたんですからね?


「僕が一番気概がありそうだとか買い被り過ぎじゃありませんか?

 僕たちはあまりのジェノサイドっぷりにきょうがれて引き上げようとしているだけですから」

〖そこが気概があると言う事で御座るよ!

 その辺のアホウどもときたら豆腐小僧どもが無抵抗な事を良い事に只々高笑いをしながら殺戮を繰り返すばかりで御座る。

 とてもでは御座らぬが『弱い者いじめ』などと諭された御身の足元にも及ばぬ愚物ぞろいで御座るよ。

 その上、階層の門番どもとはほこを交えようとする武士もののふとしての矜持きょうじも誇りも持たず、只々安易な道を探るのみ。

 あのような者共とはかる大計**は御座らん!それに引き換え御身は・・・

 ゆえに拙者、この御仁ならあのお方の事もこの異界の事も救っていただけるに違いないと柄にもなく愚考した次第で御座る。

 何卒なにとぞ、そのお力をもってこの異界に係わる悪しき連鎖にくさびを打ってくだされ〗


 『悪しき連鎖』の説明も『あのお方』が誰なのかも『図る大計』がなんなのかもすべてが説明がされてないのにどう反応しろと言うのでしょうか?


「色々と突っ込みどころがあり過ぎて困るんですけど、僕一人だと物凄く弱いんですけどそれでも構わないという訳ですか?」

〖弱い、で御座るか?・・・常人より7~8倍もの力をお持ちの御身が、で御座るか?

 収納魔法もおさめておられるし、初級とは言え重力魔法やら風魔法やらと多彩では御座らんか。

 これを以って御身が弱いと称されるのであればもしや力の極みを求めておられるのでは御座らんか?〗


 狛犬は鑑定魔法でも持っているのか僕の能力が筒抜けになっているんですけど?


 使いこなせていないただ持っているだけの力なんて何の役にも立たないって事は、自分がよく知っていますから。


「自分の程度ってものを知っていますから、僕は修行に来ているんです」

〖まさかとは思っては御座ったがまさに修行ので御座ったか!〗


 話が進まないったらありゃしない、一々話の腰を折りたがるこのダメゴーレムに段々苛立いらだってきてしまいました。


「僕はサポートしか出来ないので戦えるのは他の仲間なんですよ。

 だから足手纏いにならないようにと修行をしているんです。

 貴方の口振りでは何かと戦わねばならないみたいですけどそれだったら僕と一緒にいた他の二人の方が適任と言うものでしょう?

 捕まえる相手を間違ったんじゃありませんか?」

〖他の二人とは氷魔法使いと・・・他に人間はおらぬようで御座ったが?〗

「グリフォンがいたでしょ?

 あのは卵から孵した娘の様なものですから僕にとっては人間並みに数えても構わないんですよ。

 僕のステータスが見えるんでしょ?テイマーってなっているのはあの娘を養っているからなんです」

〖!

 これは失敬をしたで御座る!

 テイムするとは使役すると言う事に他ならぬのにも関わらず家族同然の愛情を注いでおられるとは失念していたで御座る。

 されど、既に彼の者たちは階層をまたいで行ってしまったで御座るよ。

 とあれば既に手は無く御身一人に荷を負わせる事になってしまう事をゆるして欲しいので御座るよ」


 勝手に足止めしといてその言い草は無いでしょ?


「僕が闘いに不向きだって事はちゃんと説明しましたよね?

 それに僕はやると言った覚えはありませんけど?

 今からでも他の階層にいる人たちに声を掛けた方がいいんじゃないんですか?」


 狛犬はゲジゲジ眉を悲し気にひそめてこう返してきました。


「拙者の姿を見て皆逃げてしまって他には誰もいないので御座るよ」


 とんだ貧乏くじじゃありませんか!


―――――――――――――――――

*御身・・・貴方

**大計・・・大プロジェクト

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