第50話 社畜は祝い事に誤魔化される

「あたしは師匠雅楽さんが決めるんならそれで結構です」

「僕はネーミングのセンスがひどいらしいけどそれでもいいのかい?」


 リーダー問題を年齢問題にすり替えて難を逃れた絃紫いとしのさんは、面倒事は全て僕に押し付ける気満々のようで僕の逃げの一手も笑顔で切り捨ててしまいます。その師匠呼びも止める気ないんですね。


「どうせあたしが考えてもグリフォンだからグリちゃん、クルルッって鳴くからクーちゃんってレベルですから問題なしです。

 なんなら『雅楽うたい家ハーレムの会』とかでも全然問題はありませんから」


 僕の良識を疑われるような名前ぶっこま無いでくれます?


「ハーレム?いいんじゃない?

 あたしんトコの家族構成、エリーなら知ってるでしょ?」

「『勇者を囲む会』でしょ。

 その中に入れられかけたからパーティー脱退したんだもの、忘れる訳無いでしょ?」


 自称勇者?ダンジョンちゃんから『勇者』の称号は確か空いてるって話は聞いた事ありますけどいつの間にか埋まってました?


「『初めての探索者』さん、難しい顔をしなくてもいいじゃないですか。

 迷宮氾濫オーバーフローが発生した時、世界中で多くの人が亡くなったじゃないですか。

 日本は比較的うまく切り抜けられたと言っても総人口の38%を喪失、地球全体でいったら59%が喪失したって事は御存知ですよね」


 そんな事は、僕自身だって実際に両親や親せきの多くを失っているんですから知ってますよ。


 軍隊でも兵力の30%を喪失したら全滅扱いになるそうですから、人類は壊滅状態になったって事ですよ。ざっと70億が30億弱になった訳ですから。


 最悪の形ではありますが、人類の中での懸念の一つでありました人口爆発は大惨事を伴って一応回避できたという事になったのでしょうか。


 人口が減るという事は、その分生産量も減るという訳で世界経済の停滞を招くという事で、そうなると失った分を補うために各国が取った施策の一つが重婚の容認、つまり一夫多妻や多夫一妻、多夫多妻を認める事で人口増加を図ったって事です。


 まったく増えた方がいいのやら減った方がいいのやら。


 まぁ、トランスジェンダー云々だとか個人の権利だとか他にも色々譲れないものもあるでしょうが、とにかく増やさないとそのまま滅亡一直線ですから。


 僕みたいに古風な人間には今でも抵抗がありますけどそれが当たり前に有る絃紫さんたちの世代だったら抵抗が無いのかも知れませんね。


「家庭内に派閥抗争があるのもサツバツとしてやなもんですよ」


 そんな鼻筋に皺を作って嫌そうな顔しなくたっていいじゃないですか、僕には関係の無い事ですし。でも貴女のご両親って一人ずつじゃありませんでした?


 なんだか絃紫さんたらあんまりこの話は掘り下げて欲しくなさそうでしたから助け船でも出しましょうか。


「あぁ、そう言えば絃紫さんはリリーさんにあの事は教えてあげたんですか?」

「え?あの事だったらリリーには言いませんよ。

 だってリリーはダンジョン本庁の職員ですよ?

 未だにあの事を公開してないのに信用なんてできませんからね!」


 だったら嫌な話続けます?氷魔法が使えるようになって職業に『魔法使い』が追加になったって話を昔からの仲間にしなくてもいいんですね?


 ちなみに僕も『魔法使い』が生えました。


 ダンゴムシを一匹ひっくり返すだけで『鎌鼬ウィンドカッター』連発で魔力を使い果たし、気持ち悪くなってぶっ倒れかける程度ですけど。


 それにしても絃紫さんたらダンジョン本庁がステータスの開示をいまだにしてくれない事を根に持っているんですね。


 まぁ首相が、官報で告知するとか異界管理基本法を修正するとか色々言ってましたから実現はするもののと考えて今は静観しているんですけどね。


 でも、口約束を守られなかった時は今度こそ出て行くんで、その時の軍資金を溜める為に就職しましたから。


「信用無いのね、本庁って。

 でもそう言えば、エリーたちったら今まで丁種異界迷宮型22号壕公衆便所ダンジョンに潜ってたでしょ?

 何でここに移ってきたのかしら?」

「単にこの近くに引っ越してきたからよ」


 僕はすぐに襤褸ぼろが出ちゃうので絃紫さんにお話は任せましょうか。


 リリーさんは、僕と絃紫さんの顔を交互に見て何か探りを入れてるご様子。


 今気付きましたけど、リリーさんは随分とゆったりした服を着てらっしゃるんですね。


「あら?エリー、アンタちゃんと訓練してるの?

 随分綺麗な手になっちゃってさぁ」

「まだ、こっちに戻ってきて2週間程度なのよ。

 鬼百合リリーさぁ、そんなに簡単に手が荒れる筈無いじゃない、現役辞めて勘が鈍ってきたんじゃない?」


 いくら低級のダンジョンに潜ってるからって槍を扱うタコとかが手に出来ていない事に気付くなんて、リリーさんの洞察力には脱帽ですよ。

 

 それに対する絃紫さんの返しは・・・復帰して勘が戻ってないんならもっと練習してタコとかいっぱい出来てる方が当たり前なような気がしますから、ちょっと辛いですね。


 現実には氷魔法が実用に耐えられるように魔法ばっかり撃っていたんですから隠しようがありませんでしたか。


 それにしてもリリーさんの二つ名って『鬼百合』だったんですか・・・余程怖かったんでしょうね。


「んもう、鬼百合だとか懐かし過ぎて呼び名は止めてよ。

 今のあたしはなのよ、そこんトコ夜・露・死・苦!」


 どうやらリリーさんのヤバいトコをつついてしまったみたいですから、絃紫さんに目配せをして自主規制を要望してみます。


「両手剣振り回して先頭切って怒鳴りながら切り込んでいた人と同一人物だなんてとても思えないわ!」


 火に油を注いでどうするんですか!


「一度アンタとはじっくり話し合わなきゃいけないようね。

 今のアンタなら苦も無く捻れそうだけど?」

「それは遠慮しとくわ。

 だって胎教に悪そうだし、もしもの事が有ったら自称勇者から損失補填だとか言われてあたしがハーレムに引きずり込まれそうじゃん?

 ところで産休はいつからなの?」

「なんだバレてたかぁ。

 お腹が目立つのは来月ぐらいになりそうだから、それから休ませて貰おうかなって思ってるんだ」


 初対面の僕には解りませんでしたがどうやらリリーさんはおめでたのようですね。


 お祝いの言葉をぼそぼそと告げてサッサとダンジョンに向かおうとすると、受付嬢本多さんに呼び止められてしまいました。


「あのぅ、チーム名はどうなりましたでしょうか・・・」

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