第49話 社畜は些事に振り回される

 はやる気持ちを抑えてやってきましたダンジョンへ。


 びしょ濡れのレインコートを脱ぎダンジョン入り口の事務所に顔を出しますと、中にいた人間全員がこちらに振り向きます。


 値踏みするような眼、虚勢を張って鼻で笑ってみせる余裕が無さそうな薄い唇、様子をうかがって止まるペン、そのすべての意識は絃紫いとしのさんの持つ魔槍と無理やり僕の肩につま先立ちのようにして止まる朧丸おぼろまる(意地でもクーちゃんなんて呼びません!)に向けられているのです。


 そこには、僕の存在なんてこれっぽっちもありません。そんな事は端から分かっていた事ですから気にしてませんけど・・・気になりませんけど気にされたいんです!


 受付嬢の機械的な微笑みを前にしても僕の心はすぐれません・・・さすがに僕に対する扱いが冷たすぎます。


 どうせこの娘も営業スマイルで今日一日やり過ごそうとか思っているに違いありませんから。まだ午前6時、先はまだまだ長いのですからスタミナの配分は大切です。


「『氷結の戦乙女』さまと『初めての探索者』さまですね。で、こちらが従魔の・・・『くーる・おぼろまる』さまですね」


 おや、緊張でもしているんでしょうか?朧丸に敬語を使う受付嬢は初めてですね。


「えーと・・・パーティー名が記入されていませんけど・・・」


 臨時のパーティーですから態々名前なんて付けませんよ。


 横から圧が掛かってきました。何事かと目を向けると絃紫さんが小鼻を膨らませ眉をピクピクさせながら大きな胸を誇張でもするかの如く下からすくい上げる様に腕を組んで僕をにらんでいます。


 メヂカラがあり過ぎるから睨んでる様に見えますけど実際のところ、何か僕にさせたいんだとは察せますが何をさせたいのやら・・・


「?」

「!」


 ヒッと小さく悲鳴を上げて受付嬢が座り込んでしまいました。


 可哀想に、きっと絃紫さんの圧に当てられて腰でも抜けたんでしょう。


「いきなり威圧を飛ばすとか、受付嬢さんがびっくりしちゃいましたよ」

師匠雅楽さんがいつまでも女の子を待たせてるのが悪いんです!」

「どこにですか?」

「ここに!あたしが!待ってます!」


 いきなり脅かさないで下さいよ。びっくりして朧丸が落っこちたじゃないですか。


「まだ、そんな事言ってるんですか?

 貴女が新しいチームを結成するまでの腰かけだって自分で言った事を忘れてるんじゃありませんか?」

「それはその、レベルが合いそうな連中って自分のパーティーがしっかり出来上がっていて中々入れるチャンスが無いって説明したじゃないですかぁ」

「見どころがある若い子を集めて育ててたっていいじゃないですか。

 僕は丙級扱いとは言えポーターですよ?ちゃんとした前衛後衛を育てた方が早いんじゃないですか?」


 最近、絃紫さんとはこの事でよく言い争いになってしまいます。父親より年上の中年とつるむより前途有望な若い子と組んだ方が絶対にいいですって。


 でもこのタイミングで蒸し返さなくてもいいじゃありませんか。


「そういうやつらってあたしの胸とかお尻とかばっかり見てて集中できてないんですもん!」


 それは、その胸を強調するポーズとかを止めればおのずと減りますって。


 ほら、さっきまでこっちの事を窺っていた連中がそそくさとダンジョンに潜りに行き出したじゃありませんか。


 図星だとは言えあからさま過ぎるのも考え物ですね。


 殿方と中々お付き合いに進展しないのは、そういうデリカシーの無い所があるからじゃないんですか?


 でもこのままでは、最悪ソロで潜らなきゃならなくなりそうですから大人の僕が折れる事にしましょうか。


「絃紫さんがちゃんとした相手を掴むまでのつなぎでしかやれませんがそれでよければ組みますか?」

「前提条件が気に入らないですが(でもどうせ他の相手なんて捕まりっこないんですからいいか)組みます!」

「あ、あのそれはおめでとうございます・・・それでチーム名は?」

「リーダーは年長の師匠なんですからカッコいいのを決めてください!」

「ランクは貴女の方が上なんですからリーダーは貴女ですよ。

 ですからチーム名は貴女が考えてください」

「え、そこも決まってなかったんですか?」


 パーティー結成には合意できたもののチーム名どころかリーダーも決まりません。


 間に入った受付嬢も半泣きで右往左往しています。


「朝っぱらからけたたましいと思ったらエリーじゃん。

 就職したんじゃなかったの?」


 横から若い女性の声が聞こえたかと思ったら、いきなり絃紫さんに抱き着く方が現れました。


「あっリリー!おひさ!

 就職したのはしたけど稼ぎは悪いし人間関係最悪だしでこの人が辞めるのにくっ付いて辞めちゃったの。

 んで、一緒のところに再就職もしたからこれからパーティー組んで一緒に探索始めようってトコ!」


 以前の探索チームの方でしょうか?だったら絃紫さんを引き取って貰って僕は朧丸とリハビリ兼ねて浅い所をうろちょろしちゃいましょうか、ね?


 よく見ると絃紫さんに抱き着いてる方はダンジョン事務所の事務の方ですか?


「絃紫さん、こちらは?」

「あ、すいません。

 こちら就職前に組んでたパーティーメンバーの榊原梨々香、リリーって呼んであげてください。

 チーム解散した後ダンジョン本庁に入ったって聞いてたけど?」

「あ、挨拶もしないでしゃしゃり出てすいません『初めての探索者』さん。

 あたし、ダンジョン本庁から派遣されて現地に常駐するスタッフ、つまり下っ端も下っ端の榊原梨々香・・・アンタが先走って紹介するから挨拶しようがなくなってるじゃないの!

 ま、とにかくよろしくお願いします」


 榊原梨々香さんと言えば、確か昨年末で解散した乙級パーティー『進撃の戦乙女』のリーダーだった方。絃紫さんの事を良く知ってらっしゃる方ですね。


 乙級パーティーのリーダーともなれば個人的には甲級でいらっしゃるかも知れませんね。



 受付嬢はそんなリリー榊原さんの様子を見て目を丸くして棒立ちになっています。大方リリーさんは自分の素性を隠してダンジョンに派遣されたんでしょうね。


 こんな大物がしがないダンジョンの事務にいるなんて誰も思わないでしょうから、これから事務所できっとひと騒ぎ起きるんでしょうね。


「それはそれとして本多さんこの二人は何を揉めてるの?」

「・・・実は」


 受付嬢こと本多さんから僕たちのいざこざのあらましを聞くと榊原さん・・・リリーさんは額に手を当て天井に向けて大きく溜息をきます。


「エリー・・・こんな時はオトナに任せて自分は引っ込んでろって教えてきたじゃん。

 リーダーは『初めての探索者』さんに任せるべきね。

 チーム名は・・思いつかなけりゃ適当に案を出しますけどどうです?

 ・・・そうですね『ゴールデンバット』『疾風の戦乙女』『氷結の翼』『獣王騎士団』『グングニル』ぱって思いつくのはこれくらいかな」

「いきなりでよくそんなに思いつけるものですね。

 由来みたいなものがあれば教えていただけますか?」


 準備してたかって位スラスラと名前が出て来るのでびっくりしてしまいましたよ。


「由来・・・ですか?

 言い辛いなぁ・・・ダメ?

 ・・・ええ・・・分かりました。

 『ゴールデンバット』は、その黄金バットの英訳、ですね。

 エリー、そんなに睨まないでって怖いんだからアンタのその眼って。

 ぶっちゃけ、『初めての探索者』さんの見た目からスケルトンにいってそれじゃあんまりだから正義の骸骨黄金バットに、ただそれもあからさま過ぎるんで英語にしました。

 『疾風の戦乙女』は風の魔獣グリフォンとエリーの二つ名『氷結の戦乙女』を象徴する言葉の組み合わせですね。

 『氷結の翼』も同じでエリーの方を前に出した感じですね。

 『獣王騎士団』はグリフォンみたいな大物をテイム出来ちゃった『初めての探索者』さんから発想を飛ばしてみました。

 『グングニル』はエリーが持つ槍の名前が由来です。

 少しは参考になった?」


 ゴールデンバットは名前を出汁に笑われるのが目に見えてますのでパスですね。

 疾風の戦乙女は僕がいる時点で乙女が似合いませんからね。

 氷結の翼はありかな?

 獣王騎士団は僕が『始原の覇王』の称号を持っているのを知ってて名を付けているみたいでパス。

 グングニルはカタカナだけで書きやすいからありかな?って言うかあの魔槍に名前があったんですね。


 僕の意見はこんなですけど絃紫さんはどうお考えでしょうかね?

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