社畜、仲魔を増やす

第48話 社畜は綺麗事を無視する

 まだ夜も明けやらぬ早朝、と言うか深夜に新居のまだ慣れない家具の配置や嗅ぎ慣れていない部屋の臭いが、僕に新生活の始まりを教えてくれています。


 探索者として国を捨てる覚悟は出来ているものの、先立つものが無ければ海外に移住する事もままならない訳で取りあえず就職をしました。


 ダンジョンとの約束として週に一回以上は潜らなければいけないのでダンジョンの近くに引っ越しをして新たな職もゲットしてと、新生活に馴染むのに大わらわの毎日を送っています。


 ダンジョンに潜ったとしても一番の収入源であるべき魔石をグリフォンが粗方あらかた喰ってしまいますので探索者としては生活など出来ないという事もあって、やはり就職は必須な事なのです。


 ドロップ品は実際のところそこそこ集まってきてはいますが、心情としてダンジョン本庁には出したくはないので“収納箱アイテムボックス”の肥やしとしてスキルの機能強化のいしずえになって貰っています。


 ダンジョン近くの物件と言うのは、過去に迷宮氾濫オーバーフローが発生した事もあってどこも相場よりかなり安いという事で一人暮らしにしては多すぎる部屋数のマンションに入る事が出来ました。


 隣の部屋には、絃紫いとしのさんが入ってきて臨時だった筈のパーティーが継続される事になりました。


 乙級の前衛と丙級のポーターとボス級のモンスターのパーティーは、何かと目立って恥ずかしいですが。


 絃紫さんも僕と同じ会社に潜り込んできていて、いつでもずっと顔を見られる状態に何かの執念めいたものを感じてしまいます。


 こんなしょぼくれたおじさんに何を求めているのか皆目わかりませんが触らぬ神に何とかでそっとしておきましょう。


 別に僕が絃紫さんに借金をしているだとか弱みを握っているだとかそういう事は一切ありません。


 ロマンスグレイのいかにもできるビジネスマンと言った風貌の絃紫さんのお父さん(ぼくより3つ年下)にもしつこく聞かれましたから、その事は強く否定させていただきます。


 嫁入り前の娘に悪いムシでも付かないかと心配なのは、僕にとっての絃紫さんの位置付けからもよくわかりますので守ると明言しておきました。


 貧相ななりの歳上から守ると言われてもお父さんとしては納得出来なかったでしょうが、そこは腰まで伸ばした黒髪が素晴らしいお母さんが上手く纏めてくれて非常に助かりました。


 それにしても絃紫さんトコは美男美女ぞろいですね。


 お父さんお母さんは元より、高校生くらいの金髪の弟さんも中学生くらいのツインテールがよくお似合いの妹さんもモデルか何かかと思わせるほどの美しさで、僕みたいな貧相な男が側にいていいとはとても思えませんよ。


 ただ金髪に若いうちから染めてると禿げるのが早くなるって聞いた事が有りますので毛根には優しくして欲しいのですが・・・




 新しい会社では、前の会社の人間とは極力会いたくなかったので営業では無く内勤を希望して入りましたが、どうやら繁忙期に入社してしまったらしく新人だとか畑違いだとか言い訳する事も出来ないままお客様相手に東奔西走する日々です。


 それでも土日はちゃんと休みが取れるという事でようやく今日は自宅から見えるダンジョンへと足を進められそうです。


 グリフォンもさすがに虫は食べ飽きてたのか今までとは違うダンジョンに入ると告げると、気分は爆上がりで後ろ脚だけで立ち上がり珍妙な動きをしていますね。


 何でも人間だとするとニュージーランドかどっかのハカとか言うダンスに相当するらしくて、偶々たまたま名前を決めてやった時に居合わせたどこかの自称ダンジョン学の権威とやらが自宅まで押しかけてきてもう一度見せてくれと懇願してきたりもするんですがグリフォンがその気にならないという事で泣く泣く帰って行ったなんて事もありましたね。


 絃紫さんはそれがとってもキュートだと褒め千切ってますけど・・・ねぇ。


 その『それ』って何に掛かってるんでしょうか?


 とにかく朝食もって開場時間に合わせて部屋を出ようとすると、絃紫さんが槍を手に仁王立ちで待っていました、例によって小鼻を膨らませながら。


「お、おはようございます?」

「おっはよぉ~ごっざいまぁすっ!

 さぁ、爽やかな朝ですね!今日は一週間の憂さをしっかりと晴らしましょう!」


 時間は朝の5時半、横殴りの雨が降っていて外は真っ暗です・・・そのテンション、グリフォンと変わんないじゃないですか。


 まぁハカを目の前で妙齢の女性にやられるいたたまれない罪悪感に比べればマシなのかも知れませんが。


「クーちゃんも元気だね♡」

「何度も言ってますけどその名前、変じゃありませんか?」

「そんな事ありません!可愛いのは正義です!」


 やれやれと首を竦めながら目の前とは言えダンジョンに着くまでの間にびしょ濡れになりそうな土砂降りの中を移動しますからグリフォンに大型犬用のレインコートを着せながらの出勤です。


 グリフォンの名前ですか?


 最初は絃紫さんがグリちゃんで僕はグリフォンのままでいいって言っていたんですが、森野首相が『世界で初のグリフォンの従魔なのにそんなへなちょこな名前じゃ世界が納得しない』とか何とか余計な事を言いだしまして仕方なく、本当に仕方なくですが名前をひねり出したんです。


 絃紫さんはクルムウェル3世、ぼくはそーちょー、と。絃紫さんは普段の鳴き声が『クルル』だからそれをもじって偉そうな名前にしたとの事、僕も『クルル』から某蛙の侵略者を思い出しまして曹長でそーちょーにしました。


 ところがグリフォン本人(?)はともかくとして森野首相以下政府要人の御歴々が猛反発(そんなに暇な人たちだとは思っても見ませんでしたよ、仕事してくださいよ、仕事を)、学者先生まで引っ張り出しての命名会議となってしまいました。例のキ〇ガイ先生もその時に召喚されてましたね。


 そこで出てきた100にも及ぼうかと言う名前の数々ですがグリフォンは一向に気に入る様子がありません。


 因みに出てきた名前の代表として『百恵』『淳子』『静香』『小百合』『ジャンヌ(ダルク)』『カトリーヌ』『エリザベス』『大和』『エカテリーナ』等々、等々。


 雌だという事はライオンの下半身を見てれば解る事でしたからことごとく女性の名前な訳で(大和は除く)、名付け親の年齢から多くは思春期の頃その当時流行ってた女性アイドルなんだろうなと類推出来るんですけど呼ばれる方からてんで無視されてたら目も当てられませんよね。


 その伝から名前を付けるなら僕なら『みぽりん』なんですけど、いろいろ恥ずかしいですからそれは無しって事で。


 僕も段々と面倒くさくなってきまして次に出す名前でグリフォンが反応しなかったら名無しのままで行くと宣言。


 僕が出した名前は『朧丸おぼろまる』。動きが素早くて姿をはっきり見る事が出来なくなる事があるから。


 これならこいつだって喜んでくれる筈っと振り返った時、絃紫さんのかかり過ぎた雄叫びが耳を打ちました。


「クルルって鳴くからクールちゃん、愛称だったらクーちゃんで決まりよ!」


 そこで繰り広げるグリフォンの喜びの舞。


 ・・・ハッキリ言って僕のに反応したんだと思います。


 でも絃紫さんの発言のタイミングで踊っていました・・・


 しかたなくコイツグリフォンのフルネームは『クール・朧丸』・・・愛称はクーちゃんになってしまいました。

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