第44話 元社畜は隠し事を見逃さない

「おにいさん、その話は本当かい?」


 え?お兄さんなんて言われても一人っ子でしたから弟なんていませんでしたし、ずっとおじさんって呼ばれ慣れててくすぐったいんですけど? 


 振り返るといきなりドアが開き恰幅のいい紳士が入ってきました。


 僕たちだってラフな格好をしてるのにこの場に不似合いな三つ揃えをいきに着こなし白髭を蓄えたこの男を僕は、いや絃紫いとしのさんも見た事が有りました。


 旧政権を打倒し探索者を中心に据えた政治を邁進する生きるカリスマで現総理大臣 森野熊三氏、その人でした。


 何でそんな人がこんなところに?はてなの嵐にもみくちゃにされる僕たちを見て首相は髭を動かして笑って見せます。


「ダンジョン本庁の動きがこのところ怪しくてね、大庭君が地元でも無い筈のこっちに飛んだと聞いて第6感が閃いたんだよ」


 チンピラの木村紳市だったらここは地元ですけどね。


「折角復帰してくれたにも拘らずバカ共が余計な事をしてくれたようで済まない」


 一国の総理大臣にいきなり頭を下げられるとかどんな罰ゲームなんでしょう!


 胃が、胃が痛すぎる!!


「そんな、頭をあげてください。

 貴方が何かした訳ではありませんから」


 別の言い方をすると何もしなかったからこそ、木村や官僚たちが増長したとも言いますが。


「お詫びと言っては何だが、君たちに確認させてほしい事が有るんだがよろしいだろうか?」

「この場の落とし前次第でお答えする事にさせて頂いてよろしいでしょうか?」

「ハッハッハッ!私のところまでも聞こえた伝説の男は一筋縄ではいかないようだ」


 首相は豪快に笑い飛ばして見せますけど、こいつらの処分が決まらないとか決めないでお茶を濁すつもりだったらサッサとこの国を見捨てる覚悟は出来てますんで。


「ついこの間まで骸骨だの即身仏だのと呼ばれていた一介のサラリーマンだった人間のどこが伝説の男だかは存じ上げませんが、ダンジョン本庁って随分と風通しの悪いシステムになっているんじゃないんですか?

 ダンジョンの産物は全て国家の所有するものだからグリフォンは回収する、とか言われましたからね」


 顔を強張らせてダンジョン本庁関係者は、僕と首相に視線が合わないようにそっぽを向いてます。


 なんだ、その程度の力しか持っていないんですか?グリフォンを召し上げて何をするつもりだったんでしょうね?


「ほぅ?確か大庭君から提出された異界基本法改定私案にもそんな事が書いてあったようだが、私は明確に削除を指示した筈だが?」

「こ、これは国家百年の計として必要な事です!

 強い国家なくして国民を守る事などできません!」

「君はバカか。そんな事をすれば探索者はダンジョンに潜る意義を失くして誰も潜らなくなるとは思わないのか?」

「その時は公の権威をもって潜らせます!」

「確か、君は元探索者だったそうだな。乙級まで上り詰めたが怪我で引退したそうじゃないか。

 もっときちっと探索者の立場から物を考えられるものと思っていたんだがな」


 絃紫さんの眼が胡乱気うろんげに二代目大庭誠実の方を見つめていますね。


「ワサビ園事件の中心人物の木村紳市ってヒトは5人組丁級パーティーのリーダーで個人としては丙級の資格しか持っていなかった。

 ワサビ園事件のあらましが書かれていた資料にはそう書いてありましたよね」


 現在、探索者資格のランク分けは上から特・甲・乙・丙・丁・戊・己・初の各級に分かれていて其々それぞれ個人資格と団体資格とがありますけどどちらにしても乙級には届いていませんね。


「経歴詐称、か?

 ある程度の誤魔化しは誰でもやっているものだと目を瞑っていたが・・・こりゃ命取りだな」


 丙級資格って僕たちみたいに初期からライセンスを持っていた探索者に便宜上与えた最初の資格、でしたよね。


 現に僕も丙級探索者と言う待遇でダンジョンに入ってますし。


 でも僕と違ってずっと探索者をしていた筈ですよね。それで丙級のままって。


「ついでにあたしが聞いたウワサですけど、そのパーティーは常習的に“モンスタートレイン”を引き起こして他所のパーティーに討伐をさせた挙句に“横殴り”をされたと言い掛かりを付けてドロップ品を巻き上げる札付きだったそうですよ」


 モンスタートレイン、単にトレインとも言われる行為で自分たちが戦っていたモンスターが手に負えなくなった挙句にそれを他の探索者に押し付けて逃げ出す事。


 横殴り、横取りとも言われる行為で他者が戦っていたモンスターに割り込む形で戦いに参加しドロップ品を攫う事。探索者のトラブルの中でも殺し合いにまで発展しかねない危険な行為でダンジョン本庁は資格剥奪も含めた厳しい対応をしている。ただし、ほとんど人の目が届かないダンジョンの中で行われるため表立って処分される探索者はまずいない。


 つまりは、自分さえよければって言う典型みたいな事をしている訳で表立って問題が浮上しなくてもそれだけ周りからの評判が悪ければランクが上がる訳も無いですかね。


「それは誤解だ!

 俺の知ってる木村紳市はそんな奴じゃない!あいつは面倒見のいい男気のあるいい男だったんだ!

 それに俺を木村紳市と同じだっていう根拠は何だ?

 勝手に作り上げた木村の虚像を吊し上げた挙句に俺をそれに嵌め込むってどうかしてるぜ!」

「じゃあ、二代目を継ぐ前はアンタは誰だったんですか?」

「俺は、村井信吉むらいのぶよしだ!」


 多分、今まで何度も言ってきた事なんでしょうね。随分と慣れたやり取りですね。

 

「ちょうどここは、ダンジョン本庁とのオンラインのある場所だな。

 すまんがキミ、何をぼぅっとしてるんだ。端末で乙級探索者村井信吉を検索してくれ」


 首相に頼まれるもなぜか動こうとしない鬼ババア、おっと大庭華女あやめサンでしたね。


 まぁ、実務なんてほとんどやっていなかったでしょうし、出来ないから動けないってところでしょうか。今更遅延行為をするとか無駄でしかないんですから。


「じゃあ、あたしがやりましょうか?」

「ちょっと待て、お前だとどんな不正をするか解らん!」


 さすがはハケンのマドンナ。絃紫さんが素早く端末に向かおうとすると横やりが入りました。


 二代目大庭誠実センセ、自分の事言ってます?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る