第41話 元社畜は返事を真面に返されない

「こんな茶番をいつまで続けるんですか?」

「茶番とは何の事でしょうかな?私は貴方方の実力を測るためにここまで来てイレギュラーボスの発生と言う有事を乗り越えてこれを退けたのを確認した。

 それ以上の何が御望みですかな?」


 僕の予想通り、しらばっくれてきましたね。


「あの人を助けるかどうかを確認しに来た僕たちには助ける必要は無いと言う。

 探索者の常識をわきまえていないから死んでも構わない、ちゃんとした探索者が相手ならその理屈も否定はされませんね。

 でもそれがずぶの素人でしたらどうでしょうか?

 もし、貴方が探索者の有資格者でしたら、監督保護の責任を追及されても仕方が無いんじゃないでしょうか?確か2年程前にダンジョン本庁が全面敗訴していましたよねぇ」


 ちなみに、僕たちはちゃんと救助の打診をしているので罪に問われる事は無い筈です。追跡者にしたってある程度の実力が無ければこんなところまで潜れはしないでしょうし。(おばはんの方はダンジョン本庁以外の人間のようでしたからずぶの素人認定をしてあげてもいいのではないでしょうか?)


「何を言いだすかと思えばそんな下らない人道主義に染まっているとは思っても見ませんでしたよ」

「下らない人道主義者と言われますと何とも面映おもはゆい気持ちになりますけど貴方は後悔なさいませんか?」


 僕の問いに鼻で笑って真面まともな返事を返さないこの男にそろそろ引導を渡すべきでしょうか?


 僕はかたわらのグリフォンに前に出るように指示を出します。


 グリフォンの首にはカメラ替わりのスマホが掛かっていて、今の会話もしっかりと録画されています。


 顔を引き攣らせながらも男はうそぶいて見せます。


「そんな物を出されてもどうなると言うんですかな?

 この国に一探索者の戯言たわごと如きを気に掛ける有識者など存在しませんよ。

 それに一体何の証拠能力があるとでも言われるのですかな?

 実際の所、私は明確な返事を返している訳では無いのですよ」


 そう簡単に言質げんちは取らせない。それが官僚の矜持ってものなのでしょうかね?


「そもそも僕たちがここにいるのだって貴方たちがどうしてもと言うから来ているんですが?」

「多忙を極める我々がこうしてあなたの為だけに時間を割いているというこの事実をどうお考えかな?」

「僕たちは丁種5階層の制覇認定を受けたいとお願いした訳ではありませんよね?」

「では何故我々がこんな地下にまで潜っているのか説明をしていただけますかな?」


 質問に質問を返してさもこちらに問題があるかのような雰囲気を作り出そうとするのは、勘弁して欲しいのですけどね。そうしないとそろそろアノ人が爆発しそうなんですけど・・・


「もう!いつまでもごちゃごちゃ言ってないで、このままだとあのおばさんが死んじゃうかもしれないじゃないですか!」


 ほぅら爆発しちゃいました。


「死ぬかもしれないと知ってて放置しているのは貴方方ではありませんか?」


 ほら、そう来ると思ってましたよ。


 加害責任をこっちに押し付けて、この事故からも僕たちの一件からも美味い事逃げおおせようと考えた絶妙な一言ですよ。


「こちらとしては貴方方がこちらのミッションを失敗させようとしている事に慌てていかにも呪いが掛かってそうなドロップ品を拾い損ねて退室したんです。

 もしもの事が気にかかって中を覗いて何が変だって言うんでしょうか?」

「ミッションを失敗させようとは人聞きの悪い物言いじゃありませんか。

 それにまるで呪いが掛かっていても回収できる術を持っているかのような言い方をされてますね?」

「ドロップ品を拾い損ねたから拾う術を別に用意している、そう言っているとお思いですか?」


 ぶっちゃけ出来ますが、何か?


 ここで出来るとか返事をした日には、一生ダンジョン本庁に扱き使われる運命が待っている訳ですよ。“収納箱アイテムボックス”のスキルを持っているのはこの国でもほんの数人の筈ですから。


「もしその方法があるのなら後学の為にも是非見せて欲しいものですな」

「僕の知っている常識として『探索者たる者、自分の飯の種を気安く人前に披露するべからず』

 という事で悪しからず」


 自分の言い分だけを通そうとか舐めた考えをなさっている間は、こちらとしても協力する気は全然ありませんよ。


「行政指導がよろしいですかな?それとも開示請求にしましょうか?」

「こちらの意を汲む気が無いという事でしょうか?」

「30年ダンジョンに寄り付きもしなかった人物がいきなり丁種10階層のボスを攻略した。この事実をもって世間には貴方の復活を喧伝できるではありませんか」

「僕たちが求めているのは、世間に喧伝する業績ではなく個々の成長の確認なんです。

 ただそれだけの事を言ってるのに貴方たちはボス攻略戦を強要してデータの搾取をしようとする。

 ただ、単に計測をやり直すだけで済む事をなんでそんなに恐れるのかが、僕には理解できません」


 わざとらしく溜息をくと追跡者の男はふところから書類を取り出します。


「素直に言う事を聞いていればこんな事をしなくてもいいんですがね。

『行政執行命令書

 ががくたいちに命じる、特定外来魔物A32号の所有権を国に返還し異界より退去せよ』

 尚、この命令は公布後1時間以内に速やかに実行するものとす」


 スキルの開示請求でもするのかと思えばグリフォンを『国に返還』して『ダンジョン異界から速やかに退去』せよ、ですか。


「どこの官庁からの命令でしょうか?」

「ダンジョン本庁こと異界探索統括庁の探索者支援本部ですな。貴方方が最初にやってきたあそこからの命令書ですよ」

「サインは誰になっているんです?」

「まだ無駄な抵抗をされるのですかな?

 異界探索統括庁長官 大庭誠実ですな」


 あの鬼ババア絡みの案件でしたか。


「ほほぅ、現職の長官、ではなく元職の長官命令ですか・・・いつ発行された書類ですか?」


 いつ発行された書類か開示する事無く、さっさと懐に仕舞ってしまいましたね。


 大庭誠実の署名が入っている事は間違いないでしょうけど、とっくの昔に失効した奴なんでしょ?


 内容もちゃんとしていないと言うか、その場で作文しながら命令しようとしたんじゃないのですか?


「まだ、内容も確かめていないのに引っ込めるとはあんまりじゃありませんか」

「国家公安上の最上級守秘義務発令の案件に付き、一般人の閲覧は最高裁の許可が必要になっていますから見せる事は出来ませんな」


 厭味ったらしい言い方で僕の要求を拒否しましたね。


「2代前の長官の命令が最上級守秘義務発令の案件になるんですか、へぇ」

「文句があるのなら最高裁に申請を出して見ればいいでしょう。まぁ、120%却下されるでしょうがね」


 せせら笑ってますけど僕は何の痛痒も感じないんですよ。


「まぁ、どちらにしても『ががくたいち』さんに下された命令に僕が関わる必要も無いでしょう。グリフォンよ、あのおばさんをここまで連れて来れますか?」

〖ピーッ!〗


 鬼ババアの一味を無視する事にしてグリフォンにおばはんの回収を指示しました。


「私の命令を無視する気なのか?

 大庭誠実様が恐ろしくないのか?」

「偽の命令で騙そうとするやからの言い分を聞く耳など持ち合わせていませんから、どうぞお気になさらずに」

「偽の命令とは何だ!国家権力を侮辱して済むと思うのか!」

「悔しかったら『ががくたいち』に涙を流しながらでも懇願されたらどうでしょうか?」

「誰がお前などに懇願などするものか!

 さっさとグリフォンをこっちに渡せ!」

「僕、『ががくたいち』さんじゃありませんのでご希望には添えません、悪しからず」


 はい、僕の名前は雅楽うたい太智ひろのりですから僕には関係の無い命令ですね。

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