第39話 元社畜は他人事のように呪われる

「これが何かと言われますと知ってはいます。

 5階層のボスが落とすアイテムの中でも特に高価だと言われる“杖”ですね。

 これを使う事によってある属性の魔法の行使が出来るようになる、あるいは属性魔法の習得が出来ると言われている代物ですね。

 落としていったのがグラヴィティビートルでしたから7割方重力属性の杖だと思われますが呪われている確率も7割ですね」

「持つだけで呪われる・・・そうでしたね、昔も呪われるからとにかくポーターは拾って代わりに呪われてろって酷い目に遭ったもんですよ。

 ただ僕は3層までしか行かなかったですから、呪われても大した事にはなりはしませんでしたけどね」


 所謂いわゆるポーターあるあるをさり気なく披露すると、煮えた酢にレモンを絞った奴を飲まされたみたいな顔で絃紫さんが僕の顔を凝視してきます。


「なんてむごい!

 なんでそんな事が許されていたんですか?」

「そういう時代でしたからね」


 そう言いながらさり気なく杖を拾い上げる。


 うん、この感覚。懐かしいね。


 僕は呪われましたΣ( ̄ロ ̄lll)ガーン。


 呪いにもいろいろ種類がありますけど戦闘に問題無いヤツだと信じてこのまま行きましょうか。


 なんせ、手柄を横取りに掛かっているヤツらが扉を叩いているんですから時間がありません。


「なんて早計な!命に係わる呪いだったらどうするんですか!」

「呪われ慣れてますからね、もしそうだとしてもそう簡単にはくたばりませんよ。

 それに初めて杖が持てたんですからそれでチャラという事で」


 さてと、杖をムカデの作った小さなドームに向けてと。


 “出でよ”


 収納箱アイテムボックスから金のインゴットを一つ呼び出します。


 “重くなれ”


 ドームに向けてインゴットを放り投げ、力ある言葉を加えます。


 一般人では抱えるのだって一苦労の金の延べ棒に更に重力を加え障壁に向かって投げつけたんです。


 流石の障壁もひとたまりもなく砕け散りエルダーセンチピードの頭があらわになりました。


「グリフォンよ、仕切り直しです。今度は本領を見せてくださいね」

〖ピュリリリ!!〗


 突風が逆巻き、治まったばかりの土埃がまた立ち込めます。 


 多分、魔法が成功したんだと思います。こんな埃っぽい所でやらせる魔法では無いようですね。少なくとも僕には防塵マスクが必要ですよ。


 土埃がようやく収まり地面を見ると、ついさっきまで盛んに僕たちを牽制して顎を鳴らしていたエルダーセンチピードの頭がコロリと地に落ちていたではありませんか!


 きっと多分もしかして、ウィンドカッターが炸裂したのでしょうか?竜巻ではありませんでしたからきっとそうなんでしょう。


 それにしても、突風と土埃ばかりが印象に残って颯爽とした魔法の披露目にはなりませんでしたね。


 おっと、いつまでもこうしてはいられません。


 グリフォンに齧られる前に大ムカデの魔石を確保し、ドロップ品を直で“収納箱アイテムボックス”に仕舞います。


 こうやったら触らずに済むんで呪われる心配もありません。


「そういう手があるんだったらさっきも使っていただけたらよかったんですけど」


 絃紫さんのジト目も似合わないウィンクで躱し、玉座の後ろへと急ぎます。


「エルダーセンチピードの障壁を潰した金の延べ棒が回収できていませんよ?」


 そう、さっき使ったインゴットはそのまま放置です。


「少しでも早く解呪したいですから構いませんよ」


 そう、僕はまだ呪われてるんです。


 そして5階層クリアのミッションはまだ終了していないんです。


 いまにも扉が開きそうで気が気じゃありませんよ(・・;)。


「でもあれ売れば1000万は固いんですよ?」

「まだ2本持ってるからいいじゃないですか」


 そんなに欲を掻いてると足元を掬われますよ。




 なんとか玉座の裏に辿り着きホッと一息いたところでようやく入り口の扉が開きました。思ったよりも時間が掛かりましたね。


「一応セーフですかね?」

「もちろんです、みんな玉座を抜けて外から覗いてるんですからこれで失敗だとか言われたら暴れる自信がありますから」


 ・・・脳筋娘め。


「もっと早く入って来るかとひやひやしていたんですけど」

「一応は救助目的ですから時間が掛かりすぎッて感じはぬぐえませんよね。

 考えられるとするなら・・・急かして失敗するのを企んでた?」

「失敗させた方が向こうは得だって考えてたんじゃないんですか?だったら早く入ってきて確実に失敗判定をさせる方が納得出来ますよ」


 真剣に考えてあーでも無いこーでも無いと百面相をする絃紫さんに美人らしからぬ親近感を覚えましたが、それはそれとしてあの二人が大ムカデを退治した現場に到着しましたね。


 風魔法が炸裂した痕跡や氷魔法で出来た氷の壁の欠片、グラヴィティビートルがこしらえた床の穴なんかを検分しているみたいですね。


 さて、細工は流々仕上げを御覧ごろうじろってトコですね。


「絃紫さん」

「えっ?あっ、アレ金のインゴット!」


 ずんぐりむっくりのおばはんが不用意に金のインゴットを拾い上げようとします。一般人には持てるとは思えませんが、案の定持ち上げられませんでした。


 すると急に嘔吐を始め、地面を転げ回っています。それに気付いたノッポの男はおばはんを介抱するでもなく黙って観察をしています。


 マジにこの連中、クズですわ。


「どうなっているんですか?」

「ブービートラップって知ってます?」

「罠だとしか・・・」


 これで乙級とかこの国の探索者はどうなっているんでしょうね?


 ちなみにブービートラップとは第二次世界大戦に退却するドイツ軍が多用した事で有名な嫌がらせのたぐいですね。


 退却する時に忘れていった小物を後から来た追手が拾おうとするとそれが爆発するなんて嫌がらせとしても中々陰湿な罠ですね。


「おばさん、動かなくなっちゃいましたけど・・・」

「何の警戒もせずダンジョン内で物を拾おうとか呪われろって言ってるのも一緒なんですよね。

 あの方は、まだ探索者ではなかったのかも知れませんね」

「それでなんに呪われたんですか?」

「金のインゴットがあった辺りなら大ムカデの毒がしこたま残っているでしょうし、呪いもちゃんとありますからね」

「ムカデの毒は解りますけど、ですから呪いって何なんですか?」

「グラヴィティビートルの杖の呪いですよ」


 キョトンとする絃紫さんに意地悪言い過ぎたかなと少々反省します。


「呪われてたのって雅楽うたいさんでしたよね?」

「ええそうです」

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