第38話 元社畜は秘め事を聞かされる

 バラバラと音を立てて崩れ落ちる氷の壁の中から、黒光りする物体がそろりそろりと姿を現す。


 今回イレギュラーボス戦のメインイベンター、エルダーセンチピードの登場です。


 迎える僕たちはと言うと、僕は持っていた剣が折れて武器が無い、絃紫いとしのさんもエルダーセンチピードを氷壁に縛り付ける為に代名詞ともいうべき魔槍を大ムカデエルダーセンチピードの尻尾に突き立てていて手持ちの武器はと言うと護身用の懐剣だけ、グリフォンはまだまだ初心者の域から出ていないという事で戦力としては物足りず・・・見事なまでの八方ふさがりですね。


「こんな事ってよくある事なんですか?」

雅楽うたいさんが現役だった頃でも世界中のダンジョンの中で年に1~2回起こるかどうかだったんじゃありませんか?

 今でもこの国の探索者の階層アタックで行方不明になる案件のうち、年に1~2回程度発生を疑われていますね」


 僕たちが淡々と会話を重ねていく間にも、黒光りする大ムカデの禍々しいシルエットが僕たちを目指してうごめいているのが解ります。


 関節のギシギシと鳴る音、床を叩くシャリシャリと言う足音、時折顎をカチンと打ち鳴らして威圧をしてくるおぞましさ・・・逃げ道が無いのが悔やまれます。


「そしてそれが原因で迷宮氾濫オーバーフローが発生する、でしたかね?」

「そういう説もあると聞き及んでいますけど実際はどうなんでしょうか?」

「それを確認する為にはここを切り抜けなきゃならないって事ですか」

「そうですね・・・とにかく“壁よ出よ!”!上手くいかないもんですね」


 そりゃいきなり魔法を使えって言う方も言う方ですけど大してイメージも固めずにやって魔法が発動する訳無いで・・・あれ?


 目の前に青白い壁が出現して視界を占領してしまいました。この冷え具合、氷の壁アイスウォールですね!


 大ムカデはと言うと頭一つだけ氷の壁からこちらにはみ出し、威嚇の為かマシンガンの弾着でもあったかのような勢いで顎を打ち鳴らし続けています。言って見れば生きたまんまでギロチン状態って事ですか?


 現状は優位にあるとはいえ、いつまで氷の壁アイスウォールがもつか解りませんし、とにかく攻撃してみるほかありません。


 意を決して、その頭に向かって両手剣の成れの果ての鈍器で殴りかかってみます。


〖ガチッ!!〗


 真剣白刃取りの要領で大ムカデの顎にかつて両手剣だったアレが受け止められてしまいました。アレがムカデの毒にまみれて紫色に変色していますし、異臭もしてきました。さすがに僕程度で生身でどうにかできるとは思えません。


 はぁ、剣術スキルの無い我が身が情けない。


「雅楽さん、無理はなさらなくて結構ですから。

 餅は餅肌、でしたっけ?ここは乙級探索者の面目に賭けても仕留めて見せます」


 餅は餅屋だったと思いますけど、小さい事には目をつぶってお任せする事にしましょう。ただ、何もしないんじゃ勝てたとしても肩身が狭いじゃありませんか。


 どうにか戦闘に参加しなくては!


「グリフォンよ、その壁から抜け出しそうな大ムカデは分かるかい?

 アレに向かって絃紫さんがあんな短い懐剣で行こうとしています。

 君は、僕の代わりに風魔法の“鎌鼬ウィンドカッター”であの頭を切り落としてくれませんか?

 君の能力なら今までやった事が無くてもきっと成功してくれると信じていますよ」

〖ピーッ!!〗


 見よ!【秘技!必殺褒め殺し!】!!


 苦笑いを浮かべ肩をすくめて遺憾の意をあらわした絃紫さんに対して寝落ち寸前のサイの方が色気があるに違いない僕のウィンクが飛び出す。


 一方僕のおだてにその気になったグリフォンは、中空に舞い上がると鋭く一声を大ムカデに浴びせる。


〖ピュリリリ!!!〗


 もうもうと土埃が舞い上がり一瞬にして視界が失われてしまいました。


 どうやら魔法の方向性が違ったんでしょうね・・・そんな悠長な事を言っている場合ではありません!


 この隙に大ムカデが氷の壁アイスウォールを抜け出てしまったら僕たちはすべもなく皆殺しになってしまいます! 


 とにかく慌てて絃紫さんに声を掛け、自分は横へ転がって土埃の闇から逃れます。


〖ピュリリリ!!!〗


 グリフォンが竜巻を起こして土埃を晴らしてくれたようです。その風で氷の壁がどうかなったら危険度が増すとか頭に無いんでしょうね・・・生きてここを出られたらその辺の教育もしなくてはならないんでしょうか。


 結果として氷の壁は健在でした。その中央に茶色の小さなドームが出没していましたが。


「アレは何でしょうか?」

「土性魔法の“障壁シェルター”じゃないんでしょうか?

 エルダーセンチピードは危険を察知すると障壁シェルターを作って引き籠ってやり過ごそうとするんです」


 元はムカデなんですから毒持ちでしょうし魔法の利きも少なくとも氷属性にはある程度の耐性もあるようですし・・・その上魔法を使う?


 僕たちだけでどうにかできるとは思えないんですけど?


 褒めて褒めてと頭をもってくるグリフォンを無意識に撫でながら思案していると入り口の扉がずんずんと鈍い音を立てています。


「外の見張り番がしびれを切らして扉をこじ開けようとしてるのかしら?」

「そんな事が出来るんですか?」


 口をへの字に曲げて絃紫さんが頷いてきます。


「緊急時に中の人間を助けられるように特別な魔道具を持たされてる本庁の人間がいると聞いた事が有ります」

「では、こっちのミッションはどうなるんです?」

「扉が開いた瞬間に未達扱いになります。

 そこまでして邪魔をしたいのかしら」

「今僕たちが持っているドロップ品はどうなるんです?」

「ミッション失敗で本庁に没収です」


 人が死ぬ思いして拾った物をかすめ取るって言う事ですね?


 何かいい手は無いか・・・戦利品を使ってしまいましょうか。


「グリフォンよ、ゴールデンビートルとやらの戦利品はどうしたのかい?」


 グリフォンは首を傾げています。言葉が難し過ぎましたか・・・ん?体が一回り大きくなっていませんかね?


「魔石は勝手に喰っちゃいけないと僕はそう言いましたよね?」

〖・・・クルル〗


 眼を逸らすんじゃない。この野郎ったら魔石を勝手に喰ったんですね。しらばっくれるとはふてえ野郎だ。探索者やっていく上で魔石の販売がいかに重要かを一晩掛けて教える必要があるようですね。


 野郎って呼んでますけど雌ですから娘って呼ばなきゃ、ですね。 


 この小賢しいグリフォンは、どさくさに紛れてドロップ品の魔石を食べた後残りをさっきの土埃の際に捨てたらしいですね。


 保護者として情けない。


 とにかく捨てたドロップ品を持ってこさせます・・・ゴールデンビートルだけに金のインゴットでした。


 以前の僕だったら抱えるのも一苦労だったと思われるサイズの延べ棒が3本。


「換金するのも一苦労ですよね」

「武器じゃありませんよね・・・攻撃手段が無いのに」


 ダンジョン産の金とか証明できないからまず盗難を疑われますから、それに今は武器が欲しいのであってお宝はどうでもいい。


 あぁそうでした。僕はポーターとしてのスキルで“収納箱アイテムボックス”が使えるんでしたね。


“入れ”


 頭の中でインゴットを指定しながら力ある言葉を口にすると目の前から金のインゴットが姿を消しました。色々文献を読み漁ってイメージは出来ていたおかげか簡単に成功できましたね。


 次に僕が倒した分の戦利品だからかグリフォンが手を出さなかった魔石を収納し、最後の杖を持とうとすると絃紫さんに制止されてしまいました。


「“呪われている”可能性があります。素手で触るのはおよし下さい」


 ご心配は御尤ごもっともですけど、今は緊急時だという事を忘れないでくださいね。


「これが何かご存知なのですか?」

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