第37話 元社畜は一大事に頭を悩ます

 突如床に生えた物体はもぞもぞと動きます。


 いや、床に生えたんじゃない!僕を狙って突っ込んで来て自爆した何かなんでしょう。ダンジョンの床に刺さるくらいの力のあるモンスターって事ですか?


 穴から抜け出す前にどうにかしませんと僕の安全、いえみんなの安全に支障がきたしてしまいます!


 いつものようにダンジョン事務所でレンタルした二束三文の柄が微妙に緩んだ両手剣をとにかくそいつに向けて叩きつけました。


 キンと軽い音を立てて真っ二つにし折れる両手剣。僕の手元には柄から10センチ程までしかない剣が・・・これってもう鈍器って言った方が早くありませんか?鈍器の鈍って“なまくら”って意味がありますからね。


 殴りつけた筈の床の物体を見てみると・・・ぐしゃぐしゃに潰れていました。そうでした、僕はレベル19で筋力79になっていたんでしたね。


 一般人の平均のほぼ8倍の力で殴ればなまくらの剣なんて一発で圧し折れるのも頷けます。なんせ剣術とか格闘とかってスキルは持ち合わせていませんから。


 それにボスモンスターも床に刺さっているという事は固い前方が使い物にならずむしろウィークポイントである筈の腹部をさらしているんですからこういう結果になるのも当然・・・なんでしょうか?


 気を取り直してグリフォンや絃紫いとしのさんの様子を確認すると、グリフォンは金色のカブトムシと思しきモンスターとドッグファイトを繰り広げています。


 グリフォンの方が追われていますね。左右に振って的を絞らせないようにしてどうにかやり過ごそうとしている様子がうかがえますけど経験値の差なのか中々振り切れないでいますね。


 セコンドとしてカッコいい事言ってあげたいんですけど、今までポーターしかやった事が無いので何も言えません。


 代わりにアドバイスして貰おうと改めて絃紫さんの姿を探すと彼女がいる方は真っ白な世界になっていました。どうやら魔槍の力を発動させてモンスターを氷漬けにしたみたいですね。


「すいません!助太刀にならなくって!

 雅楽うたいさんの方にグラヴィティビートルが来てたようですけど大丈夫でしたか?」

「何とか無事で。カタナはこんなになっちゃいましたけど」


 苦笑いしながら折れてほぼ柄だけになってしまった両手剣と床でシルエットが段々ぼやけてきた物体を見せると、絃紫さんはびっくりした様子で眼を見開いています。僕は刃物はすべてカタナと表現してしまいますから気にしないでくださいね。


「グラヴィティビートルを返り討ちに?

 そいつはあたしたち乙級にとっても相性のいいパーティーだったらようやく勝てるかもって位強い奴なんですよ?

 それを一人で一撃で・・・雅楽さん、いえ師匠!あたしを弟子にしてください!」


 予想以上に金星を挙げたみたいで恐縮なんですが今はまだそんな余裕ぶっこいてる場合ではありません。


「そんな、これはまぐれですから滅相も無い事を言わないで下さいよ。

 それより今はグリフォンの方にアドバイスをあげて貰えませんか?

 あいつ、結構苦戦してるみたいで」


 僕に言われてグリフォンの事に気が付いた絃紫さんは、手をメガフォン代わりにして声を掛けてくれます。


「不肖、絃紫恵梨華。師匠のめいに依りまして僭越ながらアドバイスをさせていただきます!

 グリちゃん!そっちじゃない!あっちにグリンッてやってからあっちにビュッてしてバーンッよ!

 んじゃなくてそっちにバッて走るの!そう!

 後はヒュッてやってガブッで終われるわ!」


 飛んでる奴に走れとか無理を言うし擬音だらけで見てるこっちは何も把握できないのにグリフォンの奴は明らかに動きが良くなって逆にモンスターを翻弄して本当にガブッてかみ殺しちゃいましたねΣ(・□・;)。


 感覚派恐るべし!


〖ピィィィィィッ!〗


 殺した相手を僕の前まで引きずってきて目の前で勝鬨かちどきをあげるグリフォン。


 興奮してるのは解るし僕もうれしいんだけど、うるさい。


 そんな至近距離で最大ボリュームでさえずらなくても聞こえてますって!


 とにかく興奮するグリフォンの頭を撫でて散々労をねぎらうと、こいつは気が済んだのか絃紫さんの方におもむき胸を張って一声あげます。


〖ピィ!!〗


 雰囲気的に自分は一人でも勝てたけど応援してくれたから一応礼を言ってやる、みたいな態度ですね。これまでは隙あらば抱き着こうとする絃紫さんに警戒音を発して翼を広げる威嚇しかやってこなかったんですか大した前進ですよ。


 かなりなツンデレですけど。


 今までにない友好的な態度に絃紫さんは手をワキワキさせながら僕の方を窺ってきます。きっとモフモフしたいんだろうなと気付いて僕は頷いてあげます。


「こいつがきっちり勝てたのは絃紫さんのアドバイスが的確だったからですし、こいつも心の底では感謝しているんですよ。

 よかったらてくれませんか?頭は食いつかれる可能性が大きいのでお勧めしませんけど」


 グリフォンは僕以外には頭を触らせたがらない事が解ってきましたから、ここはボディタッチから始めるべきでしょうね。


 感激のあまり涙目になっている絃紫さんは放っておいて床に穴を残して消えたグラヴィティビートルとやらのドロップを確認します。


「大きめの魔石と杖?ですか?

 魔石だけじゃなかったんですか?」

「魔石だけなのはチャージビートル(本来の対戦相手)ですよ。

 グラヴィティビートルやゴールデンビートルは丙種5階層のボスで出て来るモンスターですから格上ですよ?」

「あの氷漬けになっているのは?」

「10階層のエルダーセンチピートですね・・・ちなみにトドメはさせていません」

「・・・ボス戦は終わって無いって事ですか?」


 ギョッとして振り向くと、丁度氷がパラッと崩れてキラッと光るものがのぞいて・・・いませんよね?


「ホントにヤってないんですか?」

「10階層まで行くつもりが無かったんですもん、準備なんかしてないですもん!」


 『ですもん』って言われても僕たちにしたって終わったと思ってホッと気が抜けてしまってるじゃないですか(# ゚Д゚)!


 僕たちにしたって10階層に行く気なんて無かったんですから用意なんてありませんよ!


 冷気にやられて動きが良くない今の内に手を打っておかないとこちらに勝ち目は無いじゃないですか。


「とにかくアレをどうにかしない内はボス戦は終わらないって事で間違いありませんか?」

「出口が開いていない以上終わっていないってのが正しいと思いますよ」


 イレギュラーなボス戦で格上のボスが生き残ってるとか中々ハードな仕打ちにあってますよね。


 ぶっつけ本番でスキルを使うなんて無理はしたくはないんですが背に腹は代えられません。


「グリフォンは横に回って風魔法をアイツの首目掛けて叩き込んでくれませんか?

 絃紫さんも氷魔法を使って足止めをして貰えれば助かります」

〖ピーッ!〗

「え?あたし魔法なんて使った事ありませんよ?あれは槍の能力を暴走させただけですし」

「魔槍のスキルを暴走させられるという事は魔法の基礎が出来ているという事じゃないんですか?

 今は出来る出来ないじゃなくてやらなければ死が待っているだけです」


 イレギュラーなんてなんて運の無いと天を仰いでも千載一遇のチャンスが来たと腕をまくるも勝ち残らないと意味はありません。


 ここに僕たちの一大決戦が始まります!

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