第36話 元社畜は面倒事に巻き込まれる
僕たちの後ろでボス部屋の扉が閉じる。
追跡者たちは扉の向こう、たらいまわしの意趣返しとして僕たちの戦闘を見せるつもりはありません。
僕たちの存在価値を解らせる為にはグリフォンが戦う姿を見せつけた方がいいかもとも思いますが、グリフォンがもし勝てなかったら目も当てられない事になるやも知れませんので隠す事にしました。
それもこれも
「いよいよですよ、準備はいいですか?」
「
いざとなったらこの槍で周りの温度を下げますからムシなんてイチコロですって」
『氷結の戦乙女』の名の由来になったダンジョン産の魔槍をサラッと撫でてウィンクをする絃紫さんに、僕の胸が高鳴ってしまいます。彼女のご両親よりも年上の僕がときめくのは・・・ときめいてなんていませんから!これは緊張から血圧が上がったせいですから!
周りを見渡すと、体育館程の広さで赤黒い水晶の結晶で壁を埋め尽くされたボス部屋が静寂に支配されています。ダンジョン独特の薄暗さが切迫した空気を
向こうの隅には立派な石製の玉座みたいなものが見えます。
「あの玉座の後ろから連中は現れるんです♡」
さすがは脳筋・・・戦いを前に荒ぶってらっしゃる・・・そんなに嬉しいんだぁ。
「連中って言いますと?」
「ボス部屋に出て来るモンスター全般の事ですよ♡
心配しなくても大丈夫ですから、やつらは一匹ずつしか現れませんから対応さえ間違わなければ安全ですって♡」
その浮かれっぷりで本当に対応間違わないんでしょうね?
相手は高速でぶった切りに飛んでくるんですよね?ここ、遮蔽物が何もないんですけど本当に大丈夫なんでしょうね?
息苦しくなる位心拍数が上がってきました。
今の心拍数はときめいて上がってるんじゃないです。僕の危険センサーが最大ボリュームで避難勧告してきてるんです!
そうこうしている内に玉座の辺りに光の渦が生まれました。
いよいよ本番です!
「グリフォンや。あたり負けしないように小回りを利かせて後ろを取るようにしてくれますか?」
〖ピーッ!〗
いい返事です。実戦経験の無い僕にこれ以上の指示を出せる筈はありませんから、後は絃紫さんに任せましょう。
「グリちゃん、よーく聞いてね♡
ブーンッて来たらギュインッてやってガーッとやってシュッてやったところでキュッてやるのよ!
そしたらもう勝ったも同然だからね!」
【悲報】
さすがに勘のいいグリフォンもこれでどうにかできるとは・・・大きく頷いで飛び上がりましたね。
・・・まさか理解できたのでしょうか、アレを。
気を紛らわせる為に遠くの玉座の方に眼をやると、何か様子が変なんです。
「絃紫さん。ちょっとあれを見てください」
玉座の光の渦が三つ見えるんですけど・・・ボス戦は相手は一体ってさっき言ってましたよね?
「一体なのに渦が三つも出来るんですか?」
「いやぁ、そのぉ」
「もしかしてヒュドラとかケルベロスとかキメラみたいな多頭系のモンスターとかじゃないですよね?」
「そんなのは未だかつて出て来てませんよ・・・でもそいつらの方がまだよかったかもしれませんけどね」
ナニ、不吉な事口走ってるんですか!
「一つの身体から色んな頭だったら行動の範囲って決まってくるじゃないですか」
「まるで複数のボスモンスターがやってきたみたいな言い方止めてくださいよ・・・」
「は、は、は・・・あたしの知る限りボスモンスターが1匹じゃなかった事って一回しか無かった筈なんですよね。しかもその時は2匹のスライムだったそうですけど」
「・・・今見えてるのは三つの渦ですけど」
「3匹相手にしなきゃならないんじゃないかな?」
1匹でも逃げ出したいのに3匹相手になんて出来っこないでしょ?
「前2匹出た時はスライム2匹だったんでしょ?
じゃあこのモンスターもカマドウマとかゲジゲジじゃないですかね?」
「2匹出たダンジョンはスライムしか出ないので有名な伊豆のワサビ園ダンジョン。
そこの5階層で通常カメレオンスライムしか出ない筈なのに丙種10階層のボス格の大型のポイズンスライムとヒートスライムが出てきたんです」
「十分ボスモンスタークラスが来たわけなんですね?
確かあそこも丁種ダンジョンだったですよね」
「
そんな事件が起こったならいつまでも丁種にする筈は無いですね・・・
「よくもまぁ逃げられたものですね」
「他のメンバーを囮に突き出して自分だけ生き残ったって
もう20年ぐらい前の事ですからあたしが聞いた時点で都市伝説みたいなもんでしたけどね・・・そろそろ来るか!」
三つの渦に向かってグリフォンが床すれすれを滑るように飛んで近付いて行きます。
!真っ直ぐ飛ぶんじゃない!
そう僕が思った瞬間にグリフォンが左に大きく旋回して敵の攻撃を躱します。
心臓に悪いじゃないか・・・そんな事を思っていたら目の前に何かが飛び込んできました。
慌てて右に転がってその場から逃げると、僕がいた場所の床に何かが生えていました。
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